第61話 激務と成長

 モフモフ動物病院の激務の日々は、終わる目処もなく続いている。

 見なければいけない外来は減る気配もなく、むしろ増えていく。

 診察すればするほど重症患者が見つかり入院が増えて手術が増える。

 退院して空いたベッドに片っ端から患者が入れられていく。

 獣神様の加護により、入院室がニョキニョキと広がっていくために、無尽蔵に患者を受け入れられてしまい、結果として働いている人間の業務は右肩上がりで増えていく。

 献身的な仕事に心を打たれ、どんな仕事でもいいから手伝いたいという人間も増えて、どうにかこうにかギリギリで回していく。

 限界を超えた激務だが、この聖域、普通だったら間違いなく潰れているような状態でも、まるでランナーズハイのように業務を続けられる。

 結果として、常識では考えられないような成長を促していく。

 目の前に差し迫った命にかかわる選択肢を間違えずに選び続けなければいけない医療という現場で、とにかく多くの症例を、時に悔し涙を流し、歯を食いしばり、そして患者が元気になる幸福に満たされることで、一人前に成長していく。

 一生をかけて味わうようなことをぎゅーーーーっと濃縮してスタッフたちみんなが経験していた。


「マンキチ先生、外傷性肝破裂に対する肝葉切除と脾臓摘出、無事終わりました」


「マンキチ先生、穿孔性角膜損傷に対する強膜フラップ形成術による整復した症例ですが、術後組織も安定し抜糸も終えて経過観察になりました」


「大腿骨複雑粉砕骨折の症例ですが、なんとか仮骨出てきました。これで切除はまぬがれそうです、引き続き観察をしていきます」


「先生、この間行った小腸腫瘤の患者さん流動食開始しました。このまま経過を見ていきます」


「……みんな、俺より凄くない?」


「新人の頃の万吉を見せてやりたいニャ」


 地獄を乗り越えたスタッフは、歴戦の勇者へと成長を果たしていた。

 その御蔭でようやくこの国の現状と未来について幹部たちとゆっくりと時間を取ってはなす事ができるようになった。


「マンキチ様達のおかげで、この国家仮称ラブレも賑やかになりました。

 現在の人口は8000人に達しました。人間は1800人、獣人、すでに半獣という言葉はなくなり獣人に含んでおります、それとエルフにドワーフ、などの亜人種を合わえると6500人に上ります。現在山脈内に主となる規模の街が4つ、麓の街が住居等は一番多くなっております。

 農林水産部門が一番の急務で、どんどんと開発を続けています。

 功績や魔物の素材を利用した我々独自の物資がメインの輸出産業になっており、これはもう、莫大な利益を産んでいます。一方で必要な物資がまるで足りていないので、今はその利益をその部分に割当てております。いずれは様々な物資の生産も国内で賄えるように体制づくりを行っているところです」


 万吉は資料に目を通すと、国家の状況は、悪くない、いや、思っていたよりもずいぶんといい状態だった。

 今のところ、ラブレ国は専制君主制の社会国家のような状況だ。

 国民は万吉と国のために働いて、皆でその富を分配している。

 万吉なんかは食事は冷蔵庫から無限に湧いて出てくるわけで、最近はできるかぎりこの世界の食事を食べるようにはしているが、特に贅沢もせず、何ならこの国で最も忙しく働いている、まであるだろう。


「どうしても畜産とかに目が行ってしまう……牧場とか見学したいなぁ……」


 獣医師として大動物の勉強もしてきたが、万吉は小動物臨床に進んだために、そっちの実地の知識が乏しかった。


「すでにお弟子さんたちが病院にあった書物と過去の経験を照らし合わせながらこの世界の畜産動物に対する管理や治療に関するケースレポートを作り始めております」


「えっ、俺の弟子優秀すぎ!?」


「戦闘訓練も兼ねて領地を広げて行きますので、まだまだ忙しくなります」


「あんまり過剰に広げると管理が行き届かなくなるから……」


「そうですね、まぁ、見える範囲は人の手つかずの領域ですから、急がすにやっていきますよ」


「頼もしすぎるな……俺、いる?」


「何を仰る、マンキチ様ともふもふ様のための国造りですから!」


「あ、ありがとう……」


強烈で重いお気持ち表明に万吉は少し押され気味だ。

それからも山ほど報告と確認が続いていく。

食料生産力と消費量、様々な消費物資の生産量や消費量、区画の計画から、軍需物資に至るまで、基本的に万吉は人任せだが、やはり確認するべきところでは確認してほしいという下からの声には逆らえない。

そして、万吉を最も驚かせたのが……


「犯罪率が、0だと」


「正確には悪意を持って行われた犯罪です」


「事故などによる損壊や障害はあるってことね、それにしてもすごいね」


「この国に来てそういった悪意を持って犯罪をしようという輩が居ない、と言えればよかったのですが、一種の教育ですね。この国は犯罪は100%バレますから」


「どういう事?」


「たとえば何か犯罪をしました、と、取り調べる人間が気で調べれば真偽を偽れませんから」


「あ、ああ……なるほど、隠し事も嘘もできないのか」


「痕跡をたどることも一流の追跡者であればまず確実に。

 そしてそれをデモンストレーションを合わせて入国者には伝えておりますから、そういう現実的な側面も大きいです。故意でない犯罪も今のところすぐに自首しておりますし、そういったたぐいの犯罪は賠償をすれば基本解決、軽い叱責に納めています」


「ふむ、もし隠したら大変な重罪になるからみんな素直になると」


「少なくとも、この街の生活を一度知ってしまえば、外に放り出されることをなんとしても避けたい、だから犯罪なんてリスクの大きいことはしないんです」


「なるほどなぁ……それを支えているのが豊かな生活なんだから、俺たちはそれを維持するために頑張らないとな!」


「粉骨砕身頑張ります!」



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