第32話 べっとり付着

 通路に飛び込んだが、時すでに遅し。


「喰ってやがる……」


 死体と瘴気を取り込んだ身体がむくむくと大きくなっていく。

 水路はつまりが取れたことで勢いよく水が魔物を打つ、ブヨブヨと魔物の体表が震えている。同時に水面を叩く水の勢いで飛沫が上がり、悪臭は更に酷いものとなる。

 大量の瘴気を取り込んだ巨大な水ネズミが真っ赤な瞳を万吉に向ける。


「やるしかない……」


「触れたくないニャ」


「俺もだっ!!」


 突進してくる水ネズミを壁を蹴って交わす。交わし際にスコップで切りつけてみたが、手応えは感じられなかった。


「予想通りだけど……なら、これしか無いか」


 くるりとスコップを回転させ、斬撃から打撃に変更する。


「叩いても意味がなさそうだと思うニャ」


「ああ、だから、本来の使い方をするっ!!」


 続けざまの突進を躱し、スコップで身体を掘った。

 水ネズミから掘られた液体は、バシャリと汚水へと変わる。


「よし、なんとかなりそうだ」


「スコップで部分的に浄化したのかニャ! やるニャ!」


「先は長そうだなっっと!!」


 水ネズミが纏っている水のような外装を部分部分で浄化していく。

 なんとも地味で先の長い戦闘、いや、作業が始まった。


死神の鎌あいつほどじゃ、ないっ!!」


 水ネズミの攻撃は単調だった。基本的には体当たりと噛みつき、この2パターンしかない。突進は当然直線的で狭い下水路内でも簡単に避けられる。むしろ壁や天井を使った動きが出来るために、相手の巨体が逆に攻撃の恰好の的になっている。

 噛みつきも基本的に直線的に万吉に向かってくるために、対応は突進と変わらない。

 洞窟を激しく移動しながら巨体の回りを万吉が飛び回って身体を削り取っていく。

 コアを攻撃すれば良いのだが、液体の体内をちょこまかと動いてそこへの攻撃だけは絶対にさせなかった。その後も地味な時間が過ぎていく……


「なんか、輪郭がぼやぼやになってきたニャ」


「たぶん、瘴気が維持できなくなってきてるんだと思う……」


 繰り返し瘴気を含む肉体を削り取って浄化をしてきたことで、身体の濃度が薄くなり、ぶよぶよと水っぽくなってきていた。


「動きも鈍くなってきたし、ちょっとスピードを上げるっ!!」


 慎重に立ち回っていたが、手に持つスコップにぐっと力を込めて大量の水肉を引き剥がしていく。さらに濃度が薄くなり、巨体だけを維持するためにブヨブヨとしたスライムのようになってしまい、そして、ようやくコアの動きも鈍って来ていた。


「くっ!! 惜しい!!」


「み、右ニャ、いや、左、上上、そこじゃないニャ!」


「もふもふ黙って!」


 ようやくでかい図体は無駄だと悟ったのか少しサイズダウンしたせいで、コア狙いはいまだ上手く行っていないが、さらに外皮を削ることには成功している。

 すでに水ネズミは万吉を倒すことを諦めて水路内を逃げ回っていた。

 それを万吉たちが追い詰めている。

 どんどん小さくなる身体に逆に万吉達は手こずってきていた。


 もぐらたたきのようにネズミを追い回して水路の角を曲がった瞬間、目の前に掘っ立て小屋が立ち並び、迂闊にも魔物を見逃してしまった。


「しまった!」


「何者だ!! 皆出てこい!! 侵入者だぞ!!」


 ズタ袋をかぶったような男が万吉に気が付き誰何から完全警戒敵対姿勢を取る。

 万吉はスコップを後手に誤解を解こうとする。


「待て待て、魔物が今そっちに!」


「うぎゃあ! なんだコイツ!!」


「くそっ! やられたそいつの仕業か!?」


 背後でネズミが悪さをしているようだ。


「違う、俺は魔物を追ってきたんだ!」


「訳のわからねーことを!! やっちまえ!!」


 小屋から人がわらわらと出てくる。


「そんな場合じゃねーのに!! って、疾い!!」


 襲いかかってくる人々はそのみすぼらしくやせ細った身体からは想像もできないほど機敏に、そしてこの地形を利用して一気に襲いかかってくる。

 反応が緩かったら、足の一本でも掴まれ、一気にのしかかられ殺されていてもおかしくないタイミングだったが、目が慣れていたせいもあって相手に大怪我をさせることなく捌き切り距離を取ることに成功した。


「こいつ、やるぞ!」


「まて、 話し合えばわかる。背後に魔物が逃げてっているんだぞ!」


「何者だお前は!!」


「名前は万吉! 冒険者で依頼を受けて下水調査をしていて、魔物と遭遇したのでそれを追ってここまで来た! 嘘じゃない! 敵対する意思はない!」


「わざわざ下水に一人で来る馬鹿はいないだろうから、嘘じゃないんだろうが……」


「おお、わかってくれたか」


「それならそれで、下水に来た獲物を逃す理由にはならねぇよなぁ……?」


「そう来るか……」


「いい加減にするニャ!!」


 もふもふが輝き出す!


「獣神様の加護の一部でも受け取ってるのに、まだわからんのかニャ!!」


「なっ……か、身体が……」


 襲いかかってきた男たちがその場に跪いていく。


「こ、これは……な、なんだ……!? さ、逆らえない……」


「くそっ、なんだこれは! 止めさせろ! おいっ!」


「ぐぬぬ……まだわからないのかニャ!」


「やめるんだもふもふ! こんなやり方は間違っている」


「マンキチ!? 何を言うニャ!」


「こんな場所で、こんな生活を強いられている彼らを救えずに、神の力を振りかざすのは、間違っている……」


「……確かに……そうニャ……」


 もふもふの輝きが収まっていき、男たちも解放されていく。


「……何者だお前たちは……」


 襲われても仕方ないと考えていたが、男達は万吉に語りかけてきた。

 その声には先程までの恐れや怒気は含まれていなかった。

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