第9話 ぎりぎり到着
万吉は確認のために二人の診察もしたけが、健康そのもの、朝よりも回復しているぐらいだ。
絶景を眺めながらお茶をしていたが……
「万吉!!」
モフモフが叫ぶ。
万吉は弾けるように立ち上がり、カイに飛びかかってきた影を打ち払う。
「な、こ、こんなに村の近くに……」
例の魔物だ。巨大な狼のような姿に赤く光る瞳。そして胸部に鈍く光る核。
完璧な狩りの邪魔をされて不機嫌そうに唸り声をあげている。
体勢を立て直そうとした瞬間、逆に地面に突っ伏してしまう。
魔物自身も理解できていない。
立ち上がろうとするも、すでに万吉は目の前にたち、胸部の魔石に正拳を振り下ろし破壊した。
最初の交錯で、前腕をへし折られていることに気がつけなかった魔物はあっけなく万吉に倒された。
「……万吉……凄いな」
「カイおにいちゃん、こんなところにあいつらが……」
「村が、危ない!」
「カイ、村はどっちだ?」
「ここをまっすぐ2つ山を抜けて少し降りたところ……今、半分くらい」
「わかった。二人共、ちょっと我慢しろよ」
万吉はカイとキッカを担ぎ上げる。
「な、なにを……?」
「舌噛むなよ、あと、怖いけど我慢しろ」
「多少のフォローはするニャ」
万吉の頭の上にもふもふが器用に乗り、しっぽでカイとキッカを支える。
「何をする気、ってうわーーーー!!!!」
次の瞬間、万吉は軽く身を屈めて、一気に高く飛び上がる。二人を抱えて目前に見えていた山頂まで、一気に飛び上がった。
「うああああああぁぁぁ!!!」「きゃあああぁぁぁぁぁ!!」
「二人共口を塞ぐニャ、安心するニャ、万吉を信じるニャ」
山の稜線にそのまま音もなく着地をする。まるで猫のような見事な衝撃吸収能力を発揮する。
頂上から次の山の頂上まで普通なら稜線を徒歩で進むが、今は緊急事態。
再び身をかがめて……
「また!? うあああああぁぁぁぁぁぁ高いぃぃぃぃぃ!!!」
「きゃあああぁぁぁぁぁぁ!! 楽し~~~~!!!」
「確かにこれは凄い!!」
「調子に乗って谷に落ちるニャよ!」
「わかってるー! カイ、アレか!?」
2度めの跳躍で山の斜面、開けた場所に建築物がある場所を上空から確認する。
「……そ、そうだ……よ……」
「万吉さん!? なんか、変なのがいる!」
「!! 悪いけど、無理やり村に入るよ、説明とかは二人に任せる!!」
「儂も手伝うニャ」
「もう一度、飛ぶぞ!!」
「か、勘弁してぇぇエエエ!!」
「いっちゃえ万吉さーん!!」
万吉は村の中央の広場に向けて3度めの跳躍をする。
もちろん、万吉にこんな能力はなかったが、身体ができると教えてくれていた。
落下中に村の内部に入り込んでいる魔物の位置を把握する。
村の獣人たちは必死に抵抗しているが、かなりのけが人が出ているようだ。
「数は5……いや、6! 着地するぞ!」
「あ、ああ!」「はいです!」
ストンと広場に着地、周囲の獣人も魔物もあまりに静かに上空から現れた万吉たちに気がつくことはなかった。カイとキッカを降ろし、一番近い魔物へ、跳ぶ。
「ふんっ!!」
まさに獣人にその鋭い爪を振り下ろそうとした魔物、胸にはめ込まれた核を横から飛んできた突風が突然破壊するとは思いもよらなかっただろう……
「次ぃ!!」
別の獣人に覆いかぶさり牙を向いている魔物の横っ腹に万吉の全身質量を叩きつける。魔物は吹き飛ばされ建物の壁を突き破る。
最初の一撃で胸郭から上腹部を破壊されており、ビクビクと痙攣している。
万吉は致命傷と判断し次の魔物をにらみつける。
流石に魔物側も異変に気が付き、襲っていた獣人から敵を万吉一人にターゲッティングし取り囲むように集まってくる。
