第19話 無事帰還
第二層を隅々まで探索して、第一層も念のために見て回って、外に出る頃には既に夜だった。
表のキャンプでお茶を飲んでいたらしいリシャールへと、まずマルスランが声をかける。
「エルミート長官」
「おお……!」
帰ってきた俺たちを見て、リシャールがカップを手にしたまま立ち上がる。その表情は、すっかり暗くなって篝火しかない中でも、明らかに明るいのが分かった。
「『
リシャールがカップをそっとテーブルに置きつつ、マルスラン、アントナン、そしてレオナールと一人ひとりしっかり握手した。確かに、全員無事での調査完了。喜ばしいなんてものではない。
アントナンが胸を張りながら微笑んで言った。
「ああ、何とかな。誰も死んでいないし、誰も四肢を失っていない」
「最深部の第三層まで調査を終えられました。『黎明王ジョアシャンの埋葬された墳墓』であることの証明もおこなえました」
アントナンの言葉にマルスランもうなずきつつ話す。そしてそこから、彼の視線が俺たち、正確には俺に向けられた。
「それもこれも、『
「ほう」
もう明らかに俺の力でどうにか出来た、と言わんばかりのマルスランの発言に、俺は背筋をびくっと伸ばした。
まぁ、こう、俺のスマートフォンのおかげで第二層が突破できたのはある。第三層の死霊と
ただそれはそれとして、ここまではっきり言われると、ちょっと恥ずかしい。
「いや、まぁ……そっすかね」
照れながら後頭部をかく俺に、アントナンが肩を叩いてきながら言ってくる。
「
「全くだ。君がいなければ、我々は第三層で死んでいただろうな」
マルスランの俺を褒める言葉も止まらない。なんかもう、ここまで来ると逆に開き直って胸を張ってもいいんじゃないかと思ってしまうくらいだ。いいんだろうけれど。
そうしてますます照れ始める俺を周りの冒険者たちがつつき始める中、ノエラが調査中に手元でまとめていた報告書をリシャールに手渡す。
「長官。こちら、
「おお、ありがとうございます。目を通させていただきましょう」
あの報告書は行きの時にも軽く書き留めていたらしいが、帰りの段階で本格的に体裁を整えてこうして出したらしい。さすがは遺跡庁の冒険者、遺跡調査に関してはプロ、ということだろうか。
ともあれ、リシャールが報告書を読み始めたのを見てほっと息を吐いたノエラが、レオナールに顔を向けて微笑んだ。
「レオナール。きっと後日、遺跡庁から報告書確認の依頼が、魔法研究所に届くと思うわ。その時は、対応をよろしくね」
「こちらこそ。遺跡庁にも魔法研究所から、確認依頼が行くことだろう」
彼女の言葉にレオナールもうなずく。こちらもこちらで、報告書は作らないといけないようで。レオナールもパーティーのリーダーだというのに大変だ。
「報告書の相互確認とか、してるんっすね?」
「遺跡庁も魔法研究所も公的機関だからね。こうした調査記録は国の記録として残される。複数の機関が絡んだ調査の場合、記載内容にズレが生じないように確認するのさ」
俺がため息交じりに話すと、レオナールが小さく肩をすくめる。なるほど、国家機関の報告書は公的文書、ちゃんと査読は入れないといけないわけだ。
と、そこで。レオナールが口角を持ち上げながら、俺の肩を叩く。
「だが、今回は特に忙しいぞ。『
「うへー……」
彼の言葉に俺はげっそりとしながら肩を落とした。報告書とかレポートとか、正直苦手意識のほうが強い。学生時代もいい思い出がなかった課題だ。もう、レオナールとウラリーにそういうのは全部任せてしまいたい。
報告書にざっと目を通し終わったリシャールも、苦笑しながら口を開く。
「ええ、本当です。魔術王とあだ名されたジョアシャンの墳墓ですからね。歴史的な意味合いももちろんのこと、魔術的側面でも非常に価値が高い」
そう話しながら、リシャールは手元の報告書の紙面をぽんぽんと叩いた。
たしかに、魔術王なんてあだ名をもらうくらいの王様だ。その墳墓の調査報告とあれば、確実に価値は高い。
実際俺たちも、
そしてリシャールが、改めて報告書に視線を落とす。その視線には、明らかに信じられないと言いたげな色が見えた。
「それにしても、最深部まで到達されて、ジョアシャンの
彼の言葉に、俺たちは顔を見合わせる。たしかに、
アントナンが肩をすくめながら、にやりと笑いつつ言葉を返す。
「我々もついぞ信じられない思いですがね、事実ですよ」
「先にもお伝えいたしましたが、半分以上、いえ七割はマコトの功績です。私たちは彼らの手伝いを行ったに過ぎませんよ」
マルスランもあごに手をやりながら言葉を発した。半分以上でも結構なものだと思うのに、七割とは。自分で言うのも何だが、大きく見てくれたものだ。
リシャールもニコニコと嬉しそうに、目を細めながら俺を見て言う。
「いやはや……魔法研究所に、随分有能な新人が入ってこられたようで、羨ましい限りですなぁ」
「我々も期待が高まるばかりですよ。他の省庁に引き抜かれないようにしなくては」
彼の言葉にレオナールも、にっこり微笑みながら言葉を返した。そんなところまで言われると、さすがに俺も嬉しさがこみ上げてくる。
「い、いやぁ、ははは」
「マコト、笑ってる場合じゃないかもよ。すごいことをやってのけたんだから」
「本当よ。今から所長の驚く顔が目に浮かぶわ」
頭をかいて照れる俺の脇腹を、シルヴィがひじで小突いてくる。ウラリーもため息をつくが、その表情は嬉しそうだ。
地球ではなんの変哲もない、うだつの上がらないフリーターだったというのに、こんな高評価と大出世。本当に、人生何があるか分からないものである。
こんな高評価を与えてくれるきっかけを作ってくれた、俺を召喚した連中にちょっとだけ感謝しながら、俺はキャンプの撤去を始める遺跡庁スタッフの手伝いをするべく動き出すのだった。
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