第12話 アッシュとサイファーの正体

 キサラギ博士の長い話は終わった。

 聞きたいことは山ほどあったが、頭の整理が追い付かないのでうまく質問をまとめることができない。ただ、どうしても聞きたかったことだけ口にした。


「ぼくは……ユーサナギアは、なぜそんなことをしたのでしょうか?」

「動機については不明だよ……あの塔――マーテル・マキリスの開発陣もすべて亡くなってしまったしね。ただ、彼がこれからやろうとしていることはわかる。おそらく歴史の修正だ」

「どういうことです?」

「ユーサナギア・システムというのは、広範囲型タイムマシンでね。この世界ごと時間移動をすることができる……予定だった」

「予定?」

「ああ、まだ完成していないんだ。だから暴走して……この有様だよ。そして、彼はもう一度それを行なおうとしている。そうなればこの世界は終わりだろう……」


 その時、会議室の扉を勢いよく開けて、白衣を着た研究員が飛び込んで来た。


「キサラギ博士! 大変です。マーテル・マキリスに反応が!!」


 その報告に事態を察したのか、キサラギ博士はぼくに深々と頭を下げる。


「朝霧才佐くん! もう時間がない。非常識なお願いをしているのはわかっているが頼む!! ユーサナギアを止めるために、キミの力を貸してくれないだろうか?」

「そんな急に、言われても……」

「……戦えないというのならば、それもしかたないと思う。ただ、それならば一刻も早く、元の世界へ戻るべきだ!」

「どうしてですか!?」

「ユーサナギアの暴走が始まってしまっては、マキリスの転移システムが使えなくなってしまう。このままではキミは元の時代へ帰れなくなってしまうんだよ!」

「ぼ、ぼくは……」

「こんなことに巻き込んでしまって、本当にすまないと思っている。これは我々の世界の問題だ。キミまで付き合うことはない」

「でも、こうなってしまったのは、ぼくのせいなんですよね?」

「……さっきフィリアが言った通りだ。少なくとも今のキミにはなんの罪もない。責任を感じる必要なんてないんだよ」


 未来の自分と戦うのか、逃げるのか、今すぐ決断しなくてはならない。

 どうしてこういう時だけ、時間は一瞬で過ぎてしまうのだろう。

 ぼくには考える時間も与えられないのだろうか?

 ここで仮に世界を救ったとしても、結局ぼくは世界を滅ぼした敵となり、そして過去の自分によって倒される。それは一体、どんな地獄だっていうんだ!?


「ぼくがユーサナギアを倒したとしても、40年後にユーサナギアになってしまう……」

「いいえ、そうとは限りませんよ」


ぐるぐると思考の迷路に迷い込んでいたぼくの肩を、アッシュが優しく撫でた。


「ユーサナギアにとって、朝霧才佐が……あなたが過去の姿であるのは間違いありません。ですが、あなたの未来の姿がユーサナギアであるとは言い切れないのです」

「どうしてアッシュに、そんなことが言えるんですか!」


 ぼくは半泣きになりながら叫んでいた。


「それは……私が、あなたの26年後の朝霧才佐だからですよ」

「そして、オレが13年後のオマエの姿だ」


いつの間にか、サイファーもぼくのそばに立っていた。


「2人とも……何を言っているのさ!?」

「オマエも、もう気づいているんだろう? 少なくともオレは、もっと早いタイミングで察していたけどな」


 サイファーが不敵な笑みを浮かべている。彼の言いたいことはなんとなくわかった。ぼくだって、この世界が異世界ではないことや、サイファーやアッシュに自分と共通点があることは薄々察していたのだ。それでも、2人が自分の未来の姿だなんて思ってもみなかった。


「2人がぼく自身なら、2人がユーサナギアと戦ってよ! ぼくにはまだ、決められない……」

「それは難しいですね。ユーサナギアは決死の覚悟で迎え撃ってくるでしょう。私の経験上、3人がかりでようやく五分で戦えるかどうかというところです。キミにその気があるのなら全力でサポートしますが、戦えないというのなら私はこの件から降りたいと思います」

「そんな……」


 アッシュは、ぼくの決断に任せると言外ににじませた。サイファーのほうはどう考えているのだろうか?


「悪いがオレも同意見だ。手は貸してもいいが、自分一人で行くのは断らせてもらう。ここで死ぬわけにはいかないんでな。要はオマエ次第ってことだよ」


 なんで、こんな大事なことをぼくに決めさせるんだ! フィリアがいる世界なのに!! そうだ、フィリアだ。彼女に決めてもらえばいい。


「フィリア! キミは、ぼくにどうしてほしい?」

「才佐くんは、ずっと私を助けてくれました。してあげたいことはたくさんありますが、してほしいことは、もうありません……」

「悲しそうな顔で、そんなこと言わないでよ……ぼくはキミに」


 そうだ、ぼくはフィリアに笑ってほしいんだった。そのためには彼女がこれから先、幸せに生きていける世界が必要だ。ぼくがここで迷ってしまっては、その願いが叶えられることはないだろう。ぼくとサイファー、アッシュ以外の人間は、ユーサナギアを止める以外に生き延びる方法はないのだから。

 未来の自分と戦う理由はそれで充分だ。ぼくが、ユーサナギアになってしまうには40年の猶予がある。でも、この世界にはもう時間が残されていないのだ。


「行こう! ユーサナギアを止めに!!」


フィリアを真っ直ぐに見つめてそう言った。

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