第29話 しっぽり酒会
「すまんマンキチ!!」
結局ナッソーはかなりの重役出勤で登場した。
一応急いでは来たみたいで汗をかいて肩を上下させていた。
「わ、悪い……ちょっとトラブルでな……」
「それは大変だったな、大丈夫、俺にとって見るもの全てが目新しくて楽しい時間だったよ」
「はっはっは、マンキチはなんというか、上品な物言いだな。
学を感じる」
「そうか? まぁ、褒められたと思っておく」
「褒めてるさぁ! まぁ、とにかく入ろうぜ!」
「ああ」
木製の扉を開くとブワッと喧騒に包まれる。
分厚く思い扉が中の騒ぎから隔絶させていた。
熱気にも似た人々の力が扉を開けることで開放され、二人を包み込んだ。
酒場の中にいる人達は皆笑顔で、陽気で、パワーに満ち溢れている。
万吉は昔見たオクトーバーフェスティバルで客も店員も皆が笑顔であったポスターを思い出した。
「おうっナッソーじゃねーか! 今日は飲みすぎんなよ、二人か?」
「よー、バルキー! 二人だ、できれば上の外がいいんだが……」
「なんだよ、羽振りがいいじゃねーか。キッカ! テラスにお二人さんだ!」
「あいよっ! 二階にどうぞっ!! テラスにお二人様ー!!」
喧騒の中でも不思議と通る店員の名調子を聞いて、万吉の心は躍っていた。
万吉は人並みに酒好きだが、なによりも飲み会の楽しい雰囲気のほうが好きなタイプで、その面ではこのお店は日本でも感じたことのないワクワクをすでに与えてくれていた。
「いい店だな」
「だろっ!? わかるやつだなマンキチは!」
年季のある板張りの店内を抜けて階段を昇る。
下の階よりも少し余裕のある作りのテーブルの配置、そして外に大きく開かれた扉の外にテラス席が用意されている。
日が傾いて光が広がっていく街並みを眺められる素敵な席だ。
気持ちの良い風が万吉ともふもふの脇をすり抜けていく。
「最高じゃないか」
「だろ?」
「下でも良かったけど、うん、すごく気に入った」
「マンキチ、やはりお前とは旨い酒が飲めそうだ! エール2つ!」
ナッソーは確認することもなく、自分の好きなものを注文したが、マンキチに少しの不満もなかった。何を飲むかより、どこで誰と飲むかのほうが大事な夜だと感じていたからだ。
「「乾杯!!」」
ビスの打たれた木製のカップがまたいい味を出している。キンキンには冷えていないが、熱気に当てられて興奮していた身体に心地よい涼しさを差し込んでくれる。
「ぷはーっ!! お、マンキチいける口じゃないか! エール2つだ!!」
「おいおい、俺、そんなに強くないぞ」
「何言ってんだその身体で! 適当につまみも、うまいもん頼むぜ!」
ナッソーは調子良く店員とコミュニケーションを取っている。
顔なじみも多く、
「珍しいな一階専門じゃなかったのか!」
などと軽口を叩かれている。
人間は、悪鬼が如き存在。
そう身構えていた万吉は、そのやり取りを複雑な感情で眺めていた。
肉の腸詰め、ボイルした野菜の酢漬け、メインの巨大な肉。
「おいおい、大丈夫か? こんなに頼んで」
「命の恩人にかんぱーい!!」
すでにナッソーは非常に上機嫌になっている。
そこで万吉は少し真面目な話をしてみることにした。
「なぁナッソー、獣人とかはいないのかこの街は?」
「ああ? 獣人、ここらに来られる獣人はいないなぁ……名が売れたパーティにでも入ったらギルド裏の店ぐらいなら行けるが、ここはぁ無理だ。
あんな獣クセェ……おっと、肩の相棒は特別だぜ?」
もふもふのことを気遣ってくれたが、特に悪意もなく自然と獣人に対する偏った考えを普通に持っていることが伺い知れる。
「じゃあ、獣人と人の間の子は……?」
「なんだなんだ、下水人間の話なんてしても楽しくねーぜ兄弟!!」
「下水人間?」
「ああ、奴らは下水に暮らしてるんだよ、まぁ、下水の管理をしてるといえば聞こえはいいがなぁ……なんだ、奴隷でも買うのか? まぁ便利かもしれんが、ああ、そうだ、外の用水路にはあまり近づくなよ? はぐれ共に狙われると厄介だ。下水に引きずり込まれたら、兄弟でも助からねぇぞ……」
「そういう感じなんだな……」
「なんだよ兄弟。せっかく楽しい会だぜぇ辛気臭い話はやめようぜぇ……あー、でも兄弟は世間知らずだったな。知らないとあぶねーこともあるしな。このナッソー様が教えてしんぜよぉ~~」
「悪いな、正直助かる」
「基本的に獣人は、町の外に暮らしている。
冒険者になってるやつも多いが、いてもいなくても変わらない奴らも多い。
そして、下水人、混ざりもんはさらに下の存在だ。
目につくところに出てくればいたずらに殺されたって文句は言えねぇ。まぁ、商人に見つかれば奴隷行きだ。
奴らは下水掃除をすることで、ゴミ漁りを許されている。
夜中に下水から這い出てゴミ漁りをする。それによって街のゴミも処分されるって寸法だ。
ただ、奴らだって誰しもが良い下水人じゃねぇ、群れて達の悪い奴らもいる。そういう奴らは不届きにも人をさらって金目の物を盗んで、そして、食う。
兄弟だって、関係ないぜ、奴らは基本飢えているからな。
もちろん、生まれてすぐ奴隷になるやつがほとんどだ、そういう輩は下水人同士で増えやがるんだ……。
だからな、定期的に、火を放つんだよ」
「火? どこに?」
「下水にだよ。不潔だからな……火を放って消毒するんだ」
「下水に住んでる奴らもいるんだろ?」
「全部が死ぬわけじゃない。ある程度減らさねーと、襲いかかってくる不届きな奴らも増えるからな」
話しているナッソーの目には、悪意も何もない。
空から水が降ってくることを雨と呼ぶ。
当たり前のことを話しているだけという素振りだ。
周りの人間だって、誰一人ナッソーの話に興味一つ見せない。
『我慢しろよ』
『わかってるニャ……っ!』
万吉は、改めて認識を固めた。
この世界は、狂っている。
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