第11話 フィリア、転移前の回想

「それでは、私の任務は40年前へ行き、朝霧才佐あさぎりさいさという人物を連れて来るというわけですね?」

「ああ。彼はマーテル・マキリスのユーサナギア・システムを起動させてしまった。朝霧才佐の遺伝情報が登録されてしまった以上、あの塔への干渉は本人以外に不可能だろう」


 私が作戦内容を確認するために問いかけると、目の前の男性・如月時人きさらぎときとは端末から視線を外さぬまま応えた。


「本人を連れてこなくても、過去に行った時に彼の命を奪うという方法も――」

「キミにそんなことはさせられないし、人の命を奪うことはいけないことだよ。それに私の理論が正しければ、その手段を取ったとしても、今のこの世界が変わることはないと思う」

「……なぜでしょうか?」

「朝霧才佐がマキリスと同化してしまった影響で、現在の時間移動は彼が存在している時間上にしか行き来することができない。つまり仮に過去で彼を殺したとしても、戻ってくる先はこの世界になると考えていいだろう」

「過去の世界に干渉したとしても、現在は変えられないと?」

「マキリスっていうのはね、いわゆる万能のタイムマシンとは違うんだ」


 博士はそこまで言うと、モニターに映ったマーテル・マキリスの映像を見つめながら続けた。


「あれはね、同化した人間の記憶を元にして、一時的に時をさかのぼることができる。それだけの装置なんだよ」


現在の朝霧才佐の記憶を元に時間移動をするため、彼が生存している時間軸でしか行き来はできない。仮に私が過去で朝霧才佐を殺めたとしても、今の彼にその記憶がないので、私が帰ってくる先は、転移前と変わらない世界になってしまうということなのだろう。

もしかしたら、朝霧才佐が居なくなった結果、分岐された別の世界というものが生み出される可能性は十分にあり得る。しかし今の私たちには、その世界について観測や移動する手段が無いというわけだ。


「しかし40年前である理由がよくわかりません」

「よくない言い方をすれば、相手をギリギリだませそうな年齢ってことかな。もっと大人ならこの話に乗って来ないだろうし、子供すぎると色んな意味でリスクが大きすぎる」

「世界を救うため、などという理由で協力してくれるでしょうか?」

「キミが真摯に頼み込めば大丈夫だと思うよ。男の子ってそういうところがあるし」

「理解はできませんが……やってみます」


 さまざまな手段を検討したが、最終的に如月博士が下した結論は、過去の朝霧才佐に協力を仰ぎ、この世界を救ってもらうというものだった。時間転移をするには、本人の意思が不可欠になる。そのため、ある程度納得して来てもらう必要があるのだ。


「注意点があるとすれば、この場所から時間移動したとしても、次にこの世界に戻ってきた時は、かなり離れた位置に転移するから気をつけてね」

「転移座標が、過去の朝霧才佐の位置に引っ張られてしまう――」

「ご名答。キミが戻ってくるのは、当時彼がいた場所の40年後になるってことだ」

「……やはり転移は一往復が限度なのでしょうか?」

「そうだね。一応、マキリスには動力を自動的に補充する機能はついている。けれど、転移に必要な分となると、おそらく10年以上は掛かるだろう。検証するにも時間が足りないよ」


 私は自分の右手にはめた指輪――リベリ・マキリスへと目を向けた。これはマーテル・マキリスと呼ばれる本体の機能を、限定的に使用することができるものだ。本体の補助を受けて動作するため小型化には成功したが、製造するための設備や人手が足らず、2点しか作ることができなかった。


「失敗は許されないというわけですね」

「……すまないね、フィリア。私が自分で行ければよかったんだけど」

「しかたありません。その能力を備えているのが、私なわけですし」

「とはいえ、朝霧才佐の――他人の時間軸を利用しての転移だから、キミの身体的負担がゼロになるわけじゃない。くれぐれも無理はしないようにね」

「はい。でも、その特異体質ですので有効に活用すべきでしょう」

「時間移動耐性か……まさか適正がないとタイムトラベルもできないなんてね」


 時間移動は人体に多大な影響を及ぼしてしまう――それがこの時代の定説となっていた。もし耐性のない人間が移動をしようとすれば、モルス化してしまうのだ。

耐性を持つ人間は、数万から数十万人に一人という割合で存在しており、私は耐性の持ち主のクローン体として生み出された。


「私の……レーギス・シリーズのオリジナルは、どんな人間だったのでしょうか?」

「ごめん。詳しいことはわからない……例の事故で資料は吹き飛んでしまってね。十数年前に見つかったらしいんだけど、彼女の存在がマキリスの開発に多大な貢献をしたとは聞いている」

