第7話 いろいろ会話
「ふむ、つまりこの世界は人間と魔物が戦っていて、獣人を始めとする亜人は人間に差別を受けているわけか……」
カイからこの世界の情報を聞き出す。
あの赤い目で変な石をつけているのが魔物、あいつらは獣人の敵というわけではなくて、世界の敵、魔物以外の全ての存在に襲いかかる厄介者。
「万吉、使命の一つは魔物の駆逐ニャ」
もふもふは魔物に対する嫌悪感を隠さない。神にとってもあの魔物たちは敵なんだろうと万吉は考えた。
「そして、人間との間に存在する悪意ある軋轢を取り除き不当に虐げられた獣人達を救い出すこと……それこそが万吉の使命ニャ!」
「ちょ、ちょっとスケールがでかすぎない?
そういうのってなんか、物語の主人公とかがやることじゃないか」
「ふふふ、今更何を言っているニャ。
神に選ばれて、とんでもない能力を与えられて異世界に……
こんな状態で自分が壮大な話の主人公である自覚がないとは言わせないニャ」
「ぐっ……言われてみれば、たしかに……でも、俺なんかが……」
「まぁ、万吉は馬鹿なんだから、目の前の問題をとりあえず解決し続けるニャ。
結果としてそれが一番獣神様のためになるし、獣人や世界のためになるニャ」
「でも、キッカを助けてくれたのは万吉なんだろ?
馬鹿じゃねーよ。俺の傷だってもうすっかり治ってる。
こんな事ありえねーよ」
それは自分の力というかこの動物病院の神威のおかげじゃないかなぁと思ったが口には出さない万吉であった。素直にカイの言葉は嬉しかった。
それよりも、犬が椅子に座って両手でコップを持って飲んでいる姿は可愛いにもほどがあり、そちらで頭がいっぱいだった。
そもそも動物と普通に会話できていることも今更ながらに凄いなぁとカイの話を聞きながら感じていた。
そのままこの世界の基本的な仕組みの話などを聞いた。
「すっかり暗くなったな……」
窓の外には夜の帳が降りていた。
「こ、この部屋はどうなってるんだ? 昼間みたいに明るい!」
「ああ、照明がね……そうだ、カイ。可能だったら風呂に入った方がいい。
ある程度は落ちたけど血糊とか土汚れが凄い、そのままだと寝心地も悪いだろう」
「風呂!? 風呂があるのか? 水浴びじゃなくて?」
「仕方がないニャ、儂がついてってやるニャ」
「わるいなもふもふ、頼む」
実はもふもふは珍しいお風呂が好きな猫だった。
月に一度は一緒にお風呂に入って赤ちゃん用の湯船に気持ちよさそうに浸かる姿を万吉は大好きだった。タオルドライやドライヤーによる乾燥も嫌がらずに受け入れてくれるとてもいい子だったのだ。
「まさかもふもふがグルーミングをやってくれるとは……」
「うおおおおおおおっ! なんだこれシュワシュワする!」
「大人しくするニャ! さっぱりするからじっとするニャ!」
となりのトリミング室からカイの叫び声が聞こえる。
「炭酸泉やってるのか、飲んだなカイ」
万吉は実はスキンケアマニアだった。
動物にも炭酸泉やマイクロバブル、ウルトラファインミストなど、目新しいものにすぐ飛びついてしまう。そして自分自身の入浴道具やスキンケア用品も、まるで年頃の女性のようにいろいろなものを試していた。
お陰で万吉の肌や髪は無駄にきめ細やかに輝いている。
動物の診療、皮膚科領域においても昨今ではスキンケアが非常に重視されており、外用的な治療、シャンプーや保湿剤なども充実している。また、栄養学的な重要性が非常に注目されていて、サプリメントや食事を気にする人も多くなっている。
病気を薬で治すだけではなく、生活全体を整えて、病気にならないように動物の環境を整備する手助けも獣医師による非常に大事な仕事だと万吉は師匠に言われている。
万吉からすれば、師匠は人の、いや、動物の心配をする前に自分自身の生活の心配をしたほうがいいのではないかと常日頃から思っていたが、恐ろしい結果になることは目に見えているので口には出さなかった。
「おお、見違えたな!」
「な、なんか落ち着かないよぉ」
「ふっふっふ、なかなかいい仕上がりニャ」
フワッフワの黄金の毛並み、カイは別の獣人のようになった。
「ふだん水浴びぐらいしかしないから……石鹸とか初めて使ったし、こんなサラサラになるなんて……」
カイ自身もまんざらではないようだ。
「入院室じゃなくても客間でも大丈夫だぞ?」
「いいんだ、目が覚めた時に俺がいなかったら不安になるだろうから」
「そうだな……隣の院長室で寝てるから、何かあったら起こしてくれ」
万吉は寝る前にキッカの様子を見たが、たしかに傷の状態も非常に良い。
眠ることで身体が受けたダメージをメキメキと回復しているというもふもふの言も本当のようだと感心していた。
万吉は、風呂上がりに簡易ベッドに横になり、とにかく一日色々あった今日を思い返していたら、いつの間にか眠っていた。
「万吉! キッカが目を覚ました」
早朝、カイに叩き起こされた。
「わかった、すぐ行く」
白衣を掴み隣の集中治療室に、そこにはベッドに腰掛けてカイに抱きついているキッカの姿があった。
「カイにいちゃん! 人間!! 怖い!!」
「大丈夫だ、万吉は獣人様の御遣いだから、人間でも危険じゃないんだ。
それにもふもふ様もいらっしゃる。大丈夫だ」
「そうニャ、落ち着くのニャ」
「うう……ぐすん……」
「キッカちゃんだよね、傷の具合を見せてね。痛いところとか辛いとことかある?」
ぎゅっとカイにしがみつき万吉の方を見ようとはしなかったが、次の瞬間。
ぐ~~~~~~ぎゅる~~~~ぐるるるる~~~~
盛大にお腹の音がなった。
「順調そうだね、よし、今食事を用意しよう」
「そうだキッカ! ここの食事は今まで食べた全てのものより美味しいぞ!!」
「……ホント?」
「ああ、水だってもう、めちゃくちゃ美味いんだ!」
「ホント!?」
やはり、子供には食事だな……と万吉はそそくさと食事の準備を始めるのでありました。
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