第9話 それぞれの戦う理由
「――明日には、リベルタスの本拠地にたどり着けると思います」
ある日の晩。4人で夕飯をとっている時にフィリアが切り出してきた。彼女が所属している組織であり、最終的な目的地として設定されていた場所だ。
大変なことも多かったが、この旅がもうすぐ終わってしまうのだと思うと、さみしさが込み上げてくる。ぼく達4人が正式にパーティを組んでから3日、つまりフィリアと出会ってから5日間が経過していた。
数日旅をして、この世界についてわかってきたことがある。今は崩壊してしまった街並みばかり目につくが、以前はかなりの文明を誇っていたということだ。
電気や水道などのライフラインが生きているところもあり、施設によっては洗濯や入浴をすることもできた。
ぼくたちは徒歩での移動に限られたが、おそらく自動車や列車などの交通手段も存在していたのだろう。ここに来る途中にそれらの残骸を目撃することもあった。
早い話この世界は、ぼくが元いた世界とそれほど変わらなかったというわけだ。
荒涼とした地をひたすら歩き続け、モルスと呼ばれるゾンビと戦って、泊まるところと言えば廃墟と化した元ホテル。そして、ようやくありつけた食べ物は非常食――当初、思い描いていた異世界の旅とはかなり異なる内容だったが、ぼくは心から楽しんでいた。
アッシュと語らい、サイファーと訓練をして、フィリアと食事をした。
大変な世界において、とても不謹慎なことだとは思うが、今まで生きて来た中で、最も充実した日々と言えるかもしれない。
「本拠地ってどんなところなの?」
「元々、研究所だった施設を利用しているので『ラボ』と呼ばれています。私の生まれたところでもあります……」
「へぇ、じゃあ実家に帰るみたいなものだね。フィリアの仲間にも会えるのかな?」
彼女の交友関係にも興味があったので話を振ってみたが、本人の表情には陰りが見える。
「なにか気になることでもあるの?」
「……実はラボには、異世界から来た人のことを、その快く思わない人間もいまして……」
「つまり、ぼくのことを嫌っている人もいるってこと?」
「……はい、その通りです。才佐くんには嫌な思いをさせてしまうかもしれません」
「ありがとう、フィリア」
「……えっ」
「だって、ぼくに気をつかってくれたんでしょう?」
「……え、ええ、まあ」
またこの顔だ。フィリアが親切にしてくれることは道中に何度かあった。だが、ぼくがお礼を言う度に、何とも言えない申し訳なさそうな顔をするのだ。自分としては彼女を困らせたいわけではないので、こうなってしまうと引き下がるしかない。
「ラボにはマキリスで戦える人間はいないんだろ。モルスの対処はどうしているんだ?」
気まずい空気になる前に、サイファーが話題をそらしてくれた。ナイスアシスト!
「建物の周りにシールドを張っているんです」
「そんなんで防げるもんなのか?」
「ええ、シールドを構成している材質は、マキリスの