「……そうでしたか、残念です」

「会ってみたかったかい? キミからすれば親みたいなものだし」

「クローン元なので、親というよりも私自身というほうが適切かもしれませんが……」

「自分自身との対話ってやつか。たしかに学びは大きそうだ……」

「過去、何人も存在したレーギス・シリーズが生きていれば、彼女達とのコミュニケーションを試みるのですが……ここまで成長できたのは私1人ですし」

「……そうだったね。だからキミは『唯一のフィリア』、あるいは『覚醒したフィリア』という意味から、『アルフィリア』と呼ばれることになったわけだし」

「……私は姉妹と同じく、フィリアと呼ばれることを望みます」

「そうか……ほかに聞いておきたいことはあるかい?」


 作戦の大まかな流れは理解した。あとは目的となる人物の確認だ。


「朝霧才佐の情報をあるだけ見せてください」

「事故で見つからなかったものもあるけど、可能な限り集めたよ。特に当時の顔はよく覚えておいてくれよ。別人を連れてきたりしたらシャレにもならない」

「……こうして見ると普通の少年ですね」

「そりゃそうだよ。この頃から世界を崩壊させようなんて思ってもいなかっただろうし」

「14歳の少年をだまして、未来の自分と戦わせるなんて、我々の手段は正しいのでしょうか?」

「わからない……いや違うな。たぶん正しくはない。それでも私はこの世界と、人々を守るために、今の自分にできることをやるしかない、と考えているよ」

「今の自分……ですか?」

「そう、未来でも、過去でもなく、今の自分だ。私も父の研究について、もう少し理解を示すべきだったと後悔しているよ……過去の自分が、今の自分のように考えていたらと……」

「よくわかりません……」

「いや、気にしないでくれ……最後に私の懸念を伝えておこう」


「この時代の朝霧才佐が……この言い方は紛らわしいな、我々の世界の彼のことは仮称として、ユーサナギアとしようか。ユーサナギアが、我々の計画をすでに知っているという可能性がある」

「ユーサナギアが14歳の朝霧才佐だった時に、ここへ連れてこられた時の記憶があると――」

「そうだね。かつてユーサナギアを倒した経験があるのだとすると、自分がユーサナギアの立場になった時は、倒されないような工夫をするのではないか? ということだ」

「複雑な話ですね……」

「うん。理屈の付け方として正しいかどうかもわからないけれど、我々はユーサナギアの目的達成を阻もうとしようとしているわけだから、相手がそのための対策をしていると考えるのが自然だろう」

「具体的にはどのようなものでしょうか?」

「イレギュラーな存在が現れたら、敵である可能性が高い……今はそれしか言えないね」

「それを見越したうえで、こちらはどのような対応を?」

「……この時代の情報をできるだけ隠すことだろうね。過去の朝霧才佐の介入をできるだけ抑えることができれば、たとえこの時代に来た記憶があったとしても、それほど脅威にはならないだろうから」

「つまり、彼にはできるだけ何もさせないようにしろと」

「早い話がそういうわけだ。できれば、ここが未来の世界であるというのも気づかれないようにしたい。……そうだな、たとえば『ここが異世界である』とでも思わせられれば一番いいのだろうけど」

「……嘘はあまり得意ではありません」

「ハハッ、わかっているよ。積極的に嘘をつけと言っている訳じゃないんだ。ただ、朝霧才佐の情報は何かの役に立つかもしれないから、可能な限り彼の情報は聞きだしてほしい」

「わかりました……」


 私は自分の身体がこわばっているのを自覚した。同年代の男性と交流することなど今までなかったのに、生まれて初めて関わるその対象が、この世界を滅ぼした張本人だというのだ。緊張しないわけがない。

 いくら少年とはいえ、潜在的に危険な思想や狂暴性を持った人物であるのは間違いないだろう。自分に適した任務とは思えなかったが、遂行可能な能力を備えているのが自分一人しかないということで了承した。

きっとこの世界を救うことが私の、いや私たちレーギス・シリーズの生まれた意味なのだろう。そう自分に言い聞かせていた。

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