第33話 しっかり炎上

「だから俺たちは下水の調査に来た冒険者だ。魔物と遭遇し、追ってきたら貴方達と偶然出会ってしまった。さっき皆を傷つけて言ったのが魔物、分不相応な巨大な魔石をを背負った鼠の魔物だ。傷口これで洗ったほうが良いぞ、と言ってもここに居たら感染対策も無いな……だったら、これ、薬草だから傷口に貼り付けておくと良い」


 万吉は道具から水の入った袋といくつかの薬草、それと清潔な布を先頭の男に渡そうとする。


「な、なんのつもりだ!? 俺たちは、下水民だぞ!」


「いや、俺はそういうの気にしないんで」


「なんのつもりだ人間、本当は痺れ薬か何かで奴隷にでもするつもりだろ!」


「万吉、やはりこいつらにしっかりとわからせたほうが良いニャ」


「そ、そうだ!! 何なんだそいつは! さっきもわけもわからない力で」


「こいつはもふもふ、俺の相棒だ。そして、獣神の使者、俺もそんな感じになっている。本職は獣医師だけどね」


「獣神!? そんなもの聞いたことも見たこともないね!!

 人間が適当なことを抜かして、やっぱり、殺す!」


「はぁ……少しは聞く耳を……ってなんか焦げ臭くないか?」


「あぁ!? ん? これは……!」


「やべぇぞ!! 焼き討ちだ!! 火が来るぞ!!」


 万吉が水路の先を見ると、轟々と燃え盛る火炎が迫ってくるのが見える。

 間もなくボロボロの住居を飲み込むことは疑いようもなかった。


「もふもふっ!!」


 次の瞬間、万吉は飛び出していた。通路の壁を走って炎の前に立ちふさがる。


「うおおおおっ!!」


 スコップを超高速で回転させる。スコップが輝き出し炎と熱を押し返していく、足元の汚水と一緒に輝く風が炎を飲み込んで行く。


「今のうちに逃げるニャ!!」


 もふもふの声で獣人たちがバタバタと水路の奥へと逃げていく、家に避難していただろう子供や女性も急いで逃げていく。


「ぬおおおおっ! 長い!!!」


「頑張るんニャ!! できれば家も守るニャ!!」


「下がりたいんですが……っ!!」


「あ、あんた! 皆下がった、火はこの先の曲がり角の脇道に入れば届かない!

 なんとかそこまで逃げてくれ、家はいい! また作れる! この火は3日は続く、耐えるのは無理だ!!」


「わかった! ありがとう! 下がるぞもふもふ!」


「それなら仕方ないニャ!!」


 スコップを回転させながらジリジリと後退していく、テント達は炎に飲まれ、あっという間に消し炭になっていく。

 なんとかT字路まで交代すると、すぐ先の脇道から獣人たちが心配そうに覗いている。


「飛び込むから、下がっててくれ、いくぞモフモフ!!」


 万吉は最後の力を振り絞ってスコップハリケーンの速度をあげ風量で少し炎を押し返す。


「今ニャ!!」


 万吉は壁を蹴って一気に脇道に飛び込む。飛び込んだ背後に炎が包み込み、熱波が襲いかかる。


「こっちだ! 急げ!」


 獣人が万吉を先導してくれる。炎自体は入り込んでこないが、熱波と酸欠であの場に居るのは危険だ、地下で暮らす人々だけが理解する炎のやり過ごせる場所を目指して急いで走っていく。

 背後からムワッとした熱量を持った重い空気がまとわりついている。


「もう少しだ!」


「に、匂いがさらにきつくニャってきた……」


「言うなもふもふ!」


 熱によって下水内の温度が急激に上がり、匂いと合わせて、かなりしんどい状況になっていた。


「そこに入れ!」


 腰をかがめなければ通れない通路を抜けると、空気がガラッと変化した。

 地下の涼しい空気が、今までの不快な状態を洗い流してくれた。

 通路の先は少し大きな空間になっており、下水も通っていない。

 万吉たちが抜けるとすぐにその通路に蓋がされた。


「……正直、助かった。お前がいなければ、物凄い犠牲が出ていた……」


「いや、逆に助かった。俺も死ぬとこだった……」


 大きな空間の端の方に人々が固まって、訝しげに万吉と獣人の男のやり取りを伺っている。


「改めて、冒険者のマンキチだ」


 差し出された手の意味がわからないのか、獣人はぽかんとしていた。


「いや、その、マンキチ? だったか、お前は、変なやつだな。

 人間からこんなことされたの初めてだぞ……なにもしないよな?」


「するわけもない」


 おそるおそるその手を握り返す。


「ワク、だ。ここではそう呼ばれている」


「そうか、よろしくワク、今ならこれ受け取ってもらえるかな?」


 万吉はさっきまとめた荷物を再びワクに差し出す。


「ああ、本当に良いのか? 金なら払えないぞ?」


「ああ、これもたぶん、神様の思召ってやつだ。今までの不義理分をサービスしないとな」


「神……いや、いるんだろうな、少なくとも今日命を救われた」


「結構責任感じてるみたいだぜ、神様も万能ではないみたいだ」


「……そうか、すまない。ありがたく使わせてもらう」


「もふもふ、これだけ広ければ?」


「ふむ……ここでなら大丈夫ニャ!」


「さて、ワク、もう一つ神様がいる証拠を見せるよ。

 そっちの人たちも、驚かせると思うけど、まぁ、神の奇跡だと思ってくれ。

 これが、神様からの贖罪だ」


 一番広い場所がわずかに光り輝くと、モフモフ動物病院が現れる。

 獣人達は言葉もなく口を開けて驚いている。


「こ、これは、魔法の一種か? あのいくらでも入るバッグみたいな」


「正真正銘、神の力で、もふもふの力だ」


「すげぇ……」


「飯もあるぜ、今日は神様につけとくさ、まずは全員……洗うからな」


 下水人達にとって、生まれて初めて、清潔なお湯によるシャンプーを強制されるまで時間はさほど残っていなかった……

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