第13話 変えられること、変わらないもの
ラボの後方に位置する塔――マーテル・マキリスへは、ぼく、フィリア、アッシュ、サイファー、そしてキサラギ博士の5人で向かうことになった。大勢で行くことに意味はないというキサラギ博士の判断からだ。
「……サイファーとアッシュに確認したいことがある。どうしても先にハッキリさせておきたいんだが、2人が無事だということはこの作戦には成功する――いや、キミ達からすれば過去に成功したことがある、という認識で間違いないのか?」
キサラギ博士が口を開いた。アッシュがサイファーだった頃、そしてサイファーが朝霧才佐であった頃、2人はこの戦いに異なる立場で体験しているはず。つまりこの作戦についても体験済みであり、どういう結末を迎えるのかも知っているはず、と考えたのだろう。
「……たしかに私は過去に二度、ユーサナギアと戦い勝利しています。ですが、以前の戦い同様に、今回も勝てるかどうかと問われれば……正直確信が持てません」
アッシュの言葉に博士が驚いた声を上げる。
「どういうことだい? キミ達は同じ戦いを繰り返しているわけではないのか?」
次の問いにはサイファーが応じた。
「……間違っちゃいないが、全く同じというわけじゃないんだよ。ここまでの旅でも、オレの記憶と食い違う出来事がいくつかあったしな。アッシュのほうもそうだろう?」
「ええ、おおむね一致していましたが、ところどころ異なっているようでしたね」
「……そんなことが起こりえるのか? いや、そもそも同一人物が同じ場面に遭遇したら、同じように行動してしまうものではないのか?」
「分かりやすく説明すると……」とサイファーは言いながら、水の入ったペットボトルを取り出しふたを開けて、ゴクリと一口飲み込んだ。
「……アッシュ。あんたはこのタイミングで水を飲んだ記憶はあるか?」
「いいえ、ありませんよ……」
「待ってくれ! 過去の自分が記憶にない行動をしたとしても、未来のキミには影響がないということか?」
「アンタの仮説通りってことだ。今オレ達が何らかの理由で命を落としたとしても、この時代のユーサナギアが消えることはない……なぜなら、この時代のユーサナギアの過去はすでに確定してしまっているからだ」
「我々3人……いえ4人には個別に時間軸が存在しているようです。それぞれの確定した過去は変えられませんが、未確定の未来のほうは変えられるということです」
それを聞いたキサラギ博士は、ハッとしたような表情した。
「そうか! アッシュにとっては過去の出来事でも、サイファーにとっての未来の出来事は選択次第で、変えられるということなのか?」
「その通りです。ここは朝霧才佐がユーサナギアになってしまった世界ですが、我々がユーサナギアになるとは限らないとはそういう意味ですね」
「そのかわりオレがサイファーとしてユーサナギアと戦うのはこれが初めて……つまり未確定の未来の話だから、勝てるかどうかも確定していないとも言える」
ぼくは大人3人の話を黙って聞いていた。しかし、話の内容が複雑過ぎて着いていけていない、というのが正直な感想だ。自分が何か口出しできる雰囲気でもないのでフィリアの様子を見ると、彼女はなんと泣きそうな顔をしている。
「フィリア、どうしたの?」
「才佐くんがユーサナギアにならずに済む道があるのだと思ったら、少し安心してしまって……本当によかったです」
「そっか、ありがとう」
「お礼は言わないでください。あなたが過去に戻ってしまったら、私にお手伝いできることはないんですから……」
そうだとしても、ぼくが世界を滅ぼさない未来をフィリアが望んでくれている。その事実にとても勇気づけられた気がする。ぼくがそんな感傷にひたっている間も、大人たちの難解な話は続いていた。
「……すると、キミたちはそれぞれ時代で、世界の崩壊を防ぐことができるのか?」
「理屈としてはそうなります。将来、私がユーサナギア・システムと同化しなければ済む、という話ですから。無論、世界を崩壊させたいという願望もありませんし……」
「それが、この件のポイントだ。世界崩壊の『原因』はわかり切っている。要はあの塔が完成してもアッシュが近づかなければいいだけだ。問題は『動機』のほうで『なぜ』そんなことをしたかがわからないなら対処のしようがない」
