第72話 ただいまくものしろ

 谷底の大戦、大きな被害も出たが、なんとか誰一人失うことなく帰ることが出来た。

 予定よりも遅い帰りを不安に思った人々は万吉の帰還に胸をなでおろし、そして歓喜した。そして、万吉不在の間にも秩序は保たれ続けていたことが万吉は嬉しかった。

 谷底で回収した魔石や素材は膨大で、今後の経済活動はバブルに包まれ熱狂していくことになる。

 人々の流入は加速度的に増え、大きな商隊がこぞってこの街に拠点を置きたがるのだった。

 人間の中にも移住希望者が増えてきていたが、それは内政部隊が慎重に判断をすることになり、万吉は基本的にその報告を承認する役割になっている。

 万吉しか出来ないことがまだまだ多いので、他の人間が判断できることは臨機応変に判断し、最終的に万吉の承諾、事後承諾になることも少なくないが、客員の判断は万吉を満足させるに足るものだった。


「マンキチ様、こちらが新規に発見された鉱山と、その開発計画、こちらが移入者の中で有能な獣人たちのリスト、最後にうちの街に入り込こもうとしていた隣国のエージェントの対応についての報告書になります。ご確認お願いします」


「ありがとう……って、もふもふ、俺、忙しすぎない? 国家運用大変すぎない?」


「しかたないニャ」


「臨床から離れすぎてて怖いんだけど、ちゃんと回ってる?」


「みんなとても優秀ニャ」


 万吉の持つ獣医師としての知識、そして資料から学び、獣人医として治療に当たっている獣人たちは随分と増えている。この世界に存在するものでもどんどん医療技術知識は成長している。獣医医療は比較的何でも屋で、どんなことにも対応するが、獣人医療は流石に細分化している。そのためにより深く複雑な医療も成長していた。

 ある分野においては万吉よりも優秀な獣人医に成長している者も少なくなかった。

 万吉は獣医師としての自分の成長も求めていたが、なにぶん施政者としての仕事が多い、さらに一番の戦士である役割もあり、今では睡眠前の座学が獣医師と触れる時間になってしまっている。それでも、万吉はその習慣だけは辞めることはなく学び続けていく。そして万吉の努力がきちんと生かされることもある。


「久しぶりに時間が取れたけど、忙しそうだな……」


 病院の裏では戦場のように人が動き回っている。過渡期の病院での思いが万吉の心に蘇ってくる。久しぶりの記憶に、少し重い物を感じる万吉にスタッフが気がつく。


「マンキチ院長! お久しぶりです!」


「お疲れ様! 凄いな……今は毎日こんな感じなのか?」


「これでも分院が出来て随分と楽になりましたが、重症の症例がどうしてもこの病院聖域には多いですから、忙しくなります」


 もふもふ動物病院は聖域と呼ばれている。

 実際にそうなんだが、重症例でも奇跡を起こせる最後の砦としてこの城の健康を支えている。


「もう、簡単に移動なんてできなくなったな」


「そうニャ。これからはこの奇跡以外の方法で外では頑張らないと行けないニャ」


「病院産の道具はここかモフモフか俺のそばでしか使えないからな……」


「研究部門のお陰で類似したものや道具もどんどん開発されていますが、やはり一部の薬剤は頼りっぱなしになってしまいます」


「絶対に欠かせない薬がない、欠品する、本当に困るよな……」


 一部の強力な抗生物質や抗がん剤などの薬剤は、自然物質からの生成は難しい、しかし、光明も有る。この世界だからこそ有る魔力や気という存在を治療に活かすことで現代日本でも行えないようなことが出来ることもあった。


「マンキチ様、準備が整いました」


「ああ、今いくよ」


 手術台の上に座っているのは小さな男の子だった。顔色は白く、粘膜は蒼白だ……


「せんせい、ぼく……」


「大丈夫、君の苦しさは今日で終わりだ。安心して」


 動脈管開存症、心臓血管の先天的な以上によって、肺によって酸素化された血液が全身に行き渡りにくくなり成長阻害、運動不耐性など多くの症状を引き起こす。

 治療方法は本来成長過程でなくなるべきだった動脈管という異常血管を結紮して止めること。

 普通は手術によって直接血管を結紮するか、カテーテルによって動脈管内に遮断する装置を設置するかになるが、気を使える俺たちには特別なアプローチが可能だ。


「安心して目をつぶっていてね」


 俺は男の子の胸に手を当てて自身の気をその子の体に通していく。


「あったかい……」


 気を通して体内の構造を読んでいき、問題の動脈管まで気の触手を伸ばしていく。


「ちょっと熱いかもしれないけど、動かないでね」


「うん」


 動脈管に絡みついた気でゆっくりと動脈管を締め上げていく。血流の急な変化で男の子に変化がないかを気をつける。


「気持ち悪くなったりしてない?」


「うん、なんか、体が暖かくなってきた」


 もうこの時点で真っ白だった顔に朱が刺している。

 問題ないと判断して、完全に締め上げる。そして、熱を加えて血管をシーリングのように閉鎖する。


「熱い……っ!」


「もう終わったよ」


 ゆっくりと気による拘束を解いて、血流の遮断を確認し、気を男の子から引いていく。


「手術終了」


「すごい! 痛くなかった!」


「よく頑張ったな!」


 こんな方法はあちらでは不可能だ。

 もちろん相手が俺の気を完全に受け入れてくれなければいけないし、他人の体の中の気を操るのはそれなりに大変だからまだ極少数の獣人しか行えないが、この方法だと麻酔などかけずに外科的な処置が可能になる。まさに魔法のような方法だ。

 日本の医療技術と、この世界の気や魔法が混ざり合い、独自の進化をしていくの、もっと未来の話だった。



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