第51話 大地蜘蛛城

 後の人々は万吉たちの城を大地蜘蛛城だいじぐもじょうと呼んだ。

 山々にめぐらされた道は整備され、各所に陣を構え、敵対する勢力を捉える。

 まさに蜘蛛の巣。

 そこに絡め取られたら最後、一方的にやられていく。

 山全体が一つの集合体として襲いかかってくる恐怖の存在。

 触れてはいけない存在として語られていくのは、少し先の話。


 それでも今現在、大きな居を獣人たちが中心となって構えたこと、半獣も差別されることなく、それどころか人間も共に暮らしている。

 作られる製品の質は驚くほどに高く、食も豊かであることは商人の手によって情報は広まっていく。

 辺境で魔物や人間に怯えて暮らしていた獣人は庇護を求めて集まるようになるのに時間はかからなかった。

 獣人だけではない、人間も人間が集まればその内部で序列が産まれ、その下部にいる人間たちは辛く苦しい生活を余儀なくされていた。そういった人間の中で、最後の挑戦と万吉たちの地へと向かうものもいた。

 この世界において、大きな集団からの離脱は死に直結する。どんなに辛くても集団の中に属していたいと考える人間がほとんどだった。旅の途中で魔物や賊にやられる者も多く居た。山にたどり着いても過酷な山道に積み重なった披露から倒れるものもいた。万吉たちの地にたどり着いた者たちは、その覚悟を持って成し遂げた者たちであり、その場が自らに残された最後の場所だと覚悟をしているものばかりであった……


「大丈夫か!? よく頑張ったな!」


 そんな長い旅を乗り越え、運良く救われた獣人が一人。

 今モフモフ動物病院のベッドで目が覚めた。


「わかるか? 君は山道で倒れていて、うちの仲間が連れてきたんだ。

 外傷もいくつもあったけど、基本的には過労による消耗だった。

 気分はどうだ?」


 明らかに人間が自分のような獣人に丁寧に話しかけてくることが、目覚めたばかりの獣人の思考を余計に混乱させた。


「落ち着くニャ、万吉。まだ目が覚めたばかりで色々聞かれても答えられないニャ!

 とりあえず、ここは安全ニャ、ゆっくりと身体を休めると良いニャ」


 その声を聞くだけで心が震えた。喜びと幸せで心が満たされていくような気がした。


「あ、アイリ……私は、アイリです……」


「アイリ、よく頑張ったニャ」


 アイリと名乗った獣人はもふもふの声を聞きながら幸せそうな笑みを浮かべて再び眠りについた。

 誇り高き銀狼の民と人間の半獣であるアイリにとって、この地にたどり着いたのは先祖の加護だったのかもしれない……


 多くの獣人や人間はこの地に住むための最初の条件は動物病院で診察を受けることだった。医療を受けることなんて初めてな獣人、人間も多かったが、異質な病院の作りにまず度肝を抜かれ、未知の治療検査、そして与えられる食事にただただ圧倒されっぱなしになることが通過儀礼になった。

 体調が整ったものから万吉による気解の儀を受ける。

 そこで判別され適切な部署へと配属される。

 そこに住む全ての獣人、人間はこうしてこの地を治める万吉ともふもふを知ることになる。この世界でもっとも勤勉な王を知る。


「人がどんどん増えていくね」


「開発もそれを超すペースで進んでるニャ」


「鉱山の近くの開発土台も完成しました」


「ゴルレ村周囲の大農地開発も計画通りに進んでいます」


「放牧地の囲いも済んで皆楽しそうに走り回ってますよ」


 モフモフ動物病院のミーティング室では各地から寄せられる報告を元に今後の計画が練られていく。ある意味独裁なのだが、旗から見ている人にはそう映らないほどに万吉は仕事に追われている。だれよりも一生懸命働いているから、住人みんなが納得して手伝いをするタイプの上司だった。

 更にその上司はだれよりも強く、力を与えてくれて、そして善人おひとよしだ。住人は皆、万吉のことが大好きだった。


「また移民か……健康診断して気解の儀をやって……」


「あの、マンキチ様……」


「ええっと、君はアイリちゃんだっけ? どうしたの?」


「その……あの……」


「アイリ、大事なことニャ、ちゃんと言うニャ」


「は、はいもふもふ様、マンキチ様、私、気解の儀が出来ます! 判定も!」


 アイリは数ヶ月前に山にたどり着き、住人に助けられた半獣の少女だ。

 発見当初は病的に痩せこけており、髪は乱れ、服もボロボロ、典型的な蔑まされて生きてきた半獣だったが、この地にたどり着き適切な処置を受けて病気から回復し、きちんとした食事と休息、それに気に目覚めることによって本来持つ姿を取り戻していった。土埃や泥にまみれた煤けた茶色だった髪は美しい銀髪。ガリガリで骨と皮のような肉体は瑞々しい張りのある美しい身体。日々に絶望し死んだ目と固まった表情は明るく未来を見据える瞳とだれしもが見惚れる美しい笑顔。何もかも生まれ変わったアイリは、その稀有な気の性質を完全に自分のものとした。


 無色の麒麟型。気の総量は極めて大。


 この地で万吉に継ぐ能力を持っていた。

 ちなみに万吉は無色の麒麟型、総量は測り知れず。だ。


「よかったな万吉、ようやく手伝える人員が出来たニャ」


「本当か! それは助かる!!」


「はいっ!!」


 こうしてアイリは万吉の専属として働くようになる。

 全体的なまとめ役は現在ケビルが行っている。

 兵士たちのまとめ役をワク、内政のまとめ役は不在で万吉が一生懸命働いている。

 気の解放と選別をアイリに任せられるようになってずいぶんと楽にはなっていた。

 しばらくすると気の扱い方が上手い何名かが気解の儀を行えるようになり、判別の手法も少しづつ解明されていった。アイリの存在がまた気の運用を高いレベルに持っていくのであった。











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