「私の時代にもマーテル・マキリスは完成していませんし、今のところタイムマシンを使ってまでやり直したいことなどありませんよ。世界と引き換えにしてまで、取り戻したい存在があるとすれば……」
「おっと、話はここまでにしておこう。入り口が見えてきた……」
キサラギ博士が指し示す方向に、ラボの入り口にあったゲートをもう少し厳重にした門が立ちはだかっている。
「いいかい、よく聞いてくれ。この塔の中は、すでに時間操作の影響を受けている。マキリスの使用者でないと、まともに動くことすらできない。だから、突入に関してはキミ達4人に任せることになってしまう」
ぼくたち4人がうなずく。それを確認してから博士が続きを話す。
「注意してほしいのはここからだ。朝霧くん、アッシュ、サイファーの3人は、ユーサナギアを止められない、あるいは戦いの継続が困難だと判断したら、各々の判断で自分の世界、というか時代へ帰還してほしい。間違っても退却のタイミングは見誤らないように……私はこれ以上、誰かに犠牲になってほしくないんだ」
今度はだれもうなずかなかったが、了承したと判断したのか次の説明に移った。
「あとは、無事ユーサナギアを止められた場合について。このケースでも戦闘後は、すみやかに元の世界へ帰還してほしい。おそらく、ユーサナギアがシステムから切り離された瞬間から、マーテル・マキリスの崩壊が始まってしまうだろう。私が外側の端末からできる限り時間は稼ぐが、あまり時間は取れないと思ってくれ」
キサラギ博士はそこまで言い終わると、深呼吸してぼくたちの顔を見回した。
「戦いの結果がどうあれ、キミ達とはここでお別れになってしまう。だから、改めて言わせてもらいたい。この世界のために力を貸してくれてありがとう。心からお礼を言うよ」
そう言って、ぼく達に向かって深々と頭を下げた。
「……礼には及びませんよ。私は自分の都合で手を貸しているに過ぎませんから。それに我々よりもこの世界に残されるあなたのほうが大変でしょう? 今後の健闘をお祈りしますよ」
「そうだな。余計なお世話かもしれないが、支えになってくれる相手なんかがいると、自分でも信じられないほど頑張れたりするもんだ。そうだよな?」
アッシュの言葉を引き継いだサイファーが、ぼくの肩をポンと叩く。
「ぼくは、フィリアに幸せに笑っていてほしいだけだから……。これからもフィリアのこと、よろしくお願いします」
ぼく達のコメントを聞いたキサラギ博士は、心底うれしそうに笑っていた。
「ははっ、いや、すまない……。同一人物でも年齢が違うと、こうも言うことがバラバラになってしまうのか思ったらおかしくなってしまってね。キミ達とはゆっくり語らう時間がほしかったよ……」
笑いが収まったあとに、彼はフィリアのほうを向いた。
「フィリア、キミのほうから彼らへ、何か言いたいことは無いのかい?」
「……言葉で何かを伝えるのは苦手なので、1つお願いがあるのですが、才佐くんたちと一緒に写真を撮らせていただけないでしょうか?」
「それは構わないが、カメラなんか持ってきてないよ……」
「ラボにいた子供たちに借りてきました。PP(プラスチック・ポラロイド)カメラというそうです」
フィリアは、子供用のおもちゃのようなカメラを取り出した。
「私がシャッターを押そう。じゃあ、朝霧くんたちはフィリアの周りに寄ってくれないかい?」
ぼく達はフィリアのそばに集まった。
「みんな表情が少し固いな。特にフィリア、写真というのは笑顔で映るものなんだよ?」
「……難しいですね」
「じゃあ、楽しかったことを思い浮かべて。ばそうだな……たとえば今回の旅について思い出してごらん……おお、なかなかいい顔だ。じゃー撮るよー」
「パチリ」とシャッターを切る音がした。
「ほら、フィリアこれが写真だ。カメラは私が預かっておこう」
博士はフィリアにハガキ大のカードを差し出した。硬めのクリアファイルのような材質で、防水加工が施されているようだが、今はまだ何も映っていない。
「現像までに少しだけ時間が掛かる……戦いのあとにでもゆっくり見るといい」
フィリアは写真を受け取ると、まるでお守りにするかのように大切そうに懐にしまっていた。
「それじゃあ作戦開始だ」
キサラギ博士のひと声に、ぼく達は気合を入れ直した。
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