第15話 別れ
倒れたユーサナギアの身体が、徐々に粒子のような物に変質していった。通常のモルスでは、一瞬にして蒸発するように消えてしまったが、彼の場合はゆっくりとした変化だった。
「やはり歳には勝てませんね……2人とも無事ですか?」
腰をトントンと叩きながら、アッシュがトボトボと歩いてくる。
「私のほうは少し負傷しただけですが……才佐くんは」
「いや、ぼくも何とか平気だよ……滅茶苦茶痛いけど」
「重々承知していますよ……念のため傷の具合を見せてください」
アッシュは、ぼくの傷をハンカチでぬぐいながら、ていねいに身体の点検をしていく。そこへ、わき腹を押さえながら、ばつが悪そうにサイファーがやって来た。
「悪いな……結局、お前たちに負担を掛けちまったみたいで……」
「サイファーこそ大丈夫?」
「ああ……なんとかな。できれば、オレ1人で押し切るつもりだったんだが……」
「……前の戦いでは、ぼくだった頃のサイファーがとどめを刺したんでしょう?」
サイファーは、朝霧才佐つまりぼくが最後の一撃を与えられることはわかっていたはず。それにもかかわらず、なぜそんなことをしようとしたのか疑問を覚えた。
「まあ……そうなんだが。できればおまえらに負担を強いるような状況は避けたかったんだよ。それに――」
彼はチラリとフィリアのほうを見た。言いたいことはなんとなくわかる。ユーサナギアからフィリアへの最後の一振りは寸止めに終わったが、次も止めてくれるとは限らない。いくら未来の自分の行為ことだとしても、今の自分の意思とは異なるため確信が持てない。できればあの状況にしたくなかったという、サイファーの気持ちは理解できた。
「……傷だらけではありますが大丈夫そうですね。さてと、私はそろそろ戻るとします」
ぼくの身体検査を終えたアッシュが身だしなみを整えている。
「オレも帰るぜ。この世界はなんとかなったみたいだし……とにかく疲れた」
サイファーも頭をぼりぼりとかきながら、つぶやいた。
「もう? そんなに急がなくても……」
「忘れたんですか? 彼を倒した以上、じきにシステムの崩壊が始まってしまいます。あまりグズグズしていると帰れなくなってしまいますよ?」
アッシュの視線の先には、身体が4分の1ほど粒子化したユーサナギアの姿がある。
帰り支度を始めた2人にフィリアが深々と頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました。……お2人にはお世話になりました」
「礼なんていらねーよ。それよりも、これから大変だと思うけど頑張れよ。あと、フィリア……おまえはきっとイイ女になれると思う。余計なお世話かもしれないが、いつか恋愛もしてみるといい。人生が豊かになるぞ!」
「……やれやれ、そんなこと人に勧められてするものでもないでしょう? さて、フィリアさん。あなたはとても聡明で魅力的な女性だと思います。ただ、少々天然なところもあるので、変な男に引っ掛からないように注意してくださいね」
「ちょっと何を言っているのかわかりませんが……覚えておきます」
「それじゃあ2人とも、またな!」
「身体には、くれぐれも気をつけてくださいね」
「ちょ、ちょっと待ってよ! ぼくにも何かないの? アドバイスみたいな、これから先どうしたらいいとか、これはやっておくべきとかさ?」
そのまま帰ってしまいそうな2人を呼び止めて、ぼくは声を上げる。彼らはお互い顔を見合合わせたかと思うと、フッと笑ってこちらを向いた。
「好きに生きりゃいい。オマエの人生だろ?」
「その通りです。キミがやるべきと思ったことをやればいいんですよ」
それだけ言うと2人は、あっさりと帰還用のワードを唱えて、その場から消えてしまった。
「なんだよ、もう! 2人とも薄情すぎない? ぼくが同じ立場なら、色々助言したのに?」
「……才佐くんを信じているんだと思いますよ?」
ぼくとフィリアの2人だけになってしまい、気まずい沈黙がおとずれた。
「ええと、ぼくもそろそろ行かなくちゃ……」
「才佐くん……あなたにはなんとお礼を言っていいか、わかりません」
「ううん、ぼくのほうこそありがとう! 大変だったけど、すごく楽しかった」
「……何かお礼をしたいのですが、何も差し上げるものがありません」
「いや、気にしないでよ……時間も残されてないみたいだし」
「でも、私は助けてもらうばかりで……」
「ぼくだってさっき助けてもらったよ」
「それでも、まだ返したりません!」
フィリアにはこういう頑固なところがあるのだ。何か要求しないと、引き下がってくれそうになかった。
「……それじゃあさ、最後に笑ってくれないかな……」
「笑う……私、笑ったことありませんでしたか?」
「いや、ぼくがちゃんと見たことがなかったんだよ」
「そんなことでよろしいのでしたら……」
「もう二度……そうじゃなかった。ぼくからすれば、しばらくキミに会うことができないから、思い出にしたいんだ」
それを聞いたフィリアの顔には涙があふれていた。
「えっ!? ど、どうしたの……どこか痛むの?」
「ち、違うんです。自分でも……よくわからないんですが、才佐くんにもう、会えないだって思ったら……涙が勝手に」
「…………」
14年後にサイファーとなってこの世界を訪れるぼくとは異なり、フィリアはこのまま時を進めることになるので、ぼくと会うのはこれが最後になってしまう。
「ごめんなさい……笑いたいのに、止まってくれないんです……」
「…………」
「やっぱり、私には欠陥が……感情のコントロールすらできないなんて……」
ぼくは黙ってフィリアを抱きしめた。
「いいよ。無理しなくて……それが人間なんだからさ」
「うぐ……ぐすっ……ひっく」
「……もしも、次にキミと会えたら笑ってくれるかな?」
「はいっ……必ず、その時までに……練習しておきますから……」
「うん、楽しみにしてる……」
「また、お会いしましょう才佐くん」
「……じゃあ、またね」
最後までフィリアのぬくもりを感じていたかったので、ぼくはそのままの状態で帰還用のワードを唱えた。
「リディル・イン・ポステルム」
マキリスが強い光を放ち、ぼくの身体を包み込んでいった――。
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