第2話 さっそく廃業
……身体が……熱い……
俺は……一体、どうしたんだ……?
万吉の身体は、ふわふわと浮いていた。
周囲には何もない。
薄っすらと光に照らされた空間に、ふわふわと浮いていた。
「全く……お前は本当にどこまでも馬鹿なのニャ」
「だ、誰だ!?」
「落ち着いてよく見るのニャ、そうすれば、視えるにゃ」
万吉は一度息吹による深呼吸を行い、再び目を開き視た。
自分の体の上に、見慣れた存在がちょこんと座っていた。
「も、もふもふ!! 無事だったのか!?」
「……隠し事をしても仕方ないから、伝えるにゃ。
残念ながら我が依代は……死んだにゃ」
「……え?」
万吉の身体が揺らいだように見えた。
「落ち着くのにゃ。あの事故、トラックの爆発事故によってあの一帯は大規模な火災になったにゃ。奇跡的に犠牲者は一人と一匹、つまり、万吉と依代だけで済んだにゃ」
「あの子は助かったのか!?」
「……どこまでも自分よりも……いや、その御蔭であのお方の目に止まったんだにゃ、……あの眷属は助かった。奇跡的にお主の無駄にでかい体で守られ、治療もうまくいって飼い主の元へと帰れたにゃ」
「よかったぁ……って、ことは、俺とモフモフだけが死んで、ここは死後の世界ってこと?」
「ふむ、現状の理解が早いにゃ。あんな本やら物語ばっかり視ているだけはあるにゃ」
「え……もしかして……異世界転生とか?」
「正解にゃ」
「よ、よっ……しゃあ?」
「なんにゃ? もっと喜ぶかと思っておったにゃ」
「いや、なんか、嬉しい気持ちもあるけど、新しい病院ができて、まさに今からってときにこうなると、複雑というか……」
「あの男は、烈火の如く怒り狂っておったにゃ」
「……師匠……ですよね……」
万吉の表情に、このとき初めて影が落ちた。
師に対して、最もやってはいけないお返しをしてしまったことを痛感したからだった。
「あの眷属の治療をしてくれたのも奴にゃ。難しかっただろうに、お主へのせめてもの手向けだと……」
「師匠……すみません……」
万吉の瞳から涙は流れなかったが、心は泣いていた……
「さて、万吉、転生の話にもどるのにゃ。あまり時間がないにゃ」
「ああ、わかった」
「さるお方が、お主の生き様に興味を持って、自らが管理する世界へと呼びたがっているのにゃ。その世界は、万吉が好きそうな世界になっているにゃ。
しかも、その世界で求められるのは、あの男との約束を果たすことにもつながるのにゃ。悪い話じゃないにゃ。まぁ、多少大変ではあるにゃが」
「行くよ」
「……そういうと思ったにゃ」
「俺はまだ、師匠に何も返せていない。
俺の力を、何も生かしていない。
俺が役に立つなら、やるよ」
「にゃ。『その意気や良し! 我が力、この眷属に与え、お主の力になろう!』」
ずんっと存在の波動がつよくなり、万吉の胸にずしりのしかかる。
「ぬ、ぐ……」
『おお、すまぬ』
スッ……もふもふのプレッシャーが軽くなる。
『時間もない、手短に話すぞ、お主には我が眷属たちが住まう世界に行ってもらう。
なに、やることは、獣医師だったか? あれと似たようなことでもしてもらえればいい。お主にはあの新しき城とこの眷属を与える。自由に使え。
それと……』
もふもふの肉球が万吉の額をプニッと触る。
かっ! っと万吉の身体が輝き出す。
『これほどとは……毎度あの世界の者たちはもったいない。これだけの力がありながらそれを顕現することが出来ぬとは、まさに猫に小判じゃな。おっと、そろそろ時間じゃな、頼んだぞ万吉、機会があればまた会おう!』
「あ……ありがとうございます!!」
浮遊していた身体が、急に重さを取り戻し、落下していく。
もふもふが俺の上でばたばたしていたので抱きしめる。
「わしも行くとか聞いてないのにゃ……全く……」
「なんか、悪いねもふもふ、これからもよろしくね」
「仕方ないにゃ」
そのまま一人と一匹は落ちていくでありました。
どさっ。
「ぐえっ!」
カエルが潰れたような声と同時に、万吉は地面に落下した。
無様に倒れた万吉の胸部にしゅたっともふもふが着地する。
「……もふもふ、なんか神々しくなってない?」
「ふむ、一時とは言え柱を身に降ろした影響にゃ……他にもいろいろと変わってるにゃ」
「そうなんだ……って喋ってる!!」
「何を今更……にゃ」
「ま、まぁそうなんだけど……よっこいしょっと、こ、これが、異世界……」
荒れた土がむき出しの丘の周囲は青々とした草原が広がっている。
少し高くなっているせいで気持ちの良い風が抜けていく。
空を見上げると大きな太陽と……
「なんだあのデカい月は……」
昼だというのに太陽の4倍はありそうな巨大な月に似た星が空に浮かんでいる。
「本当に、異世界なんだな……」
万吉は自分の言葉に身震いした。
「とりあえず、目的を見つけるにゃ、道すがら頂いた力の話もするにゃ」
ぴょんと万吉の肩に乗るもふもふ、現実の猫の姿よりも毛艶もよく、若々しく動きも軽い。
「もふもふ、若返ったな」
「たぶん生物としての格が上がったのにゃ」
「猫又的な?」
「失礼にゃ、妖怪ではなく聖獣に近いのにゃ!」
「ごめんごめん」
丘から周囲を見回して、ちょうど遠くに森と川が見えたので、目的の方向はそちらへと決めた。
まずは水の確保、そして森があればいろいろな道具を手に入れられる。
「本当の手ぶらで自足キャンプ生活かぁ……久しぶりだなぁ」
「キャンプ? 野宿などしないにゃ。
よし、まずは水辺についたら万吉の力を見せるにゃ。
走れ 走れ万吉!」
「わ、わかったよ」
万吉は驚いた。大地を蹴り出して走り始めると、とんでもない速度で走っている。自分が。
草原をかき分け、大地を踏みしめるととんでもない速度で加速して、まるで地面の上を飛んでいるような感覚に襲われている。
「な、なんだこれっ!」
「これも力の一つにゃ、あの世界の人間は物凄い縛りプレイで生活しているにゃ。
その制限が解ければこれくらいは楽勝にゃ、特に万吉は馬鹿みたいに鍛えていたから常人とはかけ離れているにゃ」
かなり距離があるように見えた川が、ずんずんと目前に迫ってくる。
まるでスポーツカーにでものっているかのようだ。
身体は驚くほどに軽く、本気を出せばもっともっと早く移動ができそうだ。
ジョギングくらいの気持ちでそんな速度で移動できている。
速度に合わせて景色も状況もとんでもない速度で変化しているが、万吉はそれらをきちんと把握して対応することも出来ている。
「うおっ、すっげ……っ!」
いわゆるチート能力を実感して、万吉は興奮している。
そんな速度の肩の上でモフモフも優雅にくつろいでいる。
あっという間に川原へと到着し、大きく跳躍し着地する。
振り返ると先程の丘陵ははるか先に視える。
「すげぇ……」
「そして、万吉の持つ力、それがモフモフ動物病院なのにゃ」
もふもふの声に振り返ると、万吉の眼前に、もふもふ動物病院が現れていたのだった。
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