第21話 じっくり観察
万吉はその場に立ち込めるむせ返るような血の匂いに気分を悪くしていた。
「すみません、辺境から旅をしてきて、
「それは随分と平和な場所だったんだな……それに、動物を使役しているのか?」
万吉の言葉は、失敗だった。剣士たちは万吉への警戒心を高めてしまった。
「ああ、こいつはもふもふと言って相棒みたいなもんです」
「な~~お」
事前の取り決め通り、もふもふが人語を話し理解することは伏せている。
気の抜けたもふもふの鳴き声に一度高まった緊張がほぐれた気がする。
剣士の男は身長175ほど、煤けた金髪で瞳は深く暗い青色をしている。万吉をまじまじと見回し、口を開く。
「ほう、ではお主は調教師なのか?」
「いえ、獣医師だそうです」
「獣医師……? 聞いたことがないな」
「動物や獣人を治療する知識を有しています。田舎じゃそんな職業を持っていても意味がないからと大きな街に向かって旅をしていました」
「ふむ、珍しい【職業】なのだな、しかし、それにしては見事な体術、それにかなり鍛えているようにみえる冒険者の仕事をした方が良いんじゃないか?」
この世界の人間は【職業】というものを与えられる事があり、それは単純にプラスの要素になる。【職業】を持たない人間も多い。【職業】があれば対応する仕事をすればまず間違いなく成功する。ただ、なくても仕事をすることは可能だ。
「そっちは、生きるために鍛えたというか……」
「いや、素晴らしいことだ!
しかし、賊が増えてきたな……全く獣人共はおとりにもならんし、全て失うし、散々だよ」
剣士が指さした方向にも遺体が転がっている。たぶんしばらくは迎撃しながらここまで進んできたのだろう。つまり、ここから先には死体がゴロゴロと転がっていることになると予想される。
「死体は、放っておくんですか?」
「墓でも作るか? いや、悪い。冗談だ。
街道に放置すると魔物や危険な動物を呼ぶ、面倒だがどこかに集めて燃やすべきだな。こちらも負傷者が出たし、休まなければいかんしな。
そういえば名を聞いていなかったな。俺はナッソー。一応この護衛隊の隊長をしている」
「マンキチです」
「変わった名前だな。辺境では多いのか?」
「自分は両親がちょっと遠い国の生まれだったそうで」
「確かに、その黒髪、黒い瞳。あまり見る姿ではないな。
しかし、辺境はそんなにいい暮らしをしてるのか? その体躯と服装……それは靴なんだよな?」
「魔物も多く、必死に倒していると素材も集まるので」
「なるほど、危険な代わりに得るものも多いのか……いや、なんかすまんな。
そろそろ片付けも済んだ。ああ、そうだ。たぶん顔だしてこないと思うが、雇い主は貴族だから気をつけろよ、辺境育ちだと知らないだろうが、アイツら糞だから。
ムカついても頭下げておいたほうが良いぞ。ムカつくだろうけど」
「わかった。常識知らずだから助かる」
「どーせその糞も怖気づいて帰るって言い出すと思う。後を着いてくれば街まで行けるぜ。ほんと、皆を助けてくれて、俺の命を救ってくれて感謝してる。
マンキチ、いい旅になることを祈ってるぜ」
「ありがとう。俺も近くで様子を見て少し離れてついていくよ」
「それがいい、帰り道も安泰だな!」
「襲われないことが一番なんだが……」
「奴隷崩れは多いから、どんどん治安は悪くなる……本当は冒険者にでもなってこんな国からはおさらばしたいんだがなぁ。俺にはマンキチのような力はないから、冒険者になっても野垂れ死ぬだけだ。ありつけたこの仕事だったが……今回の件でどっちに転ぶか……」
「大変だな」
「まぁ、生き残れたからそこまで酷いことにはならんさ」
「そう祈ってるよ」
「隊長ー」
「おお! 今行く! じゃ、よい旅を!」
「お互いに!」
拳を突き出されたのでコツンと拳を合わせた。
「……いい人そうには思えたけど」
「この世界で盗賊にはああいう行為になることは仕方ないんニャね。
殺すか殺されるかニャ」
「ああ、しかし、思ったよりも……冷静なものだな。そこに驚いている」
「獣神様の加護のおかげかもしれないニャ」
万吉はもふもふが気休めを言ってくれていることに気がついていたが、今はそうだと思うことにした。はじめこそ動揺したが、自分が考えている以上に、こういうものなんだと理解し、受け入れることが出来てしまったことに、驚いたし、自分はそんなにも冷徹な人間だったのかとも落ち込んでいた。
「ふむ、こんな世界だからこそ、ただのいい人ってわけじゃなさそうニャ」
万吉達の様子をさりげなく交替で監視していることは隠そうとはしていないようだった。
「そりゃそうだろうな、いくら野盗と共闘したからと諸手を挙げて信用はできないだろう、服装とかまで気が回らなかった俺も悪い」
剣士たちはしっかりとした金属製の鎖帷子のような鎧を身に着け、ロングソードに円盾、万吉が想像するRPGの中の戦士が身につけているような装備をしていた。
一方で万吉はジーンズにTシャツ、パーカー、色も白と黒いたって地味な格好だが、この世界の服装からはかけ離れていた。
獣人達は素っ裸なので、その点を失念していた。
野盗達の服装はズタ袋のような粗末なものを紐で縫い合わせたようなもので、その上に厚皮の鎧を着たり、金属製の鎧を着ているものもいた。
全体的に中世かそれ以前のスタイルなのかなと万吉は考えていた。
動物病院の中には万吉の着替えもある。
組み合わせによっては近い格好に出来るかもしれない。
「靴はどうしようもないな、ブーツが無難かな……」
合皮のブーツなら一見ではそこまで違いがわからない。
「今病院は出せないし、また今度考えるか……さて、野営しますか」
カモフラージュとして持っていたカバンにはそれなりの道具を入れてある。
周りから木々を集めて街道沿いの良さそうな場所に少し穴をほって、木々を組んでいく。周囲には手頃な石を配置して風よけにする。
ナッソーたちに気を配りながらこっそりライターを使って火をつける。
パチパチと音を立てながら燃える火を見ていると、粟立っていた万吉の心は落ち着いていく。
「やっぱり火は良いなぁ」
「気持ちはわかるけど言ってる言葉は放火魔みたいニャ」
「ぷははっ!」
もふもふと軽口を叩いているうちに、万吉は心の平穏を取り戻していた。
監視されながらも、それなりに休めたことに万吉はもふもふに感謝した。
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