第10話 キサラギ博士
「見えてきました。あれがラボです……」
翌日、泊まっていた施設から2時間ほど歩いたところでフィリアが言った。
少し無理をすれば昨日のうちに到着できる距離だったが、ぼくと話をするために、彼女はあえて昨日の場所で休息を取ることにしたのだろう。
途中、モルスと一度交戦することになったが、なんとか撃退することができた。前と比べて自分の動きが悪くなっていたかはわからない。彼らの正体を聞く前のぼくが、どんな風に戦っていたか、よく思い出せないからだ。
ラボは大型の病院を思わせる外観をしており、研究所と聞いていなければ病院にしか見えなかったと思う。近くまで寄ってみると、半透明の薄い膜のようなもので包まれているのが見えた。おそらくあれが対モルス用のシールドなのだろう。
研究所のすこし後方に建っている、全長二百メートルぐらいの塔がやたらと目につく。
「フィリア、あれは……?」
「あとで説明します。とりあえず中へ入りましょう……」
厳重に閉ざされた門へ到着すると、フィリアは情報端末のようなものを操作し始めた。
「才佐くん、こちらの穴へ指を入れてくれませんか?」
言われたとおりに、人差し指を入れてみる。すると第二関節ぐらいまで行ったところで奥に突き当たり、ジジッと何かを読み込むような音がした。痛みはないが、気味が悪かったので指を抜こうとすると、フィリアがそっと制止した。
「すこしだけガマンしてください……」
「う、うん……」
1分ほど続いた異音が収まり、ピコンと何かを知らせる合図音がした。
「完了しました……もう離しても大丈夫です」
「今の何だったの?」
「才佐くんの遺伝情報を登録しました。この施設には許可された遺伝情報を持つ人間でないと、立ち入ることができませんから」
「それじゃあ、アッシュとサイファーも……」
「いいえ必要ありません……そうですよね?」
フィリアが後ろにいた2人のほうを振り返りながら確認する。
「ああ……大丈夫だ」
「そうですね」
2人は揃ってフィリアの問いかけに肯定した。彼らはリベルタスからの依頼で動いていたので、この施設にも入ったことがあるのだろう。
「それでは中へ入りましょう」
ぼくたちはフィリアに続いて門をくぐり、建物の中へと向かっていった。
入り口の自動ドアを抜けると、白衣を着た集団がぼくたちを出迎えた。
「フィリア! よく帰ってきてくれた!! 予定よりも遅れていたから心配していたよ」
集団の先頭にいた男性がフィリアに向かって声を掛けて来た。年齢はサイファーと同じか少し上ぐらいだろうか? 柔和な笑みを浮かべているが、鋭い眼光を宿したそんな男だった。
「すみません、博士……」
「なにはともあれ無事でよかった……さて、キミが朝霧才佐くんかな?」
「あ、はい……」
顔は笑っているが目は笑っていないという形容が当てはまる、そんな表情だった。ぼくに値踏みをするような視線をひとしきり浴びせたあと、アッシュとサイファーのほうへ目を移した。
「それで……うしろの2人は?」
「協力者です……ここまでの護衛を依頼しました」
「……協力者ね、まあいい。詳しい話はあとにしよう。フィリア、彼らを第二会議室へ案内しておいてくれないか。我々も準備が済み次第、向かうから」
「承知しました」
ぼくたちはフィリアの案内でラボの中を進んでいった。研究所というぐらいだから、中にいるのは大人ばかりと思っていたが、子供や老人の姿もかなりの数を見かけた。
フィリアが言うには、この施設は孤児や避難民の受け入れなども、おこなっているらしい。居住区と思われる場所を抜けて少し歩くと、内装などの雰囲気が一変した。通路に無駄な装飾はなく人の気配も感じさせない、いわゆる研究所らしい場所へと入り込んだ。
「こちらです……」
フィリアは重たそうな扉の前で歩みを止め、ぼく達を中へと促した。
正面には大型モニターが設置され、長テーブルの周りには、座り心地のよさそうな椅子が10人分ほど並んでいる。ここだけ見れば大企業の会議室のようで、異世界感はまるでなかった。
しばらく待つようフィリアに言われたので、ここでの彼女のことについて尋ねてみようと思ったがやめておいた。あまりにも真剣に表情で考えごとをしていたので、邪魔をしては申し訳ないと思ったからだ。おまけにアッシュやサイファーも同じような顔しているのだ。
話す相手のいないぼくは、仕方がないのでモニターの横に設置してある掛け時計を見ていた。時計とは正しく時間を計測するためのものだが、こうしてじっと眺めていると通常よりも時間の経過が遅く感じるのはなぜだろうか? ぼんやりとそんなことを考えていたら、八分十八秒後に会議室の扉が開いた――。
「お待たせしてしまって申し訳ない! 準備に手間取ってしまってね」
博士と呼ばれた男性が、息を切らせながら部屋へと入ってきた。
「さて、自己紹介がまだだったね。私はリベルタスの代表をしている『キサラギ』という者だ。科学者でもあるから、博士でもキサラギでも好きに呼んでくれて構わないよ」
ぼくたちのリアクションは待たずに、キサラギ博士は話を続けた。
「さて、到着早々で申し訳ないが時間が惜しい。さっそく本題に入らせてもらうよ……朝霧才佐くん、キミは我々の目的を知っているかな?」
「えっと、モルスの発生源を――ユーサナギアを止めることだと聞いています」
「……その通り。ユーサナギアはマキリスと同化してしまってね。ぼく達では手出しができない状態なんだよ」
「ちょ、ちょっと待ってください! マキリスと同化!? どういう意味ですか?」
ぼくは自分の右手を見ながら疑問を口にした。
「なるほど、そこはまだ説明されてなかったみたいだね……ラボの裏に塔が見えただろ? あれがマキリスってことだよ」
「あの塔が……大型のマキリス」
「正確に言うならば、あれが本来のサイズで、キミ達が持っているのが小型のマキリスという位置づけだね。」
キサラギは教師のような口調で得意げに補足説明を披露してから、咳ばらいをした。
「失礼……話を戻そう。この世界は3ヶ月前に彼の起こした暴走事故により、このような状態になってしまった。それが近い内にもう一度起こるだろうと、我々は予想しているんだ」
「……近い内ってどれぐらいですか?」
「早ければ今日、楽観的に見ても1~2日といったところだろう」
「もうそれしか時間がないなんて……」
「そう、この世界の人類には時間が残されていない。だからキミには、できるだけ早くユーサナギアを止めてもらいたいんだよ」
「……なぜ、ぼくなんですか?」
「この世界では、マキリスの適正者がいないからだよ……そのために、人工的に造られたフィリアを除いてね」
フィリアが、マキリスを使うために人工的に造られたって!? 彼女のほうを見るとうつむいたままで、表情をうかがうことはできなかった。
「博士……才佐くんに本当のことを話しましょう」
「何を言っているんだ、フィリア!」
キサラギは見るからにうろたえていた。
「犯してもいない罪の責任を、才佐くんに取らせるのは間違いだと思います」
「考え直しなさい! 彼にとっても、知らぬままのほうがいいに決まっているだろう? それに彼が戦うことを拒否したら、この世界は救えないんだよ!!」
「そうだとしても、ここにいる朝霧才佐に罪はありません。それは博士……あなたも同じだと思いますよ」
「……何を言っているんだい?」
「博士の父親はマキリスの開発者でした……そのマキリスの暴走によって、この世界は壊れてしまった……あなたは、そのことに責任を感じていたはずです」
「そんなことまで察せられようになったのか……。少し会わない間に、ずいぶんと成長したんだねフィリア」
キサラギは寂しそうに笑っていた。それは子供の成長を目の当たりにした親のようだった。
「はい、いい旅でしたから」
「――そうか。わかった、本当のことを話そう……さてと、朝霧才佐くん」
「は、はい……」
「これからする話は、キミにとっていい話ではない。それでも聞きたいかい?」
「……そこまで言われたら、はい、と言うしかないと思います」
「ははっ、たしかにその通りだ。それじゃあ、あなたたちに聞くとしようか……」
キサラギは、アッシュとサイファーの2人のほうへ向き直った。
「朝霧才佐くんに、この世界の真実を話してもいいだろうか?」
なぜ、彼らに聞くのだろうか? ぼくの保護者にでも見えたのかもしれない。
「今コイツが自分で『はい』って言ったろ。自己責任だよ」
「そうですね。彼の意志を尊重してください」
珍しく2人の意見が、ピタリと一致していた。
「厳しいね……まあ、なんとなく気持ちはわかるけど」
キサラギはニヤリと笑ったあと、深呼吸をして背筋を伸ばした。
「薄々気づいているかもしれないが、ここは異世界なんかじゃない。キミがいた時代の40年後の世界――つまり未来にいることになる。そして……」
「ユーサナギア――彼は40年後の君の姿だ」
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