第45話 旅路

 隊長のケビルが万吉に従順だったために、他の兵士たちも素直に万吉たちに従っていた。いくつかの魔物との戦闘で半獣人達が見せた動きを見て兵士たちもすっかり抵抗心が無くなっていた。

 魔物によって植え付けられていた獣人に対する感情は、山を降りる頃にはすっかりと溶けていた。兵士たちは獣人達の高い能力に感心しきりで、話してみれば何も変わらない同じ人であることを普通に認めることが出来るようになっていた。


「明らかに獣人のほうが身体能力は上なのに、なぜこんなにも調子に乗っていたのか……恥ずかしいばかりです、私は……」


 ワクとの模擬戦を挑み、あっさりと倒されたケビルは空を仰いだ。

 それから他の半獣人たちとも模擬戦を行っていた。それに他の兵たちも真似しだして、いつの間にか演習の用になっていた。と、言っても実際には人間たちが完全に指導を受けているようなそれくらいの実力の差が存在していた。


「奴隷紋で縛られた獣人を痛めつけていただけで、何を思い違いしていたんだ……」


 兵士たちはすっかり落ち込んでしまっていた。

 その姿をみて万吉は人間にも可能性があると思えるようになった。


「どうやら洗脳魔法はかなり強力みたいだな、でも、こうしてそれさえなんとかできればきちんと現実と向き合えることがわかっただけでも、嬉しいよ俺は」


「マンキチ殿、以前にも話した通り、我々は街へ帰れば必ず殺されます」


「ああ、実はそれをどうしようかとずっと考えているんだが、どうにもなぁ……」


「以前はこの私の生命一つで皆を助けていただきたいと思いましたが、皆様と過ごし、それも惜しくなってきました。私はもうあのような行為を行っている人間たちとは袂を分かちたく思います。できればマンキチ様の下でお役に立てていただけませんでしょうか?」


「わ、私もお役に立ちます!」


「お、俺もだ!」


「ま、待ってくれ、皆街に家族とか居るんだろ?」


「我々の仕事は魔術師の盾、いつでも死ぬ覚悟、いや、道具だったんですね。

 それも、洗脳の力でしょう……。兵士たちは皆天涯孤独な人間です」


「どうして俺たちは仲間が魔法に巻き込まれて死んでもなんとも思っていなかったんだ……」


 万吉が話を聞いていくと、どうやら洗脳の全貌が視えてきた。

 獣人への差別意識、半獣人に対する非常に強い排他意識、魔法使い絶対至上主義。

 これらが中心となっている。

 

「俺は獣人が幸せになるために行動するから、それにそぐわなければすぐに処分するぞ?」


「もちろんです。我ら一同マンキチ様に従います」


「……そういう柄じゃないんだけど、でも、やるからにはきちんとやらないとな」


 万吉が、この世界で生きて、獣人たちを認めさせる道の厳しさと、そのための苦難の道程への覚悟はすでにできている。こういうことだって、考えていた。


「万吉、でかい嫌な気配がすごい速度で近づいてくるニャ!!」


「ワク、警戒しろ! ケビルさんたちは下がって!」


「マンキチ様、ケビルで結構です! 全員密集隊形で防衛陣っ!」


 ケビルの一言で剣士たちは一糸乱れぬ動きで陣を組む。

 軍事的な練度は彼らのほうが上だった。


 バキバキバキと木々をなぎ倒しながら大きな気配が山を登ってくる。


「出るぞ!!」


 ドーンと目の前に黒い影が現れる。


「シャラララララララ……」


 鎌首を持ち上げ、巨大な蛇が万吉を見据える。

 その目は赤く輝き、喉に魔石を携えていた。


「死神の鎌……」


 ケビルの怯えた声が静まり返った戦場に響く。


「死神の鎌ってのは、何頭もいるのか?」


「ある程度以上の巨大な蛇の魔物をそう呼んでいます……

 しかし、これほど巨大な……初めて見ます」


「確かに、以前戦ったのより、でかいな。

 もふもふ、今晩はごちそうだな」


「万吉、張り切るのニャ!」


「一体……なにを!?」


「ワク、コイツは俺がやる! 次からはお前たちに任せるぞ、よく見ておけ!」


「はっ!!」 「(まじかよ)」


「今、まじかよって言ったやつは、後で個別指導なっ!!」


 万吉が地面を蹴り、死神の鎌にスコップを振りかぶる。


「こうやってー……っ!!  こうっ!!」


 万吉は氣を高め、スコップに高度にまとわせ振り払う。

 ギャン! 甲高い音。 ブシャッ!! 鮮血が舞う。


「ギャラララララ!!!」


 まさか自分の身体が傷つけられると思っても見なかった死神の鎌は驚きの音を上げる。それから怒りに狂った真っ赤な瞳で万吉を睨みつける。


「さて、お前で使い方を学ばせてもらうぞ、第二ラウンドだ……っ!!」


 振り下ろされた尾をサイドステップで躱し、スコップで斬りつける。

 バッ! 赤く染まる地面。

 死神の鎌は転がるようにその一撃を避けようとしたが、スコップの刃が自慢の鱗を容易に切り裂いていく。


「シャララララララララ」


 警戒音を立てて鎌が距離を取る。

 彼の集中力は全て万吉に注がれている。

 今ならば自分たちも、半獣たちの手に力が入る。


「止めておけ、ちゃんと警戒されているぞ、それにあいつの最大の武器をまだ使っていない、来るぞ!! 大きく背後に飛べっ!!!」


 次の瞬間ぐいっと無造作に横に振られた鎌首がぎゅおんと振り回され、同時に周囲一帯に液体が降り注ぐ。

 万吉はケビル達の射線に割り込み、スコップを大回転させる。


「スコップ大回転!!」


 光り輝く風が壁となり、降り注ぐ液体を防いでくれる。

 森や地面に落ちた液体はじゅうじゅうと音をたて、周囲を溶かしていく。


「ほんの少しでも体内に入れば死ぬ毒だ! 触れるなよ!」


「ギャララララララララララララ!!!」


 必殺の一撃で、誰一人として仕留められなかった結果に、死神の鎌の怒りの咆哮が森に木霊するのであった。





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