第36話 どっぷり深夜
それから、移住まで、街を出るまでに時間はかからなかった。
深夜、彼らの感覚で下水にいても正確に深夜であることを知覚していた、万吉達は水路を静かに進んでいく。
万吉は獣人達の歩様に感心と同時にその背景に思いを寄せて悲しくなった。
一切の音をたてずに移動する見事な隠形はそうしなければいけない事情があって身につけたものだ。
万吉自身も格闘技から得た歩様によってそれなりに静かに移動していたが、彼らは、そう、猫が獲物を捉えるときのように静かに、そして時に鋭く移動する。
暗く狭く、足元が湿っている場所での動きに万吉が学ぶところは大きかった。
「あの先、外へつながっているのですが……以前は我々が出ると結界によって苦痛が与えられました」
「今なら問題ないニャ」
ゆっくりと下水から外へと進んでいく、獣人達はおびえていたが、意を決して外に飛び出した。
「……おおっ、痛みのない外は初めてです」
「痛くても出るんだ?」
「……その、近くに、手頃な標的が居る時にさっと出て、攫って……」
万吉は下水溝に近づくなと言われていたことを思い出した。
「そう、だったんだな」
「はい……」
彼らも生きるために、きれいな生き方をしてきたわけではない。
それらの行為に罪がないとは言わないが、そう追い込んだ問題を無視してはならない。と万吉は考えることにした。
ここのところ行動をともにして、人間に加えられた非道は山ほど聞いてきた。
そして、街の人間たちが当たり前のようにそれを受け入れていた姿も見ていた。
それらが、万吉に素直にこの世界での行動を理解させていった。
闇夜を音もなく街を離れていく。獣人達は以前とは比べ物にならないほどに俊敏に移動している。女性でさえも人間よりもはるかに優れた肉体的能力を有している。
子を抱える母も、万吉たちとともに、なんの苦もなく闇夜を走る。
病院で適正な治療を受け、必要な栄養を吸収し、魂に刻まれた紋がなくなった今、本来の能力を完全に取り戻していた。
わずか20名ほどの集団ではあるが、人間からすれば驚異の集団が生まれたことになる。
「本来は、混ざれば強くなるんだニャ」
「交雑は種を強くしていくってわけだな」
「マンキチ殿、魔物です!」
川沿いを進んでいると魔物と遭遇した。巨大なトカゲの魔物、だが、赤く光る目や魔石をは有していない。水辺に住む巨大動物みたいなものだが、人間や獣人にとっては危険な存在なので、魔物と呼ばれている。
「俺がやる!」
「いえ、ここは我々にやらせてください!」
「……怪我するなよ?」
「わかってます。お借りした武器を使わせてもらいます!」
獣人たちには包丁や工具を渡していた。
「武器じゃないんだけどね……」
使い方はともかく、壊れない強力な武器であることは間違いない。
「ダル! メシ! アン! 左右に展開して横をつけ!
レオ! ベルは俺と一緒に正面から、川へ逃がすなよ!」
ワクの指示が飛ぶ。
ワクはリーダーとして獣人達のまとめ役をやってくれている。
獣人達は素早くトカゲを包囲する。
闇夜でも下水ぐらしの長い獣人にとっては全く問題がない。
今のワクたちに包囲された魔物は、もう詰んでいる。
四方八方から攻撃を浴びて、あっという間に力尽きてしまった。
「と、とんでもない切れ味ですね……」
「あの硬い鱗をいともたやすく砕きましたよ!」
皆武器の威力に驚いているが、何よりもその動きが素晴らしい。
牽制と攻撃をうまく使い分け、死角からの攻撃だけで敵を封殺してしまった。
「凄いな……」「敵にしたら恐ろしいニャ」
その戦いに万吉も舌を巻いた。
そのまま獣人達は魔物の解体をあっという間に終わらせてしまった。
とりあえずガレージにそれらの素材は突っ込んでおく。
その後も移動は順調に進んでいく。ある程度街から離れたら移動の時間を昼間に移行していく。
はじめは太陽照らす明るさに獣人たちは苦労していたが、それもすぐになれ、心地よい陽の光を浴びることに喜びを感じていた。
「世界ってこんなに美しかったんですね……」
「俺もそんなにこの世界に詳しいわけじゃないが、山の上、村の側から見る景色は最高だぞ」
「それは楽しみです!」
獣人達は万吉のペースに完全に着いてこれるようになり、数日で山の麓に到達した。
山に入ってからも持ち前の身体能力でまるで平地を歩くかのごとく山道を進んでいく。
「子どもたちも大丈夫か?」
「全然問題ないよマンキチ!」
「僕たちもっと疾くても平気だよ!」
「そうかそうか」
獣姿の獣人も半獣っぽい獣人も、皆手を取り合って山を登っていく。
万吉はその光景を見ながら、自身が思い描く世界に思いを馳せていた。
どんな人種も獣人も人間もともに当たり前の存在として共に暮らす世界を作りたい。
万吉の中に、この世界で生きる確かな目標、夢が具体性を持って示された瞬間であった。
山を登り尾根に出て暫く進むと比較的平坦な場所まで到達する。
「さて、みんな今日はここで休むぞ」
「まだ全然大丈夫ですよ?」
「いや、ここで今日はおしまい。その代わり明日は日の出前に起きるぞ、もふもふ頼む」
「わかったニャ」
尾根に突然病院が現れる異常事態にも、獣人達はすっかり慣れていた。
明日にはゴルレ村に着く。久々の帰還に万吉は少しソワソワしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます