第30話 もやもや苦悶

 すっかり潰れたナッソーを抱えて教えられている集合宿舎に向かっている。

 夜風が酔って熱くなっている肌を優しく冷ましてくれる。

 万吉は、途中からは全く酔わなかった。

 この世界の狂気に触れ、その狂気を当たり前のことと受け入れている周囲の人間に対する恐怖が勝ってしまった。

 久しぶりの酒に当たったということでごまかしたが、この先そういったことを行っている人間を目の前にした時に、どういう行動をすることが正しいのか、万吉の頭は答えのない迷宮に迷い込んでいた。


「あれ? ナッソーさん?? うわー、また潰れたんですか、すみません……」


 宿舎を守る若い夜警の男が万吉からナッソーを受け取る。


「酒臭っ!! どんだけ飲んだんですか……すみません、えっと、もしかしてマンキチさんですか?」


「あ、はい。そうです」


「おおっ! 確かにその体躯なら強そうっすね!

 ナッソーさんが自分の活躍みたいに自慢して大変なんスよ……」


「ははは、それじゃあナッソーを頼みます」


「わかりました。ほらっナッソーさん、自分で歩いてください!」


 男と一緒にナッソーが建物に引きずり込まれて行くのを見届けて、街へと戻っていく。


「はぁ……」


 酔はすでに消えていたが、気持ちの悪い感情と疑問が渦巻いて、よほど悪酔いさせられていた。


「これがこの世界の姿なのか……」


「根本から、獣人たちが同じ一つの命である感情さえないニャ」


「蟻の生き様に興味を持たずに踏み潰しているような……そんな感じなんだろう」


「悪意がないのが、辛いニャ……」


「当たり前のこととして、社会に受け入れられてしまっている……」


 学生の頃、畜産を学んで悩んだときと同じようなぐるぐるとした思考の迷いに苦しみながら街の暗闇へと吸い込まれていく……


「……ところで、宿を取るのを忘れてたな」


「……万吉」


「いや、わかってる。出よう」


 万吉達は人混みをさけて道を走った。

 一刻も早く、この場から逃げ出したかった。

 自分が、この空間の異物のような感覚が、この上なく気持ちが悪かった。

 先程まで気持ちが良いと感じていた風さえも、街へと誘うようにへばりついてくるように感じてしまう。


「くっ……」


 それでも、あの酒場に入った時に感じたワクワクした気持ちを、万吉は否定したくなかった。あの雰囲気は、嘘じゃない。暖かく、幸せで、ナッソーとの語らいも、交わした酒も料理も、間違いない現実だ。

 それでも、この現状を変える明確な答えは、思考から産み出すことは出来ずに居た。


 人通りのすっかりなくなった道を進んで、ようやく外門に到達する。

 夜間であっても少し門が開かれており、封鎖はされていなかった。

 いざとなったら外壁を飛び越えようと思っていたので万吉は胸をなでおろした。

 衛兵は万吉の姿に気が付き誰何する。

 万吉は冒険性を見せ、外に出る必要があることを告げた。


「こんな時間に大丈夫か?」


「ああ、ちょっと朝までに移動したくてな」


「そうか、冒険者は大変だな、気をつけろよ、水路には近づくな」


「ありがとう」


 こうして万吉のことを心配してくれる兵たちも、その気持の一欠片もと呼ばれる存在には与えない……


「うっ……」


 こみ上げるものを我慢しながら、万吉は道を駆けた。


「うおー、はえええ」


 背後の感嘆の声も届かなかった。


 一通りの吐瀉物を道脇にぶちまけ、少しすっきりした。

 せっかく食べて飲んだものを申し訳ないと思ってしまったが、身体が思考の混乱に耐えることが出来なかった。


「マンキチ、大丈夫かニャ」


「ああ、もう大丈夫だ。それと、急いで離れよう、近づいてくる奴らがいる」


「ああわかってるニャ」


 万吉は道を急いで進む。


「早いな……微妙についてくる……もっと、急ぐぞ飛ばされるなよ」


 万吉はそれなりに抑えていた速度を更に早める。

 そうすることで、ようやく万吉を追っていた気配は諦めたようだ。

 普通の人間なら、追いつかれて、数の暴力でどうなっていたか……


「身体能力で上回るのに、この扱い……なんともちぐはぐだな……」


「ふつう弱者が強者にここまでの扱いなんて考えられないニャ」


「なにか、あるんだろうな……」


「万吉、このあたりで良いんじゃないかニャ?」


「そうだね。たのむよもふもふ」


 ある程度進んで道から外れて良さそうな場所に病院を開く。


「ふーーーー……」


 万吉は風呂をためながらソファーに深く身を委ねる。

 今日あった色々なことで頭がおかしくなっている。

 こういう時は、風呂に限る。

 随分と夜も更けていたが、きっちりと風呂に湯を張って、お気に入りの入浴剤を入れてゆっくりと湯船に浸かることにした。


「明日、もう少し詳しく調べないとな……」


「下水の掃除の依頼があったニャ、あれからなにか知れるかもしれないニャ」


「そうだな……」


 下水に入る。明日の予定が、2つの意味で万吉は気が重くさせたが、今日の衝撃によってオーバーフローしていた頭脳は疲労の極みにあったようで、布団に入るとすぐにスイッチが切れるのでありました……。

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