第27話 しっかり手術

 しっかりと麻酔導入し安定したことを確認して手術を開始する。

 正中、お腹の中心部臍の直下から骨盤、恥骨の上部まで一気に皮膚を切開する。

 皮下脂肪を剥離し腹膜の白線をあらわにする。

 腹腔内の臓器に注意しながら開腹する。

 特に子宮がパンパンになっているので慎重に、それでいて素早く進めていく。

 大きく広げた傷から赤黒く腫大した子宮が確認できる。

 そっと用手で外に出せないかを慎重に判断する。

 過剰なテンションをかけてしまえばお腹の中で子宮破裂、大量の感染性の膿がお腹の中に流れ出すことになる。


「危険だなもう少し開く」


 臍部分より上に切開線を広げることでぬるりと子宮が外に出せるようになる。

 二角の子宮の頭側側に卵巣があり、その上部の血管と靭帯を慎重に探り出す。


「シーリング」


 もふもふがシーリングの機械を手渡す。

 電気の力で血管をシールすることで結紮をしなくとも血流を遮断できる手術器具だ。

 結紮よりも素早い処置が可能になり、器具で挟み込みスイッチを入れるとじゅうじゅうと音を出し組織がエネルギーによって凝固する。数カ所シールして切断する。

 血管もきちんと止められ出血もない。

 子宮間膜も同様に処置して片方の子宮が完全にお腹の外に出される。


「引き続き対側に移る」


 同様の処置を反対側にも行っていく。

 シーリングという機械は非常に便利だが、一定以上に太い血管や狭い術野では使用しにくいために、きちんとした結紮技術を習得していることは手術を行う上で絶対に欠かすことのできない技術だ。

 破裂寸前の脆くなった水風船を扱うように丁寧に体の外に出していく。

 最後に子宮が一つになって膣へと繋がる場所の処置を行う。

 両側の血管はシーリングで処置しておいて、全体は縫合糸で結紮を行う。

 鉗子で慎重に組織を破らないように挟んで、結紮、締め上げていく。

 脆い子宮が糸によって切れてしまうことも稀にあるためにきちんと縛り上げつつも組織を切らない状態で結紮を行っていく。

 こうして鉗子の間を電気メスで離断していけば、子宮全摘出が終了する。

 巨大な盆の上に赤黒く腫れた子宮を置く。


「ふぅ……」


 大きな山場を一つ超えた。

 もふもふの調整で麻酔状態も安定している。

 万吉は手を緩めることなく腹腔内を丁寧に洗浄しながら確認していく。


「出血なし、肝臓、腎臓、脾臓、腸管等に異常なし、出血もなし、少量の腹水を認めたが、洗浄で透明化、サクション(吸引)に異常所見もなし、閉腹に移る」


「ニャ」


 腹膜を合成吸収糸で連続縫合を行う。


「抜気する、3,2,1お願いします」


 挿管した部位から陽圧、酸素を送り込んで肺を拡張させ、同時に腹部に圧をかける。

 内部に入り込んだ空気を少し開けた隙間から出してから最後に縫合をかける。

 大きな組織を取り出したために空気が大量に腹腔内に残ることを避ける処置だ。

 腹壁が縫合されたら、表皮の下の皮下組織を同じく吸収糸で寄せていく。

 ここを丁寧に行うことで傷口に空洞、死腔を作らないようにして傷の良好な治癒につながる。そのまま皮膚の縫合に移るが、万吉は埋没縫合で縫うことに決めていた。

 皮膚の外に糸が出ないことで傷口が綺麗に仕上げることが出来る。皮膚縫合に比べると強度の面で劣ることもあるが、皮下組織を丁寧に寄せいているために十分な強度を得られているという判断と、ソフィアが心配しないように配慮しての選択だ。

 万吉が皮膚に針を走らせると傷口はピタリと合わさり、驚くほど綺麗に傷口が合っていく。針を通す組織の量、針の入れる位置、出す位置、それらが全て合わさっての縫合技術だ。師匠から何度も指導され、研鑽を怠らなかった万吉の確かな技術が美しい傷を産み出す。組織の保持の仕方、運針、そもそも切除の形など全てが傷の出来上がりに影響を与える。細かなことの積み重ねだ。


「覚醒に移ろう」


 縫合の終了から間もなく、ルークが覚醒を開始する。

 適切な麻酔の管理によって必要なときだけきっちりと麻酔をかける。これはもふもふと万吉のコンビネーションの現れになる。

 眼瞼の反射や嚥下反射を見ながら、気管に入れた管を抜管していく。


 くーんくーん


 せつなそうなルークの声が手術室に響く。

 適切な鎮痛処置によってルークは穏やかに覚醒を迎える。

 しばらくすると身体を起こしてくーんくーんと不安そうにしている。

 しかし、その表情から手術前の苦痛は随分と和らいだように見える。


「大丈夫だ。ソフィアが待ってるぞ、元気になれ」


 ソフィア、という言葉を聞くとしっぽがパタパタと動く。

 そんなルークを万吉は優しくなでてあげる。


「もふもふ、術後は抗生物質と消炎鎮痛剤、それと胃粘膜保護薬を一週間用意しておいて」


「わかったニャ」


 以前ならこのまま状態の回復を入院して管理したが、いつまでも病院を出しておく訳にはいかない。覚醒を確認して一度点滴などを整理したらルークを抱っこして病院から出る。周囲に人影がないことを確認し、道へと出て病院を収納する。

 そして、ソフィアの待つ家にゆっくりと歩いていくのでありました。


 この間、1刻(2時間)も経っていなかった。

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