第68話 犠牲
「ぐぅっ!」
ドラゴンの魔石から瘴気がパリパリと抵抗し、一番近くで操作している万吉の手に時々触手を伸ばしてくる。その度にバチンと弾けるのだが、地味な痛みが万吉を襲う。表面を弾かれたような痛みというよりは、骨身に染みる痛みで、かなり苦痛だった。
「万吉、耐えるニャ!」
「大丈夫だ。我慢できる……皆は大丈夫か……!?」
「正直、しんどいですわ~」
「私たちは、大丈夫なのですが、結界石の消費が……」
「ウス!!」
「あっちは、かなり大変そうだな……早く、手伝いにいかないと……」
「万吉、雑になってるニャ! 心配はわかるけど、ここで破綻させたら皆どうなるかわからないニャ!!」
「くっ……」
あと数メートル、それが遠い。
「マンキチ様、丈夫に天井から岩があります、少しだけ下げてください!」
「下に擦りそうニャ! 上げるニャ!!」
「マンキチ様~もう少し、進めても~」
「駄目だ、今は、すぐ、高さを調整する……!」
「くぅ~~」
「頑張ってくれー!! よし、良いぞ!!」
「はい~~!」
静かな戦いとは対象的に、激しい戦いが繰り広げられているのはカクたちであった。
「ビルアンっ!!」
「大丈夫っす、かすっただけっす!」
「くそ、シーランスを狙ってくるようになった。知恵が回る……」
「申し訳ない、かなり力を込めなければ牽制の意味さえなさないものでして」
「ああ、わかっている。我が刃を弾くなんてケビルやモッドン、それにマンキチ様ぐらいだと思っていたが、竜は強いな!」
苦戦には理由があった。
ドラゴンの因子を含むドラゴニュートは非常に硬い天然の鎧と強大な力、それに身体能力による素早さを兼ね備えており、カク、ビルアン、シーランスの3名にとって非常に相性が悪い組み合わせになっている。カクは手数で攻める方が得意で、その手数を強化した武器の攻撃力で高めているので、強化した上で相手の防御が上回られるとかなり厳しい。高火力のカイエルやケビル、マンキチなどの攻撃のための牽制であれば良いのだが、決め手にかける。
モッドンも同様に、牽制と妨害が得意で決め手にかけている。
そもそも前面で戦うよりも後方撹乱で生きる。
そしてシーランスは敵の防御を抜くために溜めが必要になり、そこで手数を犠牲にして効果的な働きが出来ていない。
しかし、このレベルの戦いに参加できる幹部は限られている。
その上でカクが判断した精鋭が皆それぞれ自分の仕事で手一杯になっている。
逆に中途半端なメンバーがここにいれば、足手まといとなりすでに崩壊していただろう。全員がベストを尽くして、苦戦しているのである。
「くっ、アイリ殿がいれば……いや、実践は不可能と判断したんだ。弱音を吐くなカク、俺は出来る!」
厳しい戦いが続いていく。
(まずいな)
万吉は焦ってはいたが、冷静に現実を分析していた。
そして、カク側が間もなく抑えきれなくなる事と、カイエルが限界に来ていることを理解している。
『もふもふ、わかってるんだろ? もう、多少強引でも俺らでやるしかない』
『……危ないニャよ?』
『わかってる。でも、このままだと全滅だ』
『そうニャ……ね……』
『時間がない、すぐにケビルとモッドンをカク側に回して、カイエルは病院で休ませるしか無い』
『わかったニャ、結界の維持は任せるニャ、ドラゴンは万吉一人で抑え込んで運ぶニャ』
『よし、やるぞ!!』
「ケビル! モッドン! もふもふに結界を渡してカクのカバーに走れ!
カイエル、病院に入ってガレージの内部から引っ張ってくれ!」
「そ、それは~」
「マンキチ様! それはっ!」
「命令だ!! すぐに動け!! 間に合わなくなるぞ!!」
万吉の迫力に、皆が従う。
もふもふのカバーが無くなった瞬間、万吉にはドラゴンの質量をそのまま気力で支える事になる。
「ぬおおおおっっ!!」
万吉のこめかみに青筋が現れ、一気に汗が吹き出す。
「少しでも楽にするニャ! 結界を最小限にしてその分強度を上げるにゃ!!」
「うごけぇえええええぇ!!」
ズリズリと足を引きずりながらガレージに向かって万吉は歩を進める。
トラックを抱きかかえて運んでいるような負荷が万吉の全身にかかり、食いしばる歯がギシギシと悲鳴をあげ、全身の筋肉がはち切れんばかりに躍動する。
正しい気は鍛え抜かれた肉体に宿る。
万吉がこの世界に来てから真摯に向き合って鍛え続けてきた肉体、そして健全な精神が今試される。
病院に入ったカイエルはずいぶんと楽になった。
なんとか万吉の手伝いをしたかったが、強大な万吉の力には自分の力が役に立たないことを察して、いずれ起こる決戦のために気力の回復に務める。
「カク!!」
襲いかかるドラゴニュートとの間にケビルとモッドンが割って入る。
「ケビルっ! モッドン! 助かる!」
「はぁ~助かったっす~」
「気を抜くのは早いのですぞビルアン」
「わかってるっす!」
「ウス!!」
ギリギリ間に合ったかのように見えたが、この時、大きな犠牲を払っていることを、本人以外知ることは無かった。
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