第34話 すっきり変身

 呆然としている獣人たちがモフモフのいくつもに枝分かれたしっぽによってドライヤーをかけられている。


「……コンナノハジメテ……」


「スゴカッタ……」


「モウモドレナイ……」


 スキンケア大好き獣医師である万吉は、グルーミングテクニックを磨き上げており、現実世界でもいく匹ものファンを作り、どこのトリミングショップでもシャンプーをさせない狂犬も万吉のシャンプーにはうっとりとうたた寝する。というゴッドハンドを持っているのだった。

 獣人達はそのテクニックによって次から次へと骨抜きにされ、されるがままで乾かされているという状態だ。


 長年の垢や汚れも神域のシャンプーによってスッキリふわふわに変化していく。

 そして次が食事だ。

 ゴミを漁ったり、昆虫や小動物を捉えて食べていた獣人にとって、ドライフードや缶詰は理解の範疇を超えていた。

 消化器への配慮をされたものを少量づつ食べることを万吉に指導されたが、守れるはずもない。生まれて初めての満腹という状態に涙を流す者も居た。


 万吉が少し困ったのは、人っぽい獣人だ。

 人間とは異なるが、完全動物起立獣人とは明らかに異なる。

 しかし、そこはプロとして仕事に徹してシャンプーを行った。

 ブラシを使ったりと、ちょっと配慮はした。


 モフモフは手術着を器用に利用して皆に洋服を与えていた。


 下水という異常な環境で常に極限状態、更には今回の危機、そこに急に清潔な身体、清潔な衣服、そして満腹にまで食べられる食事。とどめは心地よい寝具。

 獣人達は、入院室でぐっすりと眠りにつくのであった……


「お疲れもふもふ」


「お疲れ様ニャ……あの魔物は焼かれたのかニャ?」


「どうだろうね、何にせよ、めちゃくちゃになっちゃったな依頼も、それに下水の民も」


 二人は今日の大仕事を終え、慰労の一杯を交わしている。

 もちろん二人共風呂に使って下水の汚れを綺麗サッパリ洗い流し、清潔な部屋着に着替えスッキリとしている。


「お疲れ様ニャ」


「もふもふこそ、明日からも少し頼むね、何人か治療をしなきゃいけなそうな子がいたからさ」


「わかってるニャ」


 今晩の肴はちょっと高級なソーセージだ。

 特別な日にしか食べないソーセージが食べ放題な現状だが、いつも食べると飽きたら悲しいと、ここぞという日に食べると万吉は決めている。

 万吉の調理の仕方は、フライパンに薄く水を張って、そこで煮るように炒めて、水分が飛んだら油を少し入れて表面をパリッと仕上げる。

 粒マスタードと一緒に噛みしめれば、熱い肉汁が口の中に広がり、塩気でビールが滅茶苦茶美味しくなる。

 上品にカットはせずに、フォークを突き立てがぶりと食べる。それが万吉流だ。

 そして、キンキンのビールを熱々のソーセージが通った喉へと流し込む。


「く~~~~~~~~~~~~~っ!! 旨い!!」


「この一杯のために生きているニャ!!」


 実際には動物にアルコールは毒なので、決して与えてはいけない。

 しかしモフモフは神獣だ。

 そして……


「人型の獣人は人間と同じ食生活で問題ないんだよな?」


「そうニャ! だから彼らの一部は同じものを食べられるニャ」


「本来なら獣人と人間が交わって良いとこを引き継いだ子が産まれるという良いことに感じるんだが、実際はこうか……」


 万吉は彼らの運動能力が普通の人間を凌駕していることを見ている。

 なぜ、能力の高い獣人がこのように虐げられているのか……疑問は尽きなかった。


「やっぱり、一味違うよなージョンソン○イルは……」


「シャウ○ッセンもうまいんニャが、この極太の味わいはたまらんニャ」


「たっぷりの粒マスタードに負けない肉汁とハーブ、強めの塩味、酒を飲むためのウインナーとしては最高峰だよなぁ……」


 再びガブリと喰らいつく。

 再び芳醇な風味が口いっぱいに広がっていく。

 それをたっぷり堪能し、ビールで流し込む。


「くはぁ……たまらん」


「うまいニャァ~」


 翌日からの仕事に影響が出ないように、この日のささやかな慰労は程々で終了した。





「はっ!! ……ここは……」


「う~~ん……まだ眠いよー」


 ワクが飛び起きると見慣れない場所で眠っていた。

 少しづつ寝ぼけた思考がクリアになっていく。


「そ、そうだ昨日はあの人間に……な、なんだこれは」


 体の内側から燃え上がり溢れ出んほどのエネルギーを感じていた。

 下水で生活し、ずっと感じていた全身を泥沼に包まれていたかのような倦怠感がまるで朝霧のように消えていた。


「な、なにが……ば、ばかな!?」


 自らの身体を確かめると、信じられない事に気がついた。

 その身に、その魂に刻まれた人間による魔紋が綺麗さっぱり消え去っていたのだ。


「お、おい皆!! 起きろ!! とんでもないことが起きてるぞ!!」


「ふぁぁ~~~……、どうしたんだよワク……ってあれ? ここどこ?」


「お前ら、紋を確認しろ!!」


「あ、そんなもの見たくもねぇんだ……が……ああ!?」


「なんだこりゃ!?」


「無くなってる! 紋が!!」


「俺の奴隷紋も消えている!!」


「なんてこと、子供の紋も消えているわ!!」


「ああ、なんということだ! 神様……」


「神……獣神様……そうか!! 獣神様が救ってくださったんだ!!」


「獣神さまの遣い……本当だったんだ!!」


「あの御方、もふもふ様はどちらに!?」


 朝のトレーニング代わりに周囲を探っている二人が不在の中、病院の中は大層に盛り上がるのであった。



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