第53話 開戦
「敵影視認!!」
「来たか……」
山道へ入る森に作られた砦から、進軍してくる敵軍を確認する。
この砦は、所謂囮、デコイだ。
ここが山への入り口ですよ、と示すことで、敵の攻撃をここへと誘導する。
「まぁ、他の場所から進もうとするとトラップだらけで被害がでかいけどな」
「良い訓練になりますけどね」
「あの罠を訓練に使うのは危ないから止めて欲しい……」
「気を感じ取れないものに迂回路は使えないニャ」
「あれは良いアイデアだったな」
迂回路を利用するためには、罠の海の中から気によってマーキングされたルートを見いだせなければいけない。それは、万吉たちの兵士だけが利用できる絶好の方法だった。
「なるほど、あそこに一旦陣を貼るのか……ワク、精鋭部隊で今晩夜襲を仕掛けるぞ」
「わかりました」
「遠征で疲れているところに夜襲、正しいとは思いますが、警戒されているのでは?」
「こっちの夜襲班は、卑怯なぐらい強いからね、気配は感じず闇夜に紛れても昼間のように戦える。ここでそれを見せておいて、今後の彼らの夜を奪おう、成功すれば得るものは多い、俺も出るしね」
「マンキチ様は残ってください」
「いや、できるなら魔法使いも減らしたいし、初手は大事だから」
「……分かりました」
「万吉油断するニャよ」
「わかってる」
最初の開戦は夜襲から。
当然攻める側もこのタイミングでの夜襲は十分に警戒している。
事実陣は多くの篝火をたかれ、見張りも十分に置いている。
陣の周囲は炎のゆらめきで照らされている。
しかし、光が届かない場所は漆黒の闇だ。
万吉たち精鋭部隊は揃いの漆黒の布製の装備を身に着けている。
素材には死神の鎌から作られた塗料によってコーティングされ、布でありながらも薄い金属くらいの防御力がある。それでいて布のようにしなやかなために動いても音を発しない。刀身まで黒く誂えた短刀を暗闇で振るえば、切られた側は何で切られたかもわからないだろう。そんな装備の集団が、すでに陣の周囲を囲んでいることに気がつく人間はいない。
魔法使いが結界を敷けば探知もできるだろうが、今のところそんな大規模な設備を設置するような気配はなかった。
「魔力は感じない。見張り以外は夢の中だろう……行こう」
大地を通じ、全員に気で合図を送る。ピリッと感じる程度だが、事前に決めておけば簡単な会話も可能だ。
獣人達が一斉に動き出す。
篝火が倒され、砂をかけられ、周囲が一瞬で暗闇に包まれる。
「な、な、んぐ……」
見張りは声を塞がれあっさりと気絶させられてしまう。
事前の取り決め通り、荷に火を放ち、次々とテントに火を放っていく。
「て、敵襲だー!!」
流石に異常に気が付き敵兵が声をあげる。
しかし、すでに獣人達はいつでも撤退する準備を終えている。
混乱の極みの人間たちの動きを観察し、敵の魔法使いがどの天幕にいるかを判断する。
「あそこか……だが……」
想定していた中で悪い方が当たる。
複数の魔法使いが同じ天幕にいる可能性を想定していて、事実その通りだった。
「引くぞっ!」
敵の魔法が空を照らし出した頃、草原に散っていく人影を人間の目では捉えることも出来なかった。
まるで煙のように消えた夜襲。遠くまで弱いものいじめをするつもりだった人間たちの間に、不安と恐怖を植え込むことに成功した。しかも、相手に特殊な技能を知られることもなく、兵站に大きなダメージを与えるのだった。
「あんな魔法もあるんだな」
遠くから陣の上空で光っている光弾を分析する。
「おかげで動きが丸見えですね」
「仕方ないニャ、あちらにとって闇は恐怖ニャ」
「兵士の配置、守っている人間から判断すると、6人程度はいそうですね魔法使いが」
「減らしたかったけど、仕方ないな」
「しかしこれでマンキチ様の目論見通り、短期決戦を挑んでくるでしょう。その方が策に落としやすいです」
「そのかわり戦いが激しくなるだろうから、十分に気をつけよう。猛攻を受けて撤退という大勢づくりはしやすくなったとも言えるんだけどね」
「分かりました」
「非戦闘員の退避は終わってるよな?」
「はい、臨戦状態に移行しています」
「奇襲はうまく行ったけど……これからだぞ」
「はい!」
万吉の予想通り、日の出とともに人間軍は大攻勢を仕掛けてきた。
「魔法による攻撃、来ます!」
「うまく避けろよ! でも、防ぎすぎるなよ」
「指示が難しいニャ!」
ドカーンという轟音とともに、仮初めの門は半壊した。
獣人達は消火と扉の補修に慌てるフリを一生懸命にやっている。
「反撃を試みるフリも忘れずにニャ」
「適当に攻撃して届かなかったら慌てふためいて退却するぞー」
獣人達は矢を射掛けるが、人間たちには届かない。
軍勢から笑い声が響く。
そして、2発目の魔法が門を完全に破壊し、獣人達はバラバラと撤退を余儀なくされる。もちろん、予定通り。
「怪我人は後方まで下がるニャ!」
「殿は気をつけろよ、追いつかれないように、姿を見失わせないように」
戦闘は、奇襲で始まり、芝居を打つという奇策が続いていた。
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