第57話 やせ我慢

「どう避ける!? エリアルサイクロン」


 結界内を多い包むほどの暴風の塊が広がっていく、


「たたっ斬る! 白虎の型、大鎌……からの朱雀、一閃!!」


 シャベルから伸びた巨大な鎌が回転しながら嵐を引き裂いていく、その刃の影に入ってローゼンに突撃する万吉。

 自身の周囲にも気の鎧を作り、身を切り裂く風から身を守る。

 いくつもの属性を多重に操る非常に高度な操気術だが、それを可能にしているのがもふもふのサポートだ。

 万吉ともふもふの間には獣神が繋いだ魂の絆がある。

 燃料は大量のニトログリセリン、F1並のパワーの出る巨大な車を操縦して下町の道を安全に走るような運転技術をもふもふは求められている。

 ハンドル、アクセル、ブレーキ、なにか一つでも操作を誤れば即死の事故を起こしてしまう。そんな緊張感でもふもふは戦闘をサポートしている。

 そして……


「抑え込めぇぇ!!」


「絶対に結界を抜かせるな!!」


「うおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」


「変わります!! もう休んでください! 限界です!!」


「だめだ、今は、まだ!!」


「くっ!! マンキチ様……」


「応援は、まだか……!?」


「まもなく、まもなく到着します!!」


「よっしゃ、おら、根性出すぞ!! 

 人間の底力、こういう時に見せないでいつ見せるんだ!!」


「おおっ!!」


 外にいる獣人たちも、精鋭以外も借り出して結界の維持の戦いを繰り広げている。

 実際の戦闘には向かないが、気の扱いに優れたものはいる。そういった者も危険を顧みず最前線まで自分の力で戦いに来ていた。


「離れろぉ!! 下賤の者が我が前に立つなど許されんのだ!!」


「離すかよぉ!!」


 遠距離から無尽蔵に魔法を撃たれ続けるのは分が悪い、格闘経験を活かせる近距離での戦闘に持ち込みたかった。

 もちろん危険もあるが、虎穴に入らずんば虎子を得ず。


「恐れず飛び込み死中に活を求める!!」


 シャベルと杖が交叉する。

 杖に込められた魔力が強力な力となって襲ってくるが、同様にシャベルに込められた気の力が魔力を食い破っていく。

 かするだけで肉を穿ち、骨をきしませる、魔力と気がぶつかり合い、その衝撃で細かな傷は数え切れない、拳に、腕に、胸に、足に、骨にはヒビが入り、折れた骨もあるだろう、それでも万吉は気で抑え込み、身体を動かし続けた。

 万吉が倒れれば、獣人たち、人間たち、自分を慕って集まってくれた全ての存在は確実に滅ぼされる。

 この世界に芽吹いた獣人たちの希望は潰える。

 万吉の覚悟が、戯れに出向いた悪魔の意思を上回ることは、必然だった。


「おのれぇ! 厄介な!! ぐはぁっ!」


 シャベルの対応に注意が向いている無防備な腹に万吉の足刀が深々と抉りこむ。


「フォローするニャ! 踏み込むニャ!」


 くの字に折れた魔人の懐に、もう一歩、必殺の間合いを取る。


「押忍っ!!」


 何もない中空に一歩踏み出す。

 その場には気で作られた足場。

 ずんと大地を震わせる震脚とともに発せられる中段突き。

 体重、踏み込みの力、脚力、腰の捻り、膂力、腕力、そして、気力、それらを拳の一点に乗せる。

 基本通り、自然体に繰り出されたその一撃が魔人の胸板に吸い込まれていく。


 ず、どん。


 ぼごぉと胸板が凹み、背中から衝撃波が抜けていく。

 単純な中段突きだが、身体能力を一瞬極限まで高め、そして性質変化させた気をローゼンの体内に疾走らせた。


「グボラァアアァァァ……っ!! ごべぇ……!!」


 吹き飛ばされたローゼンは山肌に叩きつけられ、おびただしい鮮血を吐き出す。


「な、なぜだ!? 治癒が、な、治らん!?」


「魔力の流れに大量の気を流したニャ、すぐには魔法は使えんニャ」


 万吉がシャベルを構えてローゼンの眼前に降り立つ。


「わ、我を……見下ろすなぁ!!」


 今までの魔法が見る影もない、こぶし大の火球が飛ばされるが、万吉はシャベルで簡単に弾き飛ばす。大きく弾かれると思われた火球はシャベルに触れた瞬間に爆発する。万吉とモフモフは黒煙と爆風に包まれる。

 その瞬間、ローゼンの顔がニヤリとゆがむ。


「油断したな!! 何を勝った気になっているっ!!」


 ずるりと人の皮が裂けて漆黒の闇が飛び出してくる。

 肉体を捨てた悪魔が、次の依代に万吉を選び飛び込んできた。


「油断なんてできないさ、あんたは強いからな」


 黒煙からシャベルが突き出され、まばゆい光を放つ。

 

「ぐわあああああっ!? こ、これは!!」


 ずんっ、と闇の塊に光るシャベルが突き立てられる。

 

「ぬおおおおおおおおお!!」


 万吉が力を込めるとシャベルが一層輝き出し闇を包み込んでいく。


「馬鹿な!? 我が、まさか!! こ、こんな、馬鹿なぁあああああああああ!!!!」


「消えろぉおおおおおぉぉぉぉ!!」


「ばかなぁああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァ……!!」


 ビリビリと大地が揺れる。

 周囲を包み込んでいた結界は光に絡み取られていく。

 獣人達は戦いの決着がついたことを知る。

 光が収束し、闇を喰らっていく……

 全ての闇を光が飲み込み、コトンと大きな石が地面に落ちる。


「やった……」


 光が消え、万吉の身体はその場に崩れ落ちる。


「……げん、かいだ……」


「万吉、やった、ニャ……びょ、病院を、出す……にゃあ!!」


 二人を包む光が消え、数え切れないほどの傷から一斉に血が吹き出した。

 もふもふは最後の一握りの力でそばに病院を顕現させた。

 それと同時に二人は意識を手放した。


「ま、マンキチ様!! 救護班!! すぐに病院へお運びするんだ!!」





 








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