第25話 きっちり約束

 ギルドの扉を開けると中の人達の視線が入り口に集中する。

 真新しい服に身を包んだ、かなり鍛え上げられた恵体の男が、肩に猫を乗せて見たこともないシャベルを背中に刺している姿は、異様に映ったのか、皆が視線をそらした。


『……歓迎されてないかな?』


『珍獣扱いみたいなもんニャ、気にするニャ』


 そのまま受付に進む。受付には可愛らしい女性が座っている。髪色こそ明るめな栗色だが、その瞳は緑色、万吉の見たことのない神秘的な美しさに少しドギマギしてしまった。


「しゅ、すみません、冒険者登録をお願いしたいです」


「あ、はい。それではこちらに記入をお願いします手数料がプレート発行料を含めて12000アニマになります」


 万吉は懐から小袋を取り出し12000アニマ分の硬貨を支払う。

 ちらちらともふもふのことを見ながら受付嬢は書面を渡してくる。

 万吉にとってはどこか懐かしさのあるガサガサの紙に粗い印刷で個人情報を書くように出来ていた。文字の自動翻訳も神様からの贈り物だ。

 名前と年齢、力仕事は出来るか、冒険者ギルドに迷惑をかけるな。その程度のことに同意するだけだった。


「はいお預かりします。少々おかけになってお待ち下さい」


「ありがとうございます」


 万吉が礼を言って頭を下げると、受付嬢は少し驚き、にこやかに空いている椅子を示してくれた。

 万吉は少し頼りなく見える椅子にゆっくり慎重に腰をおろし作業を待つことにした。

 よく周囲を観察してみると、建物が大きくしっかりとしており、全て板張りだが、なんというか無骨で頑丈なのが見て取れる。味がある雰囲気が万吉には山小屋のような印象を受け、懐かしい気持ちにさせる。

 室内にいる人間も、荒事に慣れていそうな、少し、お上品ではないような人が多く、大声で仲間と話しているグループ、真面目になにかの計画を練っている者たちなど室内に用意されたテーブルを利用したミーティングルームのような場所になっているようだ。


『やっぱりダンジョンとか潜ったりモンスター倒したりするのかな?』


『あっちに依頼書が貼ってあるニャ、見てみればいいニャ』


 もふもふの言う通り、依頼掲示板と書かれた場所にいくつもの模造紙が張られている。立ち上がり近づいていく途中にグループのテーブルを横目に見ると、その模造紙を見ながら議論している。どうやら受ける依頼の紙を剥がして依頼受付に持っていくシステムのようだ。


【求む部屋掃除 ガラクタだらけの倉庫を整理したい。力仕事。5000アニマ】


【下水掃除 地下下水通路と水路の掃除をお願いします。5000アニマ】


【商人護衛 ヌケラの街まで護衛をお願いします。5人以上の5ランク以上のパーティ。100000アニマ+必要経費】


 様々な依頼が存在している。

 どうやら魔物討伐などは人気らしく見当たらない。

 家事手伝いみたいなものも想像よりも多い。


『万吉、右下の依頼を見るニャ』


【飼っている犬の様子がおかしいので診て欲しい。元気になったら3000アニマ】


『……値段が先に決まってるのか……ま、これは俺の仕事だな』


 万吉はその紙を掲示板から剥がし取る。


「マンキチさん、おまたせしましたー!」


 マンキチという名前が呼ばれると、数名からクスクスと小さな笑い声が起きた。

 この世界では少し珍しい名前みたいだ。


「おまたせしました。こちらが冒険者の証である票になります。身分証明証にもなるので無くさないようにしてください。クラスは1からになります。一年を過ぎたらギルドで更新を忘れないようにしてください。冒険者ギルドとしてギルドの名を貶めるような行動だけは謹んでくださいね」


「わかりました。ギルドの名を汚さぬように気をつけます。ついでにこれを受けていいですか?」


「あ、はい。早速ありがとうございます。それでは受諾しますね。こちらが詳しい依頼書になります。がんばってください」


「ありがとうございます。がんばります」


 受付嬢は満面の笑みで万吉を送ってくれた。

 その様子を何名かの冒険者が舌打ちを打っていたことに万吉達は気がついていた。

 目立ちたくないんだけどなぁ……と万吉は思ったが、残念ながら万吉たちが出ていこうとするとその数名が示し合わせて立ち上がる気配がした。

 ふぅっと小さくため息をついて万吉は扉から出る。


「あの野郎どこ行きやがった!!」


「くそっ!! どこだ!! 逃げ足の早いやつだ!!」


 ギルドから飛び出した数名の冒険者は周囲を見渡し目立つ万吉の姿が見えないことに苛立ちを隠さずに叫んでいる。


 その背後に万吉は静かに着地し、3人の首に手を回して引き寄せる。


「私に何か用ですか?」


「かっ、てめ、が……」


 バタバタと男三人が暴れても、万吉はびくともしない、首に回された腕は丸太のように太く、段々と力が増していく。


「できれば静かに過ごしたいので、何もしないなら離すのでわかってくれたら手を合わせてください」


 3人はすぐさま手を合わす。

 万吉は力を抜いて3人を地面に離した。


「がはっ……」


「な、何が起きた……」


 万吉はギルドを出てすぐにギルドの建物の上に飛んだ。そして上から彼らの背後に降り立ったのだ。


「やるなら止めませんけど……」


 万吉は近くに落ちていた拳大の石を持ち上げ、正拳で砕け散らす。


「こうなりますよ?」


「ひ、ひぃ……」


「か、勘弁してくれ……」


 バタバタと冒険者たちは逃げ出していった。


「異世界テンプレのお約束だな」


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