第14話 決戦

ぼくたち4人は、マーテル・マキリスの内部へと侵入した。

キサラギ博士から、時間操作がほどこされていると聞いてはいたが、ただ歩いているだけでも異様さは伝わってくる。

一歩足を踏み出すだけでも、気が遠くなるほど長い時間が経過したようにも感じられるが、同時に自分が一瞬にして数歩先に移動してしまったような感覚も覚える。

意識を集中していないと、自分が今どこにいるのかすら見失ってしまう――そんな空間だった。


「今からしばらく階段を登っていきます。足を踏み外さないように気をしっかり持っていてください」


先頭を歩いていたアッシュが、前を向いたまま警告をした。

塔の壁面に沿って螺旋階段が設置されており、どうやらここを登って上を目指すらしい。


「ここを登り切ったらユーサナギアと対峙することになりますが……おそらく戦いは避けられないでしょう。そうなった場合、彼とは私とサイファー、朝霧くんの3人で戦います」

「そんな! ここまで来たんですから私にも戦わせてください?」


アッシュの提案に対して、即座に反応するフィリア。


「この塔はユーサナギアの支配下にあります。彼に近づけば近づくほど時間操作の干渉を受けてしまいますので、本人――つまり我々3人以外は戦うことすら困難なのです」

「で、でも……!」

「落ち着けって。フィリアにはコイツの後方にいて、フォローしてもらいたいんだよ。オレとアッシュはともかく、コイツにとっては初めての戦いだ。周りが見えなくなることも多いだろう? 少し離れた位置なら時間の干渉も受けづらいから、敵の動きをよく見て声を掛けてやってくれ」


 なおも食い下がろうとするフィリアに対して、サイファーがさとすように言った。ちなみにコイツというのは、ぼくのことだろう。しかし、まだ納得しかねるのか彼女は最終的にぼくにも何か言いたそうな視線を向けてきた。


「ぼ、ぼくとしても、フィリアが後ろにいてくれると心強いかな……」

「……仕方がありません。ただし、才佐くんが危なくなったら誰がなんと言おうと、助けに入りますからね」


 3人がかりで説得されては聞かないわけにいかないと思ったのか、ため息をつきながも一応は納得してくれた。


螺旋階段を登りきると大広間に出た。壁中になんらかの機材が敷きつめられており、マーテル・マキリスにとって、ここがとても重要な場所であることがうかがい知れた。無機質な空間でありながら、消毒液や血液の匂いがするのは気のせいだろうか?

部屋の一番奥に、おびただしい数のチューブにつながれた椅子が設置されており、そこに1人の男性が腰かけていた。おそらく彼が40年後のぼく――つまりユーサナギアなのだろう。


「やはり……来てしまうんだな」


 ユーサナギアの声はアッシュとよく似ていたが、ひどくかすれており痛々しい印象だ。

ぼくたちが武器を構えていると、アッシュがぼくらを制止するように右手を出した。


「少しだけでいいので、彼と話をさせていただけませんか?」


 ぼくとサイファーがこくりとうなずくと、アッシュは一言「ありがとう」とだけ言って、ユーサナギアのほうへと近づいて行く。


「久しぶりですね……あなたがアッシュだった頃以来なので、14年になりますか……」

「…………」

「あなたに聞きたいことがあります」

「…………」

「私がユーサナギアにならないようにするには、どうすればよいのでしょうか?」

「…………」

「色々と考えてみたのですが……私がこんなことをしでかす理由としては、家族のことが原因としか思えないんですよ」


今まで無反応だったユーサナギアが、ピクリと肩を動かした。


「やはり、そうですか……あなたは家族を失ったんですね」

「……黙れ」

「何があったんですか? 理由を教えてください!」

「……ダマレ」

「朝霧才佐の家族が救えるのだとしたら、あなたにとっても悪い話ではないはずです」

「だまれぇえ!」


 咆哮するような声を上げて、ユーサナギアがアッシュに襲い掛かってきた。

ぼくがハッキリ見えたのは椅子から腰を上げるところまでで、次に把握できたのはアッシュの構えた盾に、日本刀のような形状の物を叩きつけるユーサナギアの姿だった。見たところあの武器もマキリスで造り出したのだろう。

椅子からアッシュまでの距離は、ざっと見て7~8メートルぐらいはあったはず。油断していたつもりはないが、一切動きは見えなかった。


「……私が救いたいのはオマエの家族じゃない! オレの家族だ!! 大切なものをぼくの手で取り戻すんだ!」


 ユーサナギアの悲痛な叫び声が辺りにこだまする。なんとなく理解した。彼は失った自分の家族を取り戻すために、マーテル・マキリスを――タイムマシンを使用するに至ったのだろう。

 滅茶苦茶な軌道の斬撃を、盾を使ってなんとか回避するアッシュ。いまのところ攻撃を受けた様子はないが、相手の動きが速すぎるせいで反撃する暇もなく防戦一方だ。


「……相手はあの通り正気を失っている。にもかかわらず、あの速度に見えるってことは、たぶんここにいる誰よりも時間に対する干渉力が高い。挟み撃ちにするから少しでも隙を見つけたら、躊躇しないで斬りかかれ。お前は右、オレは左から行くぞ!」

「はい!」


 サイファーと呼吸を合わせて、ユーサナギアの死角から斬りかかるも、まるでそこに来ることを予測していたかのように日本刀で弾かれてしまう。それはそうだろう。彼は、ぼく自身であり、サイファーであったこともあるのだ。攻撃手段などはすべてお見通しなのだろう。


 アッシュが盾で攻撃をさばきつつ、相手がバランスをくずしたところに、サイファーとぼくで攻撃を繰り出す。それを何度も何度も繰り返すが、いまだに決定打は一度も与えていない。

この塔の中で体感時間を計測する意味がないことはわかっているが、もうすでに何時間も戦い続けているような気さえする。自分がどれぐらいの時間戦い続けているのかわからないというのは、こんなにも体力をと精神力を消耗されるものなのか。

攻撃を当てるにはユーサナギアに近づかなければならないが、近づけば近づくほど相手の動きは早く、そしてこちらの動きが遅く感じられるというジレンマに陥ってしまう。

 感覚としては、こちらが一度斬りかかるには相手からの5度の斬撃をくぐり抜けなければならないという具合だ。

 しかも、ぼくの場合はそれらの攻撃がすべて見えているわけではなく、後方からのフィリアによる指示を受けて、かろうじて回避できているという有様だった。

 自分はフィリアによるサポートで被弾せずにすんでいたが、アッシュとサイファーは攻撃をかわし切れないのか、時折彼らのうめき声が聞こえてくる。


特にサイファーのほうはかぎ爪という武器の特性上、最も接近しなくはならないため、敵からの攻撃にさらされることも多い。肩や腕など、身体のところどころから出血しているのが見て取れた。

サイファーは薙ぎ払われる日本刀を、片手で弾いたかと思えば、すかさずもう片方の手で閃光のような拳を突き出す。痛みも相当あるはずなのに、それを感じさせないほど鋭い身のこなしは見事というほかない。

だが、そんなサイファーの研ぎ澄まされた連撃も一度たりとも、相手に届きえないという状況に絶望してしまう。

ぼく達3人の中で最も強いサイファーでも太刀打ちできないのであれば、ユーサナギアに勝つことなど不可能なのではないか? そんな考えが一瞬よぎってしまった。


「朝霧くん、諦めないでください!」


 肩を落としていたぼくにアッシュが叱るように、それでいて優しい口調で声を掛けてきた。


「よく聞いてください。ユーサナギアはおそらく……モルス化してします」

「……死んでいるってことですか?」

「ええ、そうじゃないと、あれだけ動いて疲弊しない理由がつきません」


 確かにぼくは疲労が溜まっていたし、目の前にいるアッシュも息を切らせていた。彼よりも年上のユーサナギアが動き続けられる理由に説明がつかない。そうだとすれば――。


「それじゃ一撃でも攻撃を入れられれば……」

「はい、我々の勝利です」

「……でも、できるでしょうか?」

「……できなければ彼女の未来を守ることができません」


 アッシュはそう言うと、ぼくの後方に位置していたフィリアを一瞥した。

 そうだ。ぼくはフィリアの世界を守るために、戦うことを選んだんだ。


「……次にサイファーが攻撃をしのいだと同時に仕掛けます! 私が敵に突進して盾で視野を奪います。キミはその瞬間に死角から斬りかかってください!」

「わかりました!」


ユーサナギアによる数えきれないほどの斬撃をかぎ爪でさばき続けたが、最後の一太刀をわき腹に受けてしまい、サイファーの身体がくの字に曲がる。想定していた事態と異なっていたのか、アッシュが「くっ!」と悔しそうな言葉を漏らすが、このままではサイファーが危険にさらされてしまうと判断したのか、予定通り盾を正面に構えて突進を開始した。

ぼくはアッシュとは反対の方向からユーサナギアに近づき斬りかかろうとするが、大剣を振りかぶった瞬間見えたのは、肩口を斬りつけられるアッシュの姿だった。

相手からしてみれば、最も手数の多いサイファーによる攻撃が止んだので、盾の側面に回り込みつつアッシュを斬りつけるほどの余裕が生まれたのだろう。


「才佐くん! 後ろです!!」


 フィリアの切羽つまった声に意識を取り戻した。ハッとして振り返ると、ユーサナギアの振るう日本刀が迫ってきているところだったが、間一髪でかわすことができた。フィリアの声がなかったとしたら、今の一撃で勝負はついていただろう。

 少しでも思考を他に回すと、一瞬にして時間が飛んでしまう感覚に襲われる。今やるべきことは戦いに集中すること、そしてフィリアを守ることだ。


 たった一撃。その一太刀がこれほど難しいとは思わなかった。フィリアのおかげで相手からの致命的な攻撃は避けられているが、こちらから攻撃する隙はまるでない。その上、自分の腕がしびれてきて、思うように動かなくなっていたのだ。

気持ちをしっかりと保っておかないといけないというのに、また心が折れそうになっている。


「危ないっ!」


 その声が聞こえた瞬間感じたのは「ああ、これはもう間に合わないな……」という感想だった。ユーサナギアの振り下ろした刀がぼくの頭上数センチのところまで迫っていたのに気づいたからだ。

 上からの衝撃に覚悟した時、ぼくの身体は横から突撃してきた何かに突き飛ばされた。結果的に振り下ろされる刀から、自分自身は逃れられたが、代わりにその何かが斬りつけられてしまったようだ。


「……うぅ!」


 ぼくに覆いかぶさりながらうめくフィリアを見て、何が起こったのかを理解した。彼女はぼくが敵の攻撃を回避できないと判断するや否や、自分の危険もかえりみずに飛び出してきてしまったのだろう。


「フィリア?」

「……だ、大丈夫です。私がなんとか時間を稼ぎますから、その間に元の時代へ帰還を……」

「ごめん、それは聞けない。ぼくはキミを助けるって決めたんだ!」

「才佐くん……」


 この世界から逃げられるぼくと違って、逃げられない彼女を置いて行くわけにはいかない。もし帰るとしたら、この世界を救ってからだ!

 ぼくは疲労で崩れ落ちそうな身体を、気持ちで奮い立たせて敵に向かって飛び掛かった。


「でりゃあぁぁ!」


 防戦一方だった先ほどまでとは異なり、ぼくからの攻撃回数が増していた。自分の身体能力が上がったり、相手が遅くなったりしたわけではない。たった一撃を加えるために、防御や回避を捨てているだけだ。

確かに相手の斬撃に対して気を配れば、致命傷は避けられるかもしれない。だが、それではこの戦いに勝つことはできない。敵が5回の攻撃を繰り出し来るのなら、それらすべてに耐えきりこちらは一撃を返す。作戦と呼ぶこともできない、愚直な方法を選んだに過ぎないのだ。

 襲い掛かる刃が、額をかすめ、腹をえぐり、肩を打ち抜く。全身がひどく痛み意識を失いそうになるのを、歯を食いしばり必死に耐え、力の限り剣を振るう――。

 そんな状態がしばらく続いていたが、いつの間にか相手からの攻撃が止んでいた。


「……なぜ、おまえは諦めない?」


 ユーサナギアが武器を構えたまま、問いかけてきたのだ。その目は、ぼくを見ているようで、何も見ていないような深く静かな瞳だった。


「あなたに……ぼくだった頃があるのなら、わかるはずだ!」

「……」

「絶対に守りたいものが……あるからです?」

「……それが、できなかったからこそ私がいる」


「才佐くんは……あなたのような存在にはなりません! 私がさせません?」


 暗い沈黙を打ち破ったのはフィリアだった。


「どれだけ時間が掛かっても、私は過去に行く方法を見つけます! そして、必ず才佐くんを止めてみせます」

「……」

「あなたと旅をしたフィリアも、きっと同じことを考えていたに違いありません」

「……おまえに何がわかる!」

「私だからこそ、わかるんです」


 その言葉に激昂したユーサナギはフィリアの方向へ駆け出した。彼女は突然のことで反応できずにいるようだ。ぼくもすぐに動き出すが、すでにユーサナギアの振るう刀がフィリアの寸前まで迫っていた。

このままいけば、ぼくが振るう大剣がユーサナギアに斬りつけるよりも早く、彼の刀がフィリアに到達してしまう。

 集中力を極限まで研ぎ澄ませているため、辺りの景色がスローモーションに見える。そのせいか徐々にフィリアに迫る刀が静止して見えた。

 時間が止まってしまったのか? と錯覚したが、ぼくは動けているので、そんなことはないのだろう。考えられることとしては、ユーサナギアが自ら手を止めたのだろう。

 考えてみれば当然のことかもしれない。フィリアに対して武器を振るい、意図的に傷つけるなんてマネは、ぼくには絶対にできないのだ。今の自分にできないことは、きっと何年たってもできないのだろう。

ぼくは40年経っても変わらない想いを抱いていた、自分自身に敬意を払いつつ、持っていた剣でユーサナギアの胴体を斬りぬいた――。

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