第59話 戦後処理と影響
一つの大きな戦いが終わって、一時の平穏な時間が訪れる……
「そんなことを考えていた事もありました……次の人ー」
万吉は、入居希望者の診察で大忙しだった。
「君は随分と痩せているな……よく頑張ったな、とりあえずしばらくの衣食住はこちらで用意する。健康状態は栄養状態を回復させれば良くなっていくよ」
「あ、あの……お、お医者様の診察なんて……お、お金もなくて……」
「ああ、これはこの街に入る人間はむしろ義務で受けてもらっているからお金は取らないよ。元気になったら労働力として返してもらうと思って早く元気になってね」
「あ、ありがとうございます!!」
大きな問題がない人間はたいていこういった対応で済むのだが、問題がある者も当然入る。
「これは酷い……傷口が感染を起こして骨まで影響を受けてる、全身状態も……」
「ま、魔物に襲われて、う、うちのやつは助かりますか……?」
「私を信じてもらえますか? 見たこともないような治療をする必要があるのです」
「お願いします!! どうか、助けてください!!」
「わかりました。もふもふ、とりあえず一通りの検査、点滴はすぐに開始しよう。
それと、旦那さんも左腕、折れて適当に繋いだせいで変にくっついています。
奥様の次に治療しますから一緒に入院してくださいね」
「は、はい!!」
感染症は恐ろしい。
特にこの世界には抗生物質のようなものが存在せず、薬草、薬効のあると考えられている物を経験則で用いたりしている。その代わりに神の奇跡とされる聖水のような地球には存在しないような物や魔力を利用した魔道具による治癒などが存在する。
単純な回復魔法のようなものは存在していないが、肉体の能力を高めることで傷の治癒を高めるようなことは可能だ。もちろん気でも似たことができる。自分自身に施すのが得意な者や、他人に施すのが上手いものもいる。万吉は魔法使いたちの戦い方などを参照に考察していたが、魔力より気のほうがそういった分野は得意と感じていた。
「気の力がなければ、こんな手技はやろうとは思わないわな……」
感染を起こした部位を外科的に摘出する。デブリードマンと呼ばれる処置だ。
感染を起こしてしまうと、外部からいくら丁寧に洗浄をしても組織内に侵入した感染物質を取り除くことはできない。抗生物質など感染の原因となる細菌などをやっつける治療も有効ではあるが、感染に伴う炎症などにより壊死を起こしてしまった組織は新たな感染の温床となるために、感染部位は感染を起こしていない部分まで大きく取り除く必要がある。感染が広く深ければ除去しなければならない部分も大きくなる。
身体には取り除いては維持できなくなる構造も存在する。たとえば四肢、大血管や神経なども含め骨の感染などを起こしてしまえば、それはもう切断するしか方法がなくなってしまう。
「それじゃあ、息を合わせてやっていこう、もふもふ、頼むぞ」
「わかりました」
「任せるニャ!」
手術着に着替えた気の技術者が大きくえぐり取られた部位に気を流していく。
万吉も反対側から同様の処置を行っていく。もふもふは助手の術者にあわせて万吉の力のコントロールを繊細に操っていく。
感染を起こしていない部位の組織を動員し、欠損部分の組織を補っていく。
身体を組織レベルで理解し、気による操作で移動させていくこの手術方法は、まだごく限られた獣人しか行えない。
非常に高い気の操作技術と、複雑な知識を融合させる必要があるからだ。
さらに、この治療は万能ではない。あくまで無事な組織の材料を使っているので、極度に衰弱しているものや、持ってくる材料がない場合、欠損部位が大きすぎる場合は流石にどうしようもない。
そして、再生させた部位は脆弱でリハビリにも長い時間がかかってしまう。
モフモフ動物病院の聖域がこの技術を支えているのだった。
「お疲れ様、あとは固定して安静、一週間ほどしっかりと栄養を取ってから、リハビリだな」
「お疲れ様です」
「お疲れだニャ、万吉もずいぶんと調整がうまくなったニャ、お陰で楽になったニャ」
「いつまでももふもふ頼りって訳にもいかないからな、神経細胞とかが難しくてなぁ」
「旦那さんの準備もできたようニャ」
「よし、今日はあと5件、頑張るぞぉ!」
午前中は診療、午後は夜まで手術が続く日々が続いていた。
理由は、この間の戦争にあった。
獣人たちの勝利と魔法使いたちの最後、そして魔人の存在は、万吉たちの手の者によって各町に伝わった。
恐ろしい悪魔が味方ごと喰らい、辛くも獣人たちが撃退した。
生き残った兵士の洗脳も解かれ、本人から話が広がったこともあるが、何よりも魔法使いと悪魔を失った街の守りが消失し、同時に洗脳魔法の効果も切れたことも大きい、魔物から守る結界も無くなり、自分たちの過去の行動に耐えられなくなった人々は、他の街へと移住したり、万吉たちの元へ向かう獣人も多く居た。
この辺り一帯で一番力を持っていた魔法使いと悪魔の消失は、周辺都市に大きな衝撃を与えることになった。
「直接のやり取りはしてないけど、そんなに報復を恐れているのか?」
「はい、やはりローゼンの敗戦は大変な衝撃だったようです。
このあたりの地域で絶対的な力を持っていた魔法使いだったために、逃げ出した魔法使いも居て、人間たちの街は大混乱です。
獣人たちも報復を恐れて腫れ物に触れるような扱いになって、さらには魔物も活発に街の人間を襲うようになってしまって……」
「はぁ……何とかするしか無いよなぁ」
「とりあえず我らで戦う意思のない街は護衛を派遣して話し合いに、とは考えているのですが、人間たちも一枚岩ではありませんから」
「基本的には、来るもの拒まず去るもの追わず、だ。
もちろん、身体検査はするけどね」
「かしこまりました。マンキチ様は身体検査、お願いします。
周囲の都市とのやり取りは、こちらで進めていきます」
「悪いね。頼む」
「……万吉様も無理をなさらずに」
「ああ、ワクもケビルもしばらくは大変だと思うから、頼んだぞ」
「はっ!」「ははっ!」
戦いの余波が収まるのには、まだ時間を必要とした。
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