第5話 いきなり緊急
川沿いを進んでいくと段々と川幅が狭くなってきた。
河原の石が大きくなってきたので少し川から離れて草原を走っている万吉はふとあることに気がつく。
「普通ならこういう地形って街道にならないかな?」
川にほど近く、少し高くなっている平坦な地形。町と町を結ぶ街道ができるには都合が良さそうに見える。
「というか、道があるような無いような……荒れすぎだよね」
草原に道が無いわけではない、ただ、日常的に多くの人が使っている気配は皆無で、獣道に近いような印象を受けていた。
今も草原をかき分けながら、というより力技で強引に突破しながら走破している。
土煙をあげながら、万吉たちが通った後ろに道が出来ている状態だ。
「止まるニャ!」
突然もふもふが万吉を静止する。
万吉はすぐに足を止めて様子を伺っているもふもふの反応を待つ。
「こっちに進むニャ! 全速力で!」
「わかった!」
万吉は迷わない。もふもふが言うなら、なにかある。
大地を蹴り、更に激しい土煙をあげて爆進していく。
「この先ニャ! 戦いになるぞ万吉、迷うニャ!」
「戦い!?」
予定外の言葉に少し戸惑うが、すぐに迷いを捨てる。
バッと草原が開ける。
目の前には……
大型犬のような、明らかに異なるのはその額から立派な角を生やした狼のような生物。目を爛々と真っ赤に光らせて、よだれをダラダラと垂らしながら、獲物を狙っている。
獲物は二人、二匹? 身を寄せ合い、頼りな下げに棒を振り回している。
「奥の赤い目してる方が敵ニャ! この世界の敵、遠慮はいらないニャ!」
モフモフの声に怒気が孕んでいる。それを受けて万吉も迷いを完全に捨てる。
眼の前の存在は、敵。滅ぼすべき存在。
大きく跳躍し、敵に向かい飛び蹴りを放つ。
「せりゃぁあ!!」
突然の乱入にも素早く反応し、図太い前足で蹴り足を払おうとする!
べぎぃ
その腕は万吉の足刀によってへし折られる。
「ギャオン!?」
「南無三!」
着地と同時に首筋を蹴り上げる。
「ギャフ……っ!」
巨大な身体が跳ね上げられる。
目の前には敵の腹、動物の弱点が晒されているが、そこに万吉が見慣れないものがある。胸の中心に赤黒く脈動する石のようなものがある。
「それがそいつらの弱点ニャ! 破壊するか引き剥がすニャ!!」
「こおおおおぉぉぉぉ……! せいやぁ!!」
中段からの抜き手、ずぶりと嫌な感触が手に伝わるが、そのまま石を握り一気に引き抜く。
「グゲフッ!! ガアアアアアアアァァァァァ!」
断末魔をあげ、敵はその身を大地に放り投げ、二度と動くことはなかった。
「万吉! 次はこっちニャ!」
自らの手に握られた石を見つめていた万吉はすぐにもふもふの元へ向き直る。
先程襲われていた二人の獣人が緊張の糸が切れたのか身を寄せ合い気絶している。
「命の火が揺らいでるニャ、急いで治療するニャ」
目の前に病院が現れる。
万吉は二人を優しく担ぎ上げて病院に飛び込む。
処置室で目立った外傷を洗浄し、とりあえず大血管の損傷がない傷は圧迫して出血を止める。
それから超音波で内部の迅速な検査を行う。
まずは棒を振るって抵抗していた子からだ。
「腹部に液体貯留は……なし。心拍も異常なし、呼吸も安定……緊急性は低いかな……」
とりあえずベッドに寝かせて次の子の検査に回る。
「こっちの子は……っ!? 液体確認、穿刺するっ!」
「はいニャ!」
もふもふが注射器に針を装着して渡している。
「!? ありがとう!」
これは万吉にとって頼れる援軍を得たのと同等だ。
「鮮血! 腹腔内出血を起こしている。量も少なくない……緊急開腹をするぞ」
「準備できてるニャ!」
気がつけばモフモフのしっぽが増えて、別室の手術室の準備が整えられている。
「留置を入れたら毛刈りと消毒!」
「毛刈りと消毒はやっておくニャ! 万吉は着替えるニャ!」
獣人の血管は動物と変わりなく、もふもふの保定で腕の血管に留置針を設置する。
麻酔を行う薬剤もモフモフがすばやく用意していく。
「体重は!?」
「さっき測ってるニャ!」
「もふもふ最高!」
薬剤を投与し、点滴を繋いで挿管をして吸入麻酔で維持する。
万吉はすぐに手洗いをする。
その間にモフモフは毛刈りと術野の消毒をする。
「左の腹部に紫斑ニャ」
「了解」
ディスポの手術着、手袋を装着し、手術台に立つ。
器具もきれいに並べられている。いつもの配置だ。
万吉は、万の感謝をもふもふに心の中で唱え、すぐにメスを走らせる。
腹部の正中、中心を臍部から骨盤の上まで一気に切る。
左右の腹部の筋肉が合わさる白線部分を保持し、小さな切開を入れ腹腔内にアプローチする。ドプッと血液が溢れ出してくるが、焦らずガーゼで拭きながら切開を拡大していく。
「吸引するニャ」
いつの間にか術着と手袋をしたモフモフが対面に……浮いていた。
その手に持つ吸引器で腹部の出血を回収していく。
ピッピッピ、モニターは変化なく音を刻んでいる。
甚大な出血であれば腹腔を開いた瞬間に腹圧が低下し血圧の急変も予想されたが、どうやら大血管の破綻ではないなと万吉は予想した。
そして、左半身の紫斑と合わせてある臓器に当たりをつけていた。
「脾臓血管を遮断する。ここが裂けている」
脾臓、腹腔内臓器で若齢期には造血器官として働き、成長すると血球の教育機関のような働きも行っているが、切除し取り除いても生命維持には問題がない臓器。
その脾臓が潰れ、一部が裂けておりそこから出血を起こしていたのだ。
脾臓に流れ込む血管を鉗子で止め、内部に生理食塩水を入れ洗浄をする。
数回の洗浄を行い、血がにじむ箇所がないかどうかを確認する。
「責任病変は脾臓の外傷性破壊によるものだと判断する。
これから脾臓全摘出術に移行する」
万吉は自分自身に確認するようにそう告げて次の手技へと移行する。
「シーリング準備できてるニャ」
「ありがとう」
シーリングマシン。血管を切除するときに糸などで縫合してから切るのだが、それを電気メスの応用で血管を凝固し切断することを可能にする医療機器で、血管を結紮し切断するよりも遥かに早い時間でそれを可能にする。
また、糸という生体にとっての異物を体内に残さずに処置ができるために、非常に優れた医療機械の一つだ。
万吉は若い頃はこういった機械に頼らずきちんとした結紮の技術を叩き込まれたが、師匠に許しを得ることが出来たためにこういった機械も導入した。
「技術は大事だが、患者の命はその何倍も大事だ。使えるものは使う」
師匠の言葉だ。
そして、今、その優れた医療機械が一人の患者を救っている。
「脾臓摘出完了、もう一度腹部の観察をして問題がなければ閉腹する」
「バイタルが改善してるニャ」
「……しかし、驚いたよ。もふもふ、凄いな。師匠がいるみたいにやりやすかった」
「そうニャ、龍二のノウハウが生きてるニャ、この世界で動物を救うのに、万吉にとって一番の助けになるという神様の粋な計らいニャ」
「……本当に、本当にありがとうございます神様!
多臓器に異常なし、閉腹に移ります」
こうして、異世界での初めての手術は無事に成功するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます