第41話 背後

 炎の球が、風の刃が、土の槍が万吉を狙い、建物を破壊していく。

 周囲は滅茶苦茶だ。

 すでに街の獣人達はワクたちに避難誘導されもふもふによる応急手当を受けている。

 兵士たちはワクとの別働隊によってもう一度眠らされている。

 完全に魔法使いのガージャンと万吉のタイマンになっている。


「くそっちょこまかと!」


「魔力が尽きるとか無いのか! 近づけない!」


 ガージャンが攻撃して万吉が受けるという一方的な戦闘が続いている。


「くそっ……魔法……ずりぃ!!」


 万吉は魔法の不条理と必死に戦っていた。

 何もない空間から肌を切り裂き木々を打ち払う不可視の風の刃が起き、巻き込まれれば熱傷による致命的な炎、貫かれれば致命傷は間違いない槍、そんな物が相手の思いどおりに現れては消え、現れては消え万吉を襲い続ける。

 スコップによる防御がなければ命が何個あっても足らない。

 スコップは風の刃を跳ね返し、炎を防ぎ、土槍を破壊し万吉を守護する。


「なんなんだ、あの武器は!? 魔法を打ち返し、破壊し、魔防障壁も作っている!

 そんな魔道具見たことも聞いたことも無いぞ! このままでは……っ」


 いくつもの魔法を打ち込んでも倒せないことに、ガージャンは焦りを覚えていた。

 獣人を一方的にいたぶったことしか無い彼にとって、まともな戦いになる覚悟をもっていなかった。今も、なんとかして逃げ出すことに考えを巡らせている。

 しかし、周囲の建物から半獣人達が彼の逃走を許さない鋭い視線を送っていた。


「ちぃ……、また奴隷を失うが仕方がない……!

 我が声に応えよマンダ!!」


 ガージャンの頭上に一回り大きな魔法陣が浮かび上がり、暗雲が吹き出す。

 周囲の空気が重苦しくなり、獣人達は息苦しささえ覚えていた。

 万吉も、不愉快な感覚に襲われていた。

 嫌悪感、苛つき、万吉自身も理解が出来ない感情をその暗雲から受けていた。


「嫌な気配ニャ!!」


 モフモフがボワボワにしっぽまで膨らませ、怒りながら万吉の肩に乗ってきた。


「皆は?」


「一応の応急処置はしたニャ、犠牲は……出てしまったニャ」


「わかった、なんとか後で治療しよう……だけど、何だアレは?」


「わからないニャ、でも……物凄く嫌な感じがするニャ!!」


 暗雲は渦巻いて立ち昇り空中で球体に変化する。

 段々と雲は形を成していく、蝙蝠のような翼を持つ目玉……魔物に姿を変えていく。

 しかし、魔物ではない。

 目が青く光り、魔核も見当たらない……


【何だ、ガージェン。我を呼び出すとは】


「我が相棒マンダ、厄介な相手なんだ手伝え」


【後で対価をもらうぞ】


「ああ、奴隷の命の一つや二つ持っていけ」


【契約は成立した。約束を違えるな?】


「ああ、その代わりしっかりと働くのじゃ!」


 ガージャンの背後にマンダが取り付く、ガージャンの身体がふわり浮いた。


「これで終わりだ!! 街の連中ごと地獄の業火に焼かれて死ね!

 ファイアーストーム!!」


 ガージャンの杖の先から今までの魔法の比にならない豪炎が渦巻いて万吉を襲う。

 その炎の勢いは凄まじく万吉だけではなく、周囲一体を燃やし尽くすのに十分な巨大さだ。


「またこれかー!!」


「全力ニャ!!」


 スコップを大回転させる、スコップから暴風が放たれ炎を収束し受け止め、押し返そうと試みる。スコップの羽の角度を調整して一番効率のいい形で魔法を受け止める。


「馬鹿な!!」


 ガージャンが絶叫する。

 自ら発した炎の渦がスコップの起こす風によって包み込まれ、少しづつ戻ってきている。

 光り輝くスコップが炎の渦を受け止めている。切り札である魔族の力を借り、莫大な魔力によって放たれた必殺の一撃が止められることなんて、全く想像していなかった。


「こ、こんなことが……」


【馬鹿な、あれは気!? いや、まさか神気!?

 そんなはずはない!! 獣人共に、すでに気を練ることは!!】


 さらにスコップが放つ光が強くなり、それに合わせ万吉が押し返す力が強くなる、炎が少しづつガージャン達に戻っていく……


「マンダ!! 何をしている!? 早くなんとかしろ!!」


【ありえない、長年かけて奴らから奪ったはずだ!!】


「おいっ!! マンダ! なんとかしろ!!」


【気の対応なんて、ましてや神気、なんて、どうすれば……?】


 逆巻く炎が輝きを放ち、巨大になりガージャンたちを包み込んでいく。


「う、うわぁ!! こ、こんな馬鹿なぁ!!」


【ああっ!! 我が、我がぁ!! 馬鹿なぁ!!

 魔族を滅ぼすなぞ、そんな存在はぁーっ!!】


 光り輝く炎が魔法使いと魔物を包み込みジュンと消えた。

 空中に浮いた魔石がぽとりと落ちる。


「……仕方なかった、な」


 万吉は自分の手で人を殺めたことに、少なくない責任を感じていた。

 自分自身で禁じたことなのに、それを破ってしまった。


「仕方なかったニャ、あのまま焼き殺されるわけにもいかなかったニャ」


「……なんか、これ、感じが違うな……」


 落ちた魔石を拾い上げると、美しく輝いていた。

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