第8話 めきめき回復
「美味しい! 美味しいよカイお兄ちゃん!」
「そうだろそうだろ、あんまり慌てて食べるなよ、お腹がびっくりしちゃうからな」
「なんか……カイのキャラが変わった……」
甲斐甲斐しくキッカの世話をするカイ。
キッカも手術の影響なんて微塵も感じさせないほど様子を見ながら食事をしてもらったけど、もう凄い勢いで完食してくれた。
「凄いな……もう傷が治りかけている」
「獣人はもともと自然治癒力が高いニャ、さらにこの病院の中にいればそれはもう凄いニャ」
「なるほど……あっ!! 大事なこと忘れてた!!」
万吉は立ち上がり病院の外に向かう。
向かった先には……何もなかった。
正確には砂の山があった。
「死体が……ない?」
「ああ、魔物は
外にいる魔物は砂しか残らないニャ、ダンジョンに現れる赤目じゃない魔物は死ぬとすぐ土に変わってアイテムを落とすニャ。こいつらの砂は、なんの役にも立たないニャ」
万吉は地面に触れて触ってみてがただの砂、まごうことなき砂だった。
「それが世界に対しても害になるニャ、魔物は生きているものを襲い魔物にする。
そして魔物は死んでも大地に戻らない。このまま行けばこの世界は魔物だらけの世界になってしまうニャ。命の巡らない廃墟になってしまうニャ」
「そうだったのか……」
「この世界に住む全ての生物は力を合わせてこの魔物と戦わなきゃいけニャいのに、急に人間が変わってしまったニャ。絶対に何か秘密があるニャ」
「いつ頃から変わってしまったの?」
「教えてもらった知識によると1500年ほど前ニャ」
「それは……調べるのがたいへんそうだな……頭に入れておこう」
「とりあえず、戻るニャ」
それから万吉はカイとキッカの診察を一通り行う。
隠れた怪我などがないかを確かめるのだが、話を聞きながらの診察のスムーズさに感動していた。
「いや、楽だ。検査も減らせるし、全ての動物が話してくれればいいのに……それにしても、凄まじい回復速度だね。食事をしたら更に傷が回復してるとか、とんでもない」
なんと、昨日縫合した傷をいくら皮下をしっかりと縫い合わせているとは言え、翌日に抜糸を行うなんて考えられないが、傷が完全に回復しているんだから仕方がないということでキッカの腹部の抜糸をする万吉。
骨折も仮の骨である仮骨もしっかりと形成され、無処置で問題ない状態だった。
「後は無理しないで安静に過ごせば今まで通りの生活ができると思うよ」
「万吉、俺たちはできる限り早く村に帰りたい」
「万吉、儂たちも一緒にいくニャ。獣人とのつながり、最初の一歩ニャ」
「それに、村の近くに魔物が出るなんて異常すぎる。なんだか嫌な予感がするんだ」
「もう二人とも歩くぐらいなら問題ないし、俺たちもついていくなら問題ないだろう。よし、君たちの村へ行こう」
往診バッグに簡単な治療道具を詰めて担いで行く。これでいちいち病院を出さなくても応急処置が可能になる。なおバッグは病院と同様に一晩経てば自動的に内部が回復するし、万吉の力的なものを注いでも在庫を回復することが可能だ。
「うおおおおお!! もふもふ様凄い!」
「もふもふさますごい!」
動物病院がしゅるんと収納されるのを見てカイとキッカの中でもふもふの株が跳ね上がる。
「さて、カイ。村はどっち?」
「ええっと……必死で逃げたから……あ、でも……こっちだ!」
カイは周囲の風景や匂いを確かめながら目的の方向を定める。その様子が排泄前のクルクルみたいで可愛らしいと万吉は眺めていた。カイが指し示した方角は川から離れた上流方向、しばらく森が続き遠くには山が連なっている。
「ところで万吉たちは走れる?」
「うん? ああ、ある程度は走れると思うよ」
「急ぐから、少し早く走るよ!」
カイとキッカは万吉も見慣れた犬の姿勢を取り駆け始める。万吉は肩にもふもふを乗せてその後について行く。
「万吉はすごいな! 人間に追いつかれるとは思わなかった!」
「カイにーちゃんは同い年では一番早いんだよ!」
「俺は獣神様の加護がなければハァハァ言ってるよ」
カイとキッカを連れて森の中を疾走するのは万吉にとって楽しかった。
天気はよく木々の間からは太陽が降り注ぐ緑豊かな森を駆け抜ける。頬を当たる風は気持ちよくて緑の香りが鼻孔を楽しませる。
「ここから登りになるからきつかった素直に言ったほうがいいよー」
「わかった。ふたりとも身体は平気か?」
「うん、すっごく調子いいよ!」
「確かに、足に羽が生えたみたいだ!」
上り坂になってもカイとキッカの速度は緩まない、それどころか力強く大地を踏みしめぐんぐんと獣道を登っていく。
万吉はすぐ後ろを駆けているが、獣道が万吉の身体には足りていないので迫る木々を手刀で払いながら進んでいく。
暫く進むと登る角度が上がっていく。
「凄いな、着いてこれるとは思わなかった……」
「私も、普段なら無理なペースだよ……はぁはぁ……」
「ちょっと二人共、病み上がりなんだからペースを落とさなくて大丈夫?」
「うーん、なんか絶好調なんだけど……この先のとこで休憩しよう」
「うん。私も、すっごく調子いいけど」
「無理は禁物だよ」
「この先にちょうど開けた場所があるから、もう少しだけ走るよ」
「ああ、本当に無理するなよ?」
へへん。って感じにカイは先に進む。
キッカも元気よく続いていく。
後ろからその歩く姿を視診している万吉は、二人の健康状態が本当に問題が無いことに安堵している。
道は傾斜を増し、完全に山道となる。
四足歩行の二人は軽快に登っていく、万吉は、力でねじ伏せて山道を踏破していく。
そして、突然森が開いた。
尾根に達した場所が少し平坦になっており、木々が生えていない。
そこから広がる風景は、万吉が今まで見た景色の中で一番だった。
「……美しいな……」
眼下に広がる広大な森と草原、連なる山々の緑、美しい青空。
巨大な世界にちっぽけな自分がいさせてもらえるようなそんな雄大な景色が周囲一面に広がっている。
万吉に山を登る趣味はなかったが、友人たちがきつい思いをしながら山へと向かうその不思議な魅力を初めて知った瞬間であった。
「とりあえず、軽く休憩しようぜ万吉」
「あ、ああ。そうだな」
背負った往診カバンから水筒を取り出し皆にお茶を渡す。
この景色を見ながら飲んだお茶は、万吉の人生で最高の味わいだった。
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