第43話 脳洗浄

「何が起きたんだ……?」


 薄っすらと光る石を指先で触れてみると、先程までの熱さは感じない。

 恐る恐る拾い上げると、暖かく光りだす。


「万吉、その石に力を注ぐイメージで掲げるニャ!」


「え、あ、はい……力を注ぐイメージ……?」


 戦闘民族が扱う気を、一度は放とうとしたこと、男の子なら誰でもあると思うが、万吉はまさにそのイメージで石にを集中させる。ワクワクすっぞ。

 石は万吉のそんな心の声に反応するように更に強い光を放つ。

 剣士たちはその光に当てられ、なんの反応もなかった状態から光へと興味を見せている。


「あ……ああ……あたた、かい……」


「きもち……いい……」


「万吉、もっとニャ!!」


「わ、わかった!! に、二倍……いや、4倍だぁ!!」


 万吉は調子に乗って石に気を注ぎ込む。

 さらに石は輝きだし、光がキラキラとエフェクトを発し始める。


「あ、ああああ……っ!」


「熱い……熱いー!!」


 兵士たちから黒いモヤのようなものが立ち上がる。

 その黒いモヤは光から逃げるように集まっていくが、部屋に充満する光によって消滅させられていく。

 立ち上がるモヤが出なくなると、糸が切れたようにバタバタと兵士たちが倒れていく。


「お、おいっ!?」


「すーすー……」


「ぐーぐー……」


「すやすや」


 兵士たちは穏やかな表情を浮かべて熟睡していた。


「もう大丈夫ニャ」


「何が起きたんだ?」


「この兵士たちは、あの悪魔に洗脳させられていたんニャ」


「洗脳……」


「そして洗脳した悪魔の持つ魔石に万吉の気を送り込むことで、悪魔の波動を浄化する聖石ホーリーストーンになるニャ! あの悪魔が施した洗脳であれば、それで開放することが出来るニャ!!」


「それって、あいつみたいな悪魔が他にも居て、そいつが施した洗脳を解くにはその悪魔を倒さないと出来ないってこと?」


「そうニャ! 悪魔ごとに波動の形が異なるニャ……えーっと、ただ? 上位の悪魔の石で下位の悪魔の洗脳を力技で解くことは可能、とのことなのニャ!」


「なんで説明書みたいな……」


「神託ニャ!」


「獣神様よく見てくださっているんだね」


「なお、悪魔は本来この世界に居ない存在、世界が狂った原因がわかった。今後は容赦なくぶっつぶせ! とのことニャ」


「洗脳と居ないはずの存在……獣人達の不当な虐げられかたの謎もソコにありそうだな……」


「獣神様もそうお考えニャ」


「とりあえず……兵士たちは監視下で眠らせておこうか」


「お任せを……」


 いつのまにかワクたちが部屋で控えていた。


「びっくりした、いたのかワク」


「突然部屋が光りだしたので、勝手ながら入らせてもらいました」


「いや、ありがとう。それじゃあ監視の方頼むね」


 万吉達は倉庫を後にする。

 

「なんか、いろんなことが急に動き出したな……」


「獣神様もバタバタしていらっしゃったニャ」


「……本気で人間と争うことになりそうだな」


「やられる以上、やり返さないといかんニャ」


「もっと積極的にこっちの街の発展も手伝っていれば、犠牲を出さずに済んだのかな?」


「万吉、自分が何かをしていたら未来を変えられたと考えるのは傲慢ニャ。

 師匠に怒られるニャ」


「そうだった……ありがとうもふもふ、俺は俺のやれることを精一杯やるだけだ」


「その息ニャ!」


 万吉は自らの頬を叩く。

 この世界に来て超常の力を振るったせいで慢心していた自分を律する。

 今回の戦いだって、すでに犠牲になっていた獣人が多く居た。

 万吉は万能の存在ではない。

 過信は師匠からとにかく気をつけるように繰り返し指導を受けていた、それでいてもなおこうやって慢心する。

 

「人間は弱い生き物なんだ」


 師匠が繰り返し万吉に伝えていた意味を改めて心に刻み込むのであった。


 兵士たちはそれから2日間眠り続けた。

 万吉は街の復興を手伝いながら、点滴やカテーテルによる処置を考えはじめた頃に、目を覚ました報告を受けた。


「そうか、ガージャン殿は亡くなられたか……」


 この部隊の隊長だと名乗ったケビルという男は小さくそうつぶやいた。


「我らも処刑されていても仕方がなかった。寛大な対応に感謝する」


「皆の対応をどうするのか結論が出ていないだけなんだがな」


「そうか、そうだろうな……信じてもらえないかもしれないが、我々には自分たちの意思決定権は持っていない。貴族に行けと言われたら行くし、基本的な役目はガージャン殿の盾になることだ。そのガージャン殿が亡くなった今、我々は帰る場所を失ったと等しい。帰れば、間違いなく犯罪奴隷か斬首かしか残されていない」


「だから許せと?」


「いや、それは虫の良すぎる話しだ。できれば、首は私の首一つで納めてもらって、部下たちには逃亡を許して欲しい……」


「隊長!」「ケビル隊長!」


「静かにしろっ! 生かしてもらっているだけでもどれほど寛大か、自分たちが過去に行ってきたことを考えればわかるだろう……今まで、どれだけの酷いことを……、本当に、本当に酷いことを……なぜだ……なぜ、あんな酷いことを……」


「ふむ、ケビルだったよな。ちょっと会ってもらいたい人物がいる」


「私にですか?」


「ワク、こっちに来て顔を見せて欲しい」


「はっ……」


 ワクは万吉の隣に立ち、顔を覆う布を取り去る。

 精悍な顔立ちに可愛らしい獣耳、獣人と人のハーフだとひと目にわかる。

 普通であれば、人間からは罵声などの悪意がぶつけられる可能性が高い。

 ワクは、万吉の言葉にしたがい、迷うことなく素顔を晒した。


「獣人、ハーフ……下水……うっ、なんだ、我々は、今までなんてことを……」


「ああ……俺は、なぜ、あんなことを……」


「嘘だ、嘘だー!!」


 兵士たちが半獣人の姿を見て狼狽している。

 過去の記憶と、自らの思考があまりにもかけ離れていて、受け入れられないようだ。


「あんたたちはどうやら悪魔、と呼ばれる存在から精神に作用する魔法をかけられていたと考えられている」


 万吉がゆっくりと口を開いた。







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