第69話 限界の先

「つ、強い!!」


「ウスッ!!」


 ケビルとモッドンが入ることで、役割分担が最適化され、戦闘は5分と5分に出来た。そう、この状態で5分だ。

 かなりの無茶をしてぎりぎり耐えていたそれを支えていたのがカクだった。

 超高速戦闘の連続で回避型盾役を行い続けていた。

 ドラゴニュートたちは執拗に後衛狙いを始めてからはさらに負担が重くなり、限界を超えて動き続けて居たために、今はシーランスにカバーされながら真っ青な顔で肩で息をしてギリギリ立っているような状態だった。冷静なカクは自分が戦線に入ればただ皆のじゃまになることがわかっていた。それが何よりも悔しかった……

 そんなカクを攻める人間は誰も居ない。全員がわかっていた。首の皮一枚生きていられたのは、限界を超えて支えたカクのおかげだと。


「ようやく、攻撃できるっす!!」


 ビルアンは色々な武器を器用に使えるが、攻撃に特化する場合は爪型の武器を好んでいた。狼人の本領発揮、カクよりも力強く大地を蹴り、一瞬の隙をその爪で切り裂く。

 ケビルとモッドンは苛烈な攻撃をがっしりと受け止める。

 はじめこそ、攻撃の強力さ苛烈さに怯んだが、普段の相手をしている万吉に比べれば、まだ付け入る隙が有ることを見出して冷静になっていく。


「モッドン、いけるか!?」


「ウスッ!!」


 防戦一方から、反撃に転じる。

 盾は防具、そう考えられているが実際には、防御もできる巨大な鈍器だ。


「甘いっ! シールドバッシュ!!」


 力のこもった攻撃を盾によって意図せぬ方向に流され体勢が崩れたところに、巨大な鈍器で横殴りにされる。一瞬の柔と重の切り替えは万吉との鍛錬で嫌というほど叩き込まれている。万吉はこれを徒手空拳で容赦なくやってくるのだから、相手をしている方はその身をもってその恐ろしさを知っている。今、それを敵に叩きつけているのだ。

 鈍器の一撃をなんとか受けても、その影から剣や槍が急所を突いてくる。距離を取ろうとするドラゴニュートに盾を持った二人がピッタリと近接し、自由にさせない。さらにその盾の隙間から突然鋭い矢や疾風のような斬撃がドラゴニュート達を切り裂いていく。ここにきて、戦局は大きく傾き出した。



「ぐううううううおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」


 ずり、ずりずりと万吉は足を進めている。巨大なドラゴンを結界で包み込み、それを一人で担いで病院の聖域にそれを納めようとしているのだ。

 こちらは、難航している。

 あと少し、あと少しが永遠のように遠かった。

 ガレージの入り口に先っちょでも触れてくれれば、不思議パワーで内部にニュルンと収納できるのだが、聖域に近づくほどに内部の魔石が暴れるように瘴気を吐き出すようになってきた。もふもふがそれをコントロールしてくれていたが、結果としてドラゴンの巨体が揺れるのだ。それに即座に対応して支えながら前に進む。万吉の鍛え上げられた筋力と、それを限界以上に高める気力、莫大な万吉の気力が瀑布に流れる水のように消費されていく。


「万吉、あと、あと少しニャ!! くっ、暴れるニャ!!」


「ううううううおおおおおっ!!」


 万吉は考えていた。足りない、このままだと、ガレージの前で気力の限界が来て倒れることになる。必死な作業の中、それを確信してしまった。

 このままでは、足りない、間に合わない、失敗する。


「工夫しろ万吉」


 冷静な声が自分から発せられた。

 次の瞬間、燃えるような肉体から、水面のように静かな思考が分離される。

 緊急事態の処置のときのようだ。

 一刻も早く判断して処置をしなければ目の前の命の火が消える。

 そんなときこそ、身体は熱く、頭は冷静で居なければいけない。

 現状を把握し、今あるもので工夫する。

 問題は、ドラゴンの輸送。ただそれだけだ。

 この巨大で暴れる爆薬をガレージに運び入れる。

 そのために肉体を強化する気力が不足する。

 残された時間は少ない。

 気力が足りないなら、満たすしかない。

 力が足りないなら、補うしかない。

 気力を使いながら、練る。

 より効率よく、必要なところだけに力を使っていく。

 無駄を省け、矛盾した動作を一度に行え、消費している気力を回して燃やせ……

 万吉の丹田が熱くなっていく、体に回る気力が洗練されていく、外に漏れ出していた気力が身体をめぐり、再び丹田に集まっていく。

 熱い、燃えるように熱い。

 脊柱から手足に熱棒がねじ込まれるように伸びていく、肉体に熱い芯が通っていく。

 ギシリ……

 ドラゴンを支える身体が固くなる。

 力が、増していく。

 気が回り、練られていく。


「万吉、何事ニャ!! あ、熱い!! 熱いニャ!!!」


「こおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ……」


 息吹。


 空手の基本の呼吸法だ。

 万吉の身体の内に気が充満していく。

 極限まで充満した気力をより練りだしていく。

 気が、昇華する。


「押忍っ!!」


 ズン、ズン、ズン、ズン……


 万吉の身体が力強く前に進んでいく。

 グラグラと揺れていたドラゴンの身体がすーっと滑るようにガレージに向かっていく。


「すごいです~」


 カイエルは目の前で起きていることが信じられなかった。

 突然万吉の身体が輝きだし、ドラゴンがみるみる近づいてくる。

 そして、万吉の身体の輝きが、恐ろしいほどに凝縮された気力だと、いや、すでに気とは一線を画す物になっていることにすぐに気がついたのだ。


「もう少しニャ!!」


「マンキチ様っ! 後少しです!!」


 ドラゴンを包む結界が、ガレージに到達し、シュルんと収納される。

 周囲の結界が消滅し、瘴気とモヤが急速に浄化されていく。

 魔石から発する瘴気はまるで意志があるように周囲に抵抗を示したが、すぐに浄化されて消えていく……


「皆は!?」


 光を帯びた万吉は戦闘に目をやる。

 ドラゴンニュート相手に互角以上に戦っている姿に安堵するが、同時にやや決定打に欠けることにも気がつく。

 気がつけば万吉はフッと歩くように足を蹴り出し、次の瞬間にはドラゴニュートの頭を掴み地面に叩きつけ、そのまま正拳で止めを刺した。

 振り返りざまに蹴りで腹を貫き、最後の一匹は半狂乱に突っ込んできたのを背負投、そのまま首をへし折った。


「マンキチさま、その姿は」


「皆、お疲れ様。よくがんば」


 突然万吉を包み込んでいた光が消え、まるで操り人形の糸が切れたように万吉はその場に崩れ落ちるのであった……

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