第22話 ぴったり並走
朝日が万吉を照らしだす。
目覚まし時計などがなくとも万吉は早起きだ。
体をほぐす準備運動をすると節々がビキビキと伸ばされて音を上げる。
硬い地面で雑魚寝をしたので、多少不満を言いたいみたいだ。
もふもふはスルリと万吉の身体から降りると火の側で丸くなり睡眠の続きを楽しんでいる様子だ。
万吉は日課のトレーニングを行っていく。
ちょっと風呂に入りたくもあったが、固く絞ったタオルで身体を拭いて我慢をする。
監視されている間は、我慢するしかなさそうだった。
馬車の方は篝火をかたして移動をし始める気配がある。
万吉が朝食の簡単なスープを啜っているとナッソーが大きく手を振って出発を知らせてくれた。
「ありがとー」
万吉も手を振って答え、急いで出立の準備をする。
スコップで火に土をかぶせてできる限り綺麗にしておく。
馬車は改めて見るとなかなか立派な作りになっていた。
衛兵が周囲を警戒しながら捕まって移動をする仕組みになっており、よく考えれば馬による3頭引きということはそれだけでもその馬を維持できるだけの力を持っていることを表している。万吉は馬車の持ち主への印象を随分と引き上げた。有権者的な立場の人間である可能性が高い。
「もし、接触するとなると、気をつけないとな」
「この世界構造的に、それにあのナッソーとかの話の印象的に、ろくな力の使い方をしているとは思えないのニャ」
「そういう常識、無いんだよなぁ俺……」
獣医師というものは、一般的な社会常識が疎いものが多い。
基本的に狭い村社会で生きており、とりあえず先輩に体育会系なのりで行っておけば可愛がられる。
本当に権力がある人にもある程度は有効なのが、体育会系のノリだ。
万吉は、見た目通り身体はとにかく頑丈。酒も飲める。
これだけでも、非常に得をした場面は多い。
反面、細かな機微に疎くなっていることを心配していた。
実際には、そういう事に気を使えない人間は、そういう事ができるだろうか? と不安になったりもしない。基本的に気が小さく優しい万吉は、そういった配慮をきちんと出来る男であった。
暫く進むと、馬車が止まる。
道に散乱する死体への処理をするようだ。
そして、それから暫くは酷い光景を見ることになる。
理由は犠牲者が山賊と獣人だからだった。
処置の仕方は木材をかぶせ、油をかけて火を放つ。ただそれだけだ。
万吉たちが死者を送ったような敬意は微塵もない。
まさに、処理しているだけだった。
今の万吉に、それをどうこう言える状態ではない。
帰りに弔うことを心のなかで約束することで万吉は耐えていた。
戦いのあった場所を離れると馬車は速度をあげた。
万吉は常識的な速度に抑えながら一定の距離をぴったりと着いていく。
すでに肉体的な強さは見せているので、これくらいならやるだろうなという予想はしていたが、昼の休憩まで一切距離を開けずに着いてきた万吉を遠目に見ていた剣士たちは、なにやら金の受け渡しをしていた。
どうやら万吉を使って賭けをしていたようだ。
ナッソーが満面の笑みで万吉に小袋を見せて喜んでいた。
どうやらナッソーは万吉にかけていたようだ。
「まったく……」
万吉は、そんなナッソーの姿に、悪くない感情を抱いている。
憎めないダメなやつ。そんな感情だ。
「万吉、川があるぞ」
「おお、助かる」
剣士たちが道を外れていくのでそちらを探ってみると小川が流れていた。
万吉も小川に向かいしっかりと水浴びをしておく。
さっぱりとして服を着て道に戻り用意していた黄色い携行食を口にする。
「万吉! あれ!」
剣士たちが慌ただしく騒ぎ始め、もふもふが指す方向に魔物が確認できた。
「デカい蛇だな……すでに見つかってるな! 行こう!」
もふもふはぴょんと万吉の肩に乗り首にしゅるりとしっぽを絡めて身を安定させる。
万吉は剣士たちに襲いかかろうと突進する蛇の側面を突く動きをする。
ナッソーは万吉の動きを理解したのか、魔物の注意を引き付けるようにガンガンと剣と盾で音を立てて馬車を突進の軸からずらす意図を持って集団に指示を出す。
蛇が波を打って素早く地面を滑るように、そして凄まじい速さで動くために、万吉は本気で大地を蹴り横腹を蹴りつける。
硬さの向こうにゴムの塊のような弾力を感じる。
「重い!」
正直万吉は、蛇の腹を蹴破るつもりで蹴りを入れたが、弾かれてしまった。
今までに出会った魔物より、数段上の存在に感じる。
「マンキチ!! 悪いが逃げるぞ、そいつは死神の鎌!
勝てる相手じゃねぇ!! なんとか上手く逃げろ!!」
次の瞬間馬車が全力で走り始め、剣士たちがバッと飛び乗りそのまま走り出した。
「まぁ、そうだよな」
恨む気持ちはない。雇い主を救うための最適な方法だ。
横槍を挟む存在に敵意を向けさせて逃げる。
現状でナッソーたちが取れる最適解だと思う。
むしろ声をかけてくれたことが最低限の謝罪なんだろう。
万吉は、そう考え、全ての意識を目の前の蛇へと写した。
「俺も簡単には倒されない」
鎌首をもたげ、キリキリキリと警戒音をあげながら左右に身体を揺らしている。
蛇の運動は驚くほど機敏で、その動きの始まりをつかむことが難しい。
牽制するように波打っている状態で急に巨体が猛スピードで移動してくる。
さらに、身体、頭、しっぽ、全ての部分が武器になる。
「くっ!! 強い!!」
素早い動き、体全体を使って四方八方から攻撃が降り注いでくる。
万吉は攻める穴を探せずにいた。
頼みのスコップの刃も鱗という構造にうまいこと弾かれてしまい有効打にならない……
「シャーーーー!!」
「不味いっ!!」
大きな口を開けた瞬間、万吉は本能的に飛び退いた。万吉の居た場所にじゅうじゅうと音を立てる液体が打ち出された。
「毒を噴出するタイプか……警戒していてよかった」
可能性を考えていたから反応できた。
「そして、連発出来ないことも知ってるからな!」
万吉は、相手の必殺の一撃をかわし、ここを反撃の足がかりとする。
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