第12話 ゆったり外来

「万吉先生、朝から腹が痛くて……」


 赤茶色の獣人はお腹を擦りながら万吉に訴える。


「なにか心当たりはありますか?」


 万吉の言葉にバツが悪そうに頭をかく。


「……言わなきゃだめですか?」


「ダメです」


「先生のところのフード、半分残っていて忘れてたのが出てきて……

 ちょっとカビてたけど、そこを避ければ良いかなぁ……って」


「良いわけないじゃないですか、はぁ……あまり頼り過ぎちゃ不味いと思って制限したら、似たような事が少なくないんですよね……流石に薬出します。

 下痢は止めません。ちょっと痛いのは我慢してください。悪いものとっとと出しちゃいます。あとは刺激の少なく消化に優しいご飯のレシピも渡しておきますから」


「せ、先生処方食は……!?」


「出さないことにしました。処方食目当てで変なもの食べるカイみたいなのが出てきたんで」


「そ、そんなぁ……」


「はい、もふもふ薬はこれで。次の方どうぞぉ~」


「おお、苦い薬を選んだニャ。万吉も慈悲がないニャ」


「も、もふもふ様、あの缶の処方食を是非!」


「すまんニャ、万吉の指示がなければだめだニャ」


「はぁー……」


 とぼとぼともふもふが作った薬を持ってお腹を擦りながら病院を後にする。


「万吉先生、うちの子が裏山で転んじゃって、結構ぱっくりと」


「やだやだ痛いのやだよー!」


 母親に抱かれた子供の獣人、カイの友達のケイトの後ろ足、太ももの部分がざっくりと切れていて抑えていた布を外すとじわじわと出血している。


「これは結構大きいなぁ……ケイトくん、きちんと痛くないようにするから、ちょっとだけ頑張れるかな?」


「痛いことしない? 痛いのなくなる?」


「ああ、必ず綺麗に治すよ」


「もふもふ、先にジェルの局所麻酔してその後局所麻酔、それから洗浄して縫合でやるよ」


「わかったニャ」


 万吉はケイトを抱き上げて処置台のシンクに座らせる。


「痛くないからね、少し冷たいかもしれないけど……」


 傷口にやさしく局所麻酔のジェルを塗り非固着性、くっつかないガーゼで軽く押さえる。


「ちょっとだけ待っててね、一件見たらまた来るから」


「うん……」


 ゴルレ族タイプの獣人は犬の外皮と構造が似ており、実際には皮膚自体の痛覚は敏感ではないので、派手な外傷に見えても本人の痛みはそこまで強くない。

 大人の場合は少し我慢して洗浄をしたりすることもあるが、万吉は子供に優しい。


「おまたせ、ちょっと見るね。……これ、痛い?」


 傷口の周囲をちょんちょんと触り反応を見る。


「……大丈夫、なんか、痛くなくなったかも」


「表面的にはコレで結構楽になるけど、洗うのはしっかりやるから、ちょっとチクってするよ」


 傷の周囲に30Gという細い針で局所麻酔薬を傷口の周囲に何箇所か注射をしていく。少しチクリとするが、そこまでも痛みは無いのでケイトは我慢している。


「さて、これ感じる?」


 小さな針で傷口を刺激する。


「あれ、痛くないかも……」


「よし、それじゃあケイトはもふもふのこと見ててくれるかな?」


「こっちを見るのニャ」


 本棚の上にもふもふが座っている。ケイトがそちらを見ている間に万吉は傷口を徹底的に洗浄する。まずは傷の周囲の毛を刈り取っていく。傷口の中に土汚れがひどい場所は歯ブラシを使って傷を綺麗にしていく。

 壊死組織があれば切除も行うが、今回の傷は大丈夫そうだと判断したら縫合にうつっていく。非感染創なら吸収糸で皮下縫合も行うが、今回は感染創なので非吸収糸を用いて単純結紮にて閉創していく。針付きの糸で縫合していくがきちんと局所麻酔が効いているのでケイトはもふもふととりとめのない話をしている。


「はい、終わったよ」


「え? もう?」


 ぱっくりと開いた傷が、綺麗に縫合されていることを見てケイトが笑顔に変わる。


「ありがとう!」


「安静にするんだぞ、痛くないのもしばらくしたら薬が切れて痛くなると思うからな、もふもふ、薬はこれで」


「わかったニャ。万吉今日は最後ニャ」


「そうか、お疲れ様」


 ケイトに薬を渡し、一緒に病院の外に出る。

 いつの間にか日は傾き、村を赤い日差しが照らしている。


「ふぅ……今日も働いた!」


「すっかり街のお医者さんニャ」


「まぁ、これがやりたかったからね」


「ちょっと……件数が少ないニャ」


「良いことじゃないか、病院なんて暇な方が良いって師匠もしょっちゅう言ってたし」


「そうなんニャけども……」


 それから万吉は優位に照らされた村をしばらく眺めていた。


「綺麗になったな。全員退院もしたし、そろそろ、移動するか?」


「……そうニャね……」


 ここ数週間で、村は魔物の襲撃から回復した。

 建物は刷新され、村の周囲には村を守る壁も新たに作った。

 鬱蒼としていた周囲の森も間伐を実行して多くの木材を確保と同時に森は明るくなった。

 おかげで狩りなどもしやすくなり生活も以前より改善する兆しを見せていた。

 さらに、万吉は安定した土地を伐採し大きく村の土地を拡充し農地などへの利用できる場所を作った。山岳の森林地帯で土地の拡張は非常に大変なので、未来への投資の意味合いも大きい。


「しかし、入りやすくなったら怪我することも増えるんだな」


「ああ、ケイトの話ニャ?」


「水場までの道の整備と、例の隣の村までの道の整備はやっておきたいな」


「万吉の力ならあっという間ニャ」


「俺の力っていうか、獣神様のお力だな……本当に凄いよ。

 病院だって、金勘定のことを全く考えないで、ただ病気と向き合ってやるべきことをするだけでいいなんて……生活の心配もないし、死後にこんな形で生きていけることに感謝しないと、バチが当たる」


「万吉は、真面目だニャ……やったチート能力だー! ってアニメの主人公みたいにはしゃいだって別に良いニャ?」


「……あっちで、色んな人の苦労を見てきたからね……申し訳ないって気持ちが勝っちゃうんだよね」


「そんな性格ニャ」


「その分、皆の生活が楽になる手伝いと治療には全身全霊頑張るぜ!」


「そうニャ! 頑張るニャ!」


 万吉は、燃えていた。


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