第4話 うっかり破壊

「こおおおおおおぉぉぉぉぉ……」


 万吉は早朝の異世界で日課の空手の型の練習に勤しんでいる。

 毎日の日課だったが、現在は自分の身体を確かめるように丁寧に行っている。

 事前に行ったランニングや筋トレは、まるで自分の身体ではないように自由自在に身体が動いてくれていた。

 そして、空手の型を行い、改めて自分の身体の無茶苦茶さを思い知っていた。


「これは、気をつけないと危ないな」


 反射的にでもその力を振るってしまえば、振るわれた方はただでは済まないことは疑いようもなかった。

 万吉はたしかに武術を扱うし、それなりの技量を持っていたが、暴力はむしろ大変に苦手な人間だ。

 鍛錬は他者と比べるものではなく、自らと向き合うために行う。

 それが万吉の信念だった。


 以前の万吉も人並み外れた肉体とその真面目な性格で積み重ねた鍛錬によって、素手で時間をかければ庭木くらいならへし折ることも可能だったが、今の万吉はそういう次元ではない。


 万吉は目の前の大木に向かい中段に構え、息吹で気合を込める。


「ふんっ!!」


 突き出された拳は深々と大木に突き刺さり、べきべきと大木が倒れていく……


「化け物だな……」


 自らに与えられた過分な力に恐れを抱く。


「使い方、誤っちゃだめだな」


「力に溺れるような輩に無闇に与えるような方ではないのニャ」


「もふもふ、おはよう」


「おはようじゃないのニャ、こんな大騒ぎを起こしておいて」


「ごめんごめん」


「万吉は大丈夫ニャ、矛を止められる男ニャ」


「……肝に銘じますもふもふ様」


「うむ、よろしいニャ。ついでに朝食も所望するニャ!」


「そうだね……って、この木このままってわけにいかないよね?」


「ガレージに持ってくれば一緒にしまっておいておくニャ」


 大木を軽々と持ち上げ、ずるずるとガレージ内に収納する。


「往診車が届いていたら良かったなぁ」


「仕方ないのニャ」


 予定ではガレージには往診車を停めておく予定だったけど、車の納車予定はずいぶんと先立ったので、ガレージには広い空間ができている。

 万吉の夢はキャンピングカーを持つこと、ガレージもその夢のために大きく取られていた。今は、木が無造作に置かれている。


 冷蔵庫を確認してみると、たしかに昨日使用したはずの冷凍餃子やネギは元通りになっていた。その他調味料、米なんかも同様だ。


「……俺の力、といっても絶好調すぎるけどなぁ……」


「そういう表面的な力じゃないニャ、魂が持つ力ニャ。

 万吉たちの世界では非常に厳しい環境でありながら、その力を発散する方法がないから、一般人でもとんでもない力を秘めている魂を持っているニャ。

 普通あんな環境があんなに発展することはなく、奇跡の世界と呼ばれており、その世界の魂は他の世界にとっては垂涎の力で、他の世界に転移や転生をした者は逸脱した圧倒的な力、つまりチート能力を持つニャ。もちろん、あっちの世界の神の許しが必要だから、それはもう大争奪戦になってるそうだニャ」


 もふもふは万吉の作ったベーコンエッグホットサンドを美味しそうに頬張っている。

 万吉は卵や米、醤油などの調味料、毎日使うものだからこそいいものを使うと幸せになれるという考え方で、多くのものは持たないが、いいものを大切に長く使うタイプの人間だった。調理器具も、高価なものであってもいいものを使うことで長い時間気持ちよく道具を使えることに価値があり、そして良い道具からはいい結果が生まれると考えている。この根底には支障の医療に対する考え方も影響している。


「いいかぁ万吉、無理してでも良い道具を使え。

 腕が悪いのに良い道具を使うなんて勿体なんて考えるな。

 腕が悪いなら、道具に助けてもらえ、そうすれば腕が道具のレベルに上がっていく。悪い道具を使って悪い仕事を積み重ねても、人は成長しない。

 ただ、良い道具を誇るような馬鹿にはなるなよ!」


 良いものは使ってこそ。そう考えていた。


 食事を終え外に出た。時計は8時を指している。


「まぁここで時計は役に立たないだろうけど……」


「いや、その時計もちょちょいとこの世界にあわせてあるニャ。

 それと言語の理解も前の世界に変換するようになってるニャ」


「なんと便利な……」


「万吉に加護を与えたのは間違いなく神の一柱、それくらい造作もないニャ」


「ありがたき幸せ」


「それじゃあ、出発ニャ」


 もふもふがしっぽを揺らすと、目の前に建っていた病院がニュルンとしっぽにのみこまれていった。なんとも奇妙な光景に万吉はぽかんと口を開けて呆然とするしかなかった。


「何アホな顔してるのにゃ、ほれ、進むニャ」


 すとんと万吉の肩に着地し、丸くなる。


「あ、はい」


「水場の側を行けば集落が見つかるニャ。きっと」


「川を下るか、登るか……」


「棒でも倒して決めるニャ」


 万吉は足元の棒を拾い、空に投げる。小枝が分かれている方が向いた方向を目的の方向とする。


「登りか」


 万吉は川の上流を目指し歩きはじめる。

 歩くといっても、実際には車に近い速度でランニングをしていく。

 川辺の気持ちの良い空気、草原、光り輝く水面、遠くに見える山々や、そして晴れ渡った空。全てが万吉にとっては感激の風景だ。

 一晩たって、少し落ち着いた心が、この世界の自然の美しさを素直に心に響かせてくる。走りながら、ようやく心が感動という動きを取り戻していることを実感していた。


「もふもふ」


「なんニャ?」


「死んだ俺を、この世界に呼んでくれた神様に、感謝したい」


「ふむ、感謝するニャ」


「なにかしたいな」


「なら、この世界で動物をたくさん救うニャ。

 それが一番の恩返しなるニャ」


「そうか、うん。わかった!」


 万吉は、決意を新たに歩む速度をあげるのだった……










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