「もふもふ、病人達を頼む!」
「わかったニャ」
万吉は八相の型で構え、自分を中心に円を描くように歩く魔物の気配に集中する。
魔物たちは去っていくもふもふから距離を取るように嫌がっている。たぶん神様的なオーラを嫌っているんだろうと考えた。
「来いっ!!」
万吉が気を吐くと、まるで操られるように3匹が一斉に襲いかかる。
「せりゃあ!!」
爪の一撃を受け手で絡め取りそのまま地面に叩きつけ核を踏み抜く、続けて背後より迫る一体に後ろ回し蹴りで強靭な首筋をへし折る、最後の一体は万吉の首元めがけて噛みついて来ているが、素早く下に潜り込み、打ち上げるようなアッパーで核を破壊される。
一瞬の交錯が終わると、魔物があっという間に撃退されている。
近くで見ていたもので何が起きたのかを正確に理解できたものはいないだろう。
「押忍っ!!」
周囲の状況を感じ取り、残心を解く。
そして、すぐに駆け出す。目標は病院だ。
「もふもふっ!」
「重症度高そうな子から手前のベッドに置いてるニャ!!」
「万吉、まだまだ来るぞ」
「皆に呼びかけました!」
カイとキッカも手伝ってくれている。
「すまん、任せる」
入院室に飛び込むと凄惨な光景が広がっている。
息も絶え絶えな獣人たちがベッドで苦しそうに唸っている。
(こういうときこそ、落ち着け、そして、最速で手と頭を……)
「動かす!! やるぞもふもふ!」
「はいニャ!」
今この瞬間にも命の炎が消えていく個体をまずなんとしても食い止める。
胸部外傷による肺挫傷。腹部臓器破壊による出血。大腿部の主要血管の損傷による致死性の出血。緊急度の高い三人に素早く処置を行う。出血症例はその場で傷の洗浄、出血血管を発見して鉗子で止血、短時間であればこれで場を凌ぐ、その間に緊急胸腔切開を行い、挫傷した肺を一括で結紮し胸腔を閉鎖し、とりあえず呼吸を再開させる。ほんの僅かの時間で一時的な時間を稼いで腹腔内出血に当たる。肝臓損傷に腸管の断裂、肝臓は辺縁だったのでギロチン結紮でスピード優先で損壊部分を切除する。腸管は損傷部位を大きく切除し、正常部位同士を吻合縫合する。言葉を交わさずとも万吉が処置しやすいように臓器を持ち上げ、必要な道具を渡すもふもふ、二人の完璧に合わさった呼吸により、みるみるうちに腸管が縫い合わされていく。大量の生理食塩水による精密な洗浄は後回し、とりあえず腸内容物を洗い出し、新たな出血がないことを確認したら、開腹状態を維持したまま大腿部の血管縫合へと移る。血管を挫滅することのない鉗子へと変更し、断端同士を縫合していく。大血管ではあるが血管縫合は細かい作業だ。組織を殺すことなく、血液を漏らすことなく、適切な血管縫合を実施する。縫合を終えたら血流を遮断していた鉗子を外し、血流を再開する。血行不良状態になっていた部位に再び血液が流れ、明らかに発色が良くなる。再灌流障害は恐ろしいが、残念ながらこれは起きないように祈るしか無い。傷の処置を仕上げて次の肺挫傷症例へと戻る。呼吸管理をしながら再度他に問題が無いことを確認し、胸腔内を洗浄して丁寧に閉胸していく。胸腔内ドレーンを設置して持続性の低圧吸引をセットする。最後に臓器損傷の症例、腹腔内に腸管内内容物、つまりは糞便が漏れてしまっているから、徹底的に洗浄を行い、同様にドレーンを設置し持続吸引を仕掛けておく。
そのままにしておけば、ごく短時間に命を落とす3症例を治療しても外にはまだまだ患者が並んでいる。
万吉の長い一日はまだ始まったばかりだった。
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