第14話 すっかり蔓延

「これは……」


 ようやくたどり着いた隣村、状況は最悪だった。

 獣人は道端だろうが関係なく倒れ、そこら中に吐瀉物や排泄物が巻き散らかされている。

 ゴルレ族の村と違って、色々な外見の獣人がいる。


「水様便……血混じりのものもある、それに嘔吐物に食渣が殆どない、不味いぞ……

 もふもふ、ゲインさんを消毒、マスクと防護服着せて!」


「わかった、ゲインこっちに来るニャ!」


「は、はい!」


「この状態が長いなら致命的な脱水になっている、急がないと、今ある資材でなんとか……」


「馬鹿もん! 儂の力を舐めるニャ!」


 もふもふは村にある病院をこの場に顕現させた。


「入院がいなかったことは不幸中の幸いじゃニャ」


「もしいたら?」


「外に放置するしかなくなるニャ」


「そうか、助かった。コレでなんとかできる。ゲインさんは悪いけどそのまま村の外に誰も近づかないように立て札とか作って設置してください!」


「わ、わかりました!」


「もふもふ、とにかく村人を病院で処置してくぞ、パルボみたいな感染症だと思ってくれ」


「わかったニャ」


 パルボウイルス感染症、非常に感染力が強く、さらに環境での強い生存力を持つために環境を汚染し、その環境に触れたものに病気を広げていく恐ろしい病気で、強い消化器症状を起こし、致命的な状態を引き起こすこともある。猫にも感染してしまい白血球減少症など致命的な症状を起こすことがある。

 症状とこの感染状況から万吉はすぐに頭に思い描いたのがその病気だった。

 実際には異なる動物種の獣人も感染している様子から、この世界の未知のウイルスだろうと結論付けている。

 それから万吉は村中を走り回り、獣人をとにかく病院へと搬送する。

 意識のあるものないもの、残念ながらすでに命を落としているもの、とにかく地獄絵図だった。


「原因がわからない以上、徹底した対症療法しか無い、片っ端から点滴を入れてくぞ!」


 最終的には40名以上の獣人が意識不明、100名近い獣人が重症という恐ろしい状態だった。

 病室に収まりきらない患者をどうするか悩んだ万吉であったが、ベッドに患者をねかしていくと、どんどん部屋が拡張してベッドが増えていく。


「獣神様に心からの感謝を」


 万吉は神に感謝した。


 全ての症例に素早く静脈へのルートを確保して点滴を流し、それを終えたら吐瀉物や排泄物の処理と身体の洗浄、食事を取れないために重症例では栄養点滴も併用していく、血液の検査や便の検査、ウイルスチェックもしたが、パルボウイルスチェッカーに反応はなかった。

 とにかく万吉ともふもふは止まることなく動き続ける。

 動き続けていても次から次へとやることが増えていき、終わる気配もない。

 完全防護で手伝っていたゲインは、疲労でダウンしてしまった。

 それでも、病人達の状態は目に見えて良くなっていない。


 病院の外には清潔な空間を作って、軽症者や無症状者を生活させていた。

 多少の混乱はあったが、もふもふの存在と、この病気の恐ろしさに疲弊していた村人は、清潔な寝所と食事を与えられることに感謝してくれていた。


「相変わらず水状だな……でも、脱水は維持できてるし腎臓への負担も改善できている。あとは体力勝負だな」


 脱水状態が長かった症例は腎臓にも問題を起こし始めていた。

 低栄養状態で肝臓に問題が起きてしまっていた個体もいる。

 とにかく、今は対症療法、その症例症例一つ一つの症状に対する治療を組み合わせながら本人の回復能力での回復を待つしか無い辛い時間が続く。


「す……すみません……」


 自分の意志で排泄を調整できないために、垂れ流された糞尿を万吉ともふもふが世話をするしかない。環境はとにかく清潔にしなければいけないために、排泄をしたらすぐに回収し消毒、そして清潔な道具へと交換する。大型のペットシーツを利用してそれらを行っている。


「気にしないでください。早く元気になってくれるのが一番、無理しないでゆっくり休んでください」


「うちの子は……大丈夫ですか……」


「あの子ですよね、まだ意識は戻っていませんが、頑張ってますよ」


 犠牲になっていた獣人の内訳は、残念なことに子供が多かった。次に高齢。感染症は子供や老人にとっては驚異となる……


「くっ……痙攣か!?」


 重症患者は様々な症状を引き起こす、神経症状、播種性血管内凝固、大量の下血、制御不能な嘔吐、中には懸命な治療もむなしく命を落とす個体も少なくない。


「俺は神様じゃない、できることをできる範囲で最大限を行え、折れてる暇はない」


 万吉は自らを鼓舞し、懸命な治療を続けていく。

 150名近い重症例のうち、死亡例は9。

 まるで悪夢が晴れるかのように、ある日を境に次々と意識を失っていた症例も意識を取り戻し、重症だった症例も明らかな快方に向かう。

 感染症に、獣人達の身体が勝利し、自己免疫による治癒がウイルスによる障害に打ち勝った瞬間だった。

 そして、そのための時間を必死に稼いできた万吉たちにとっての勝利でもある。


「……こ、こ……は……?」


「万吉、こっちも目を覚ましたニャ!」


「ああ、ペッキー!」


「ああ、お母さん急に立つとまだ危ないですよ……」


 そう言いながらも万吉の表情は嬉しそうに歪んでいた。

 それから数日もすると、すっかり病室も小さく元通りになった……


「ゲイン、あっちは問題ない?」


「はい、軽症者の簡単な処置は指示通りにやっています。

 道のお陰でこっちに連れてくることも出来ますから……

 万吉先生、流石にそろそろお休みになったほうが……?」


「え?」


「その、顔色が、土みたいに」


「あれ、本当に……? どれどれ……」


 万吉が確認のために椅子から立ち上がり、そのまま巨体が床に倒れていく。


「ま、万吉先生!?」


「ニャ!! 万吉!! しっかりするニャ!!」


「……ぐぅ……すぅすぅ……」


 確認すると、静かに寝息を立てて眠っていた。

 気が緩み、少し気を失い、そのまま眠りに着いてしまっていた。

 もふもふはしっぽで万吉の身体を持ち上げ、そのまま布団に投げつけた。

 ふわりとベッドに万吉の身体が包み込まれていく。


「お疲れ様ニャ、万吉」


 もふもふは静かに寝室の扉を閉めるのであった。


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