第15話 すっきり快眠

 ベッドに横たわった巨体がムクリと起き上がる。


「……うっわ、すっげースッキリした」


 実際には2時間ちょっと気絶するように眠っていた万吉は、今までに感じたことがないほどに爽快な目覚めと、身体の回復を感じていた。

 極限状態の肉体が、回復のために最大限の睡眠を実行した。

 それは現実世界の睡眠とは異なる神属による魂の充足儀式に近いものだったことを万吉は気がついていなかった。

 さすが神域、さす神。くらいにしか考えていなかった。


「もふもふ、ごめん。寝ちゃってた」


「おはよう万吉、もう良いのかニャ?」


「ああ、すごくスッキリしたよ。こんなに爽快な目覚めは初めてってくらいに」


「そうか、なら良かったニャ。入院患者は皆落ち着いているニャ。

 食事を欲しがる患者も増えたニャ、乗り越えたニャ」


「良かった、本当によかった……あとは、原因だな……ここの人たちとゴルレ族のみんなに話を聞いていくか」


「とりあえず何か腹に入れるニャ、回復したとはいえぶっ倒れたのも事実ニャ」


「返す言葉もございません」


「本当に万吉もあやつも働きすぎなのニャ、こうやって倒れて本当に身体を壊したらより多くの人が困るというのに……仕方がない奴らニャ」


「うう、辛いところを的確についてくるなぁもふもふは……」


「とりあえず食事をしっかりとって、それからきっちり働くニャ!」


「ああ、ありがとうもふもふ」


 もふもふは厳しくも優しく万吉のことを心配しているのであった。


「手早く作るならやっぱりこれだよな」


 万吉は袋麺を取り出す。今日は味噌味だ。

 万吉のこだわりは、麺をスープ用のお湯と別に茹でる。

 肉野菜炒めを作り、最後にスープ用のお湯を注いで肉野菜炒めの旨味をお湯に移す。

 たったそれだけのこだわりだが、万吉はそれが重要だと考えている。

 肉野菜炒めを袋ラーメンに適当にのっけてすする。

 なんだかんだいって、コレは抜群にうまかった。

 もふもふは食べにくいと文句を言っていたが、味に文句はなかった。


 食事を終え一通り入院患者の診察と処置を行う。

 すでに治療ともふもふからの説明で万吉は人間であることで忌避する者はいなくなっていた。

 そして万吉は村人から情報を集めることにした。


「なるほど、数年前にも同じことが起きていくつかの村が全滅するほどだったと……」


「普段はその、症状がでたら村から出したりして対応していたのですが……

 皆が集まっている場所で最初の症状が出てしまって、本当にあっという間に」


 適切な医療知識がなければ、患者を遠ざけるしか無いというこの世界の常識は、万吉にとって理解はできるが受け入れるのには少し覚悟がいる。しかし、畜産などの世界では採算が取れない時点での廃材など、シビアな選択もすることを実習や勉強で理解しており、過去に人類が通ってきた医学の道でも似たようなことが行われてきたことを万吉は知っている。


「こんなに犠牲が少なく、いや、そもそも、治るとは思っていなかった……」


 獣人の目には涙が溢れていた。

 諦めかけていた命を取り戻した喜びが湧き上がって溢れた涙だった。


「本当に、本当にありがとう……」


 がっしりと万吉の手を握る。

 万吉もその手のぬくもりを忘れないようにする。


「やっぱり吐いたものや下痢で感染するみたいだね、しかもかなり感染力が高い。

 土壌汚染も考えないといけないな。

 軽症から重症まで幅はあるけど、かなり重症化しやすく、激しい下痢と嘔吐で急速に脱水などを引き起こして死亡する。吐いてしまうから食事も水も取れない。

 たしかに致命的な病気だな。徹底した消毒とマスクと手洗いぐらいしかここだと対応できない、消毒も熱湯くらいしか……」


 もちろん動物病院には消毒薬がある。しかし、今回の件で動物病院で作られた物は病院から離れると消えてしまうことがわかった。正確には動物病院、もふもふ、万吉、このいずれかから離れると消えてしまう。

 ゴルレ村へ薬を届けてもらったところ、途中で消えてしまったことで気がつくことが出来た。結果、薬を始め道具なども消えることがわかった。

 食事も調べてみたが消えた。しかし、食べた後なら消えないという不思議な結果になった。

 病院で食事してゴルレ村へ移動した獣人は特に空腹に襲われることもなかった。

 多分治療した後の物も消えないのではないかと予想している。

 しかし、包帯などは消えてしまった。

 ここらへんもどうにかしないといけないと万吉は考えていた。

 病院の備品に頼り切った治療は、いずれ限界が来る。

 この世界のものを利用した治療を探していかないといけない。

 改めてその問題と万吉は向き合うことになる。


「ま、むらづくりと同じ、やればなんとかなるさ!」


 家造りなど偶然にも病院の釘などの道具を使わなかったことはもしかしたらなにかの導きだったのかもしれない。


「ここは仕方がないからお力をお借りします獣神様」


 動物病院から持ってきた消毒薬を村中に噴霧する。

 生活に用いる道具なども全て、消毒液につけてから使用すること。

 飲水に関しても煮沸を徹底、布を口に当てて手洗いをとにかく行うことを指示していく。

 新規の病人の発生は、幸運なことに起こることなく、村の浄化は完了し、村人たちにようやく日常が取り戻すことが出来た。

 こうしてようやくゴルレ村との通行禁止を解除することができるのであった。





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