第54話 蜘蛛の巣

 いくつかの凡戦を繰り返し撤退をしていく獣人たちを追う人間軍は、驚いていた。

 魔法に対して弓などで反撃をしてくる獣人たちが逃げていく山道が見事に整備されている。

 これだけ整備された道であれば、山道であろうが商業的な意味も大きい。

 これを手に入れて獣人たちを奴隷としてどれほどの莫大な財を生み出すのか、戦いの中、すでに権力者達は戦争後の分配に思いを馳せていた。

 結果として、まんまと策にハマっていく。


「おい、食料が残されているぞ」


「なんだこりゃ、うめぇ!! すげぇ種類の果実がこんなに……」


 兵士たちは落とした砦から豊かな食料事情やその生活の質の高さにどんどんと術中にハマっていく。

 それらの様子を満足気に確認し、万吉たちの目となる部隊は引き上げていく。


「予想通り、餌に食らいついています。それはもう目を輝かせて……」


「作戦は7割成功しているが、最後が一番たいへんって言うからな、油断はするなよ」


「ははっ」


 砦で待つ万吉たちの前に軍勢が現れる。

 人間の戦い方は至って単純。

 兵士に守られた魔法使いが魔法を放つ。

 そして、門を粉砕し、砦を制圧する。

 砦からの弓も魔法の射程には敵わない。のならばだ。

 数発の魔法を喰らい、門が崩れ落ちると獣人達は逃げ惑う。

 同じことが繰り返される。

 普通ならおかしいと思うだろうが、砦の中には食料の蓄えもあり、兵たちはすぐに略奪に走る。そして指揮官達は戦争後のことを考えている。

 人間たちの中には優秀な職業を持つものも多く居たが、

 結果として、彼らは一歩、また一歩と死地へと進んでいた。


「よし、よくやってくれた。敵が目的地に達した」


 見事に整備された道、しかし、ある一箇所だけは正規の道ではなく、彼らの処刑場へと誘う道になっていた。

 その道の先は切り立った山に囲まれた盆地、そこに偽装された砦が壁にハリボテだけ作られていた。


 人間兵はいつものように魔法を放つが、その着弾と同時に自分たちが来た道が落石によって閉ざされたことに気がつくことは出来なかった。

 彼らは、完全に蜘蛛の網に捉えられた獲物となった。


「ん? なんだこの砦は? 中身が無いじゃないか……?」


 破壊された扉の向こうには、山肌が顕になっている。

 人間軍が異常に気がついたとき、獣人が一斉に動き出す。


「青龍の型、土棘壁!!」


 人間軍を包み込む壁面が、鋭い棘、まるでおろし金のように変形する。

 操気術のお披露目だ。


「朱雀の型、火風の刃、合わせ」


 燃え盛る風の刃が人間軍の足元を切り裂いていく。


「防御陣形!!」


 人間軍も素早く魔法使いを中心に守りの体型を取るが、足元を傷つけられた兵士がいたるところで横たわっている。大盾で炎と風の刃を弾き返し、魔法使いが反撃を試みる。


「小癪な真似を!! まさか獣人に味方する魔法使いがいるとは!

 ウインドストーム!!」


 暴風が魔法使いを中心に巻き起こる。横たわっていた人間たちはその風に巻き込まれて高々と跳ね上げられていく、人間たちは地面にたたきつけられるまえに獣人たちの投げた糸に絡み取られ回収される。青龍の型操縄術による捕縛術だ。

 暴風はそのまま周囲の壁を破壊するために広がっていく。


「させるかよ、青龍の型、土柱!!」


 地面から巨大な柱がせり上がり、暴風を散らせていく。


「朱雀の型、瀑布流水!」


「白虎の型、大寒波!」


 近くの池から大量の水が上空で急速に冷やされ氷の霧と変化する。


「凍えて眠れ、極寒地獄!」


 暴風とともに戦場に猛吹雪が吹き荒れる。


「小癪な!! ファイアーストーム!!」


 魔法使いも巨大な魔法の渦を呼び起こすが、物量であっという間に吹雪に飲み込まれてしまう。


「合わせるぞメッカチ、ターマン!! アースウォール!!」


 巨大な土壁が兵士たちを覆い込む、吹雪がやんで、外周の兵士が限界が来て倒れてしまう。


「くそ!! 聞いてないぞ、仕方がない……奥の手を使うか、皆、悪魔を呼べ!!」


「まさか、こんなところで」


「まーたコレクションが減っちまう」


「とんだ貧乏くじを引いたぜ」


「まぁいい、ここにいる獣人たちを生贄に捧げれば、より大きな力を手に入れられるかもしれん」


「確かに……小僧共喜べ、上位悪魔を見せてやる」


 魔法使いたちが空に手をかざすと、禍々しく輝く魔法陣が展開する。

 6つの魔法陣から6体の悪魔がズルリと顕現する。


「なんだなんだ、いきなり呼び出しとは」


「馬鹿っ、よく見ろ、ローデン侯がいらっしゃる!」


「よい、戦の場である。不問とす」


「へへー……」


 明らかに一回り大きな悪魔の周囲に他の5体の悪魔が並ぶ。


「あれが……ザブールの街筆頭魔術師ベズリール殿のローデン侯……凄い力だ」


「ローデン侯、ずいぶんとご無沙汰しております」


「ベズリール、常に贄をかかさぬ献身に答えに参った……が……、

 カビ臭い嫌な匂いがするなぁ……なんの匂いだったか?

 不快だな……ベズリール、力を貸す、この不快な風を吹きとばせ」


「ははっ!! 皆、我に合わせよ、極寒の地を焼き尽くす魔界の豪火よ!!

 ヘルインフェルノ!!」


 自ら作った土壁ごと巨大な火柱が包み込む。


 炎は全ての吹雪を包み込み、消えていった。

 足元には消し炭となった傷ついた兵たちの姿もあったが、サラサラと灰となって消えていった……


「獣人共、仕置の時間だ……っ!!」


 魔法使いたちは、空へと上がった。



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