第18話 がっつり廃棄

 万吉は道なき道を進んでいた。

 ゴルレ村に現れる魔物はいつも同じ方向から現れてきた。

 とにかくその方向に真っ直ぐと進む、山の斜面を突き進んでいる。

 とても人が進めるような場所ではないが、今の人外の力を持つ万吉にとっては造作もない事だ。


「木々が折れている、魔物はここを駆け上がっているんだな……」


 つい最近襲撃があったために、魔物の痕跡を追うことは難しくない。

 もふもふも魔物が通ったであろう、なんとなく嫌な気配、を感じることで万吉をナビゲートしている。


「いた!」


 かなり山を降りてきて、とうとう眼下に魔物を発見する。

 捕まっていた岩壁に両手で捕まり、かがみ込むように崖下に飛び出した。


「しっ!!」


 そのまま一頭の魔物の頭部を蹴り潰す。

 大型の狼のような魔物は無惨にも頭を潰される。

 魔物は3体、狼型魔物と巨大な熊のような魔物が驚いて振り返る。


「あれ、初めて見るな!」


「デカいニャ、気をつけるニャ!」


 熊の魔物は狼の魔物と同様に真っ赤に光る瞳、胸元で鈍く光る魔石を持っていた。


「……こええ……」


 万吉は熊と対峙したことはない。

 当たり前だ。

 そして、その巨体は、想像以上だった。

 狼は、まぁ大型犬で似た大きさ、常識的に想像できる範囲の魔物だが、熊は違う。

 自らの人生でこんなにも巨大な生物と対峙したことがない未知の恐怖。

 巨大な生物に対する本能的な恐怖が生じる。

 両手をあげて立ち上がれば、巨大なトラックが襲いかかってくるかのようだ。


「南無三っ!!」


 迫る丸太のような腕の一撃をスコップではなく外回し受けで受け止める。

 どんっという重い一撃が万吉の身体に響く。

 しかし、万吉の鍛え上げられた肉体に加護を得ている今、その一撃をしっかりと受け止めることが出来た。


「はぁはぁ、押忍っ!! 覚悟が出来たぞ!!」


 二体の魔物にスコップを上段に構えて向き合う。

 熊の魔物にとっては自分よりも小型で矮小だと思っていた存在が、自分の一撃を難なく受け止めたことはプライドに触れたようだった。

 真っ赤な目をぎょろりと見開き、暴走したトラックのように突っ込んでくる。

 狼はその動きに呼応するかのように回り込んで死角より襲いかかる準備をしている。

 地響きを起こしながら迫る巨体、しかしすでに万吉は覚悟を固めている。


「こおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ」


 息を吸い込み、スコップを持つ手に力がこもっていく。

 眼前に迫る巨体!


「セアアッ!!」


 振り下ろし一閃。


 ザバァ!!


 空を切り、地面にその斬撃を残し、熊の魔物は左右に分かれていた。

 わけがわからないのはすでに襲いかかるために飛びかかった狼の方。

 眼の前で起きた光景が、未来の自分を表すことを理解したときには、同じように真っ二つにされていた。

 万吉は振り上げるスコップで狼を切り捨てた。


「……ぷはぁっ!」


「恐ろしい切れ味ニャ」


「自分でも驚いているよ……凄いなスコップ」


「いや、万吉が凄いんだと思うが、地面までパックリ切れているニャ」


「でも、こっちの方で間違いなさそうだな」


「もっと下の方がなんかムカムカするニャ」


「気をつけて進もう」


 それから二人は山を下っていく。


「なんか、変な匂いがするな……」


「気持ち悪いニャ……気配がどんどん強くなっていくニャ」


 万吉も異変に気がついてきた。山からは降りて周囲を囲む森を走っていたが、段々と嫌なニオイや気配が強くなっていく。

 そして、森を抜けるとその正体がはっきりとした。

 森を抜けると目の前には崖になっており岩壁が行く手を阻んでいた。

 上から見ればこちらは崖の底になるのだろう、そして、周囲一体に、様々な物が散乱している。


「こ、これは……」


「信じられないニャ……」


 悪臭の理由は、底に打ち捨てられた物が腐敗した性だった。

 そこには、腐乱した死体の山が積み上げられていた……

 比較的新しく見える死体は野生の動物によって損壊されていたり、とにかく、酷い状況だ……


「う……ぷ……」


 さすがの万吉も森へと戻りこみ上げたものを吐き出した。


「穢れているニャ」


「確かに……匂いだけじゃないな、空気が淀んでいる」


「魔物は死体から生まれるのか?」


「違うニャ、魔物は穢れから生まれるニャ。普通の死体はこんな穢を生むことは無いニャ。この死体達は、何かおかしいニャ」


「見た感じ、所謂ハーフっぽいな、人に近いし……

 ん? なんで魔石が埋め込まれてるんだ?」


 マスクをしてもひどい匂いだが、いくつかの死体を観察すると明らかにおかしな点が見受けられる。奇妙な紋様が入れ墨されていたり、魔石が身体に埋め込まれていたりした。


「奴隷の紋とかいうやつか……?」


「なんか、もっと気持ちが悪い……ニャ」


 ボコリ


 小さな音だったが、その音を聞いた万吉ともふもふの全身は泡立った。

 そして、気がつけば森の側まで飛び退いていた。


 ごぶり……じゅくり……じゅぶり……


 音を聞くだけで身の毛がよだつ。

 生命あるものに危機感を呼びよこす、今まで聞いたこともないような音。


 そぶり……ぼこっ……どぷり……


 泡立つような、粘性の酷く強い液体が混ざり合うような、まるで怨嗟の声のような……気持ちが悪い音だった。


 ごぼり、ずるっ、どぷっ……


 その音は、うず高く積み上げられた死体の下から聞こえる……


「……来るニャ」


「ああ、俺でもわかる」


 死体の山が鳴動している……動くはずのない山が……


 そして……


 ずるり……


 死体の山から、魔物が現れた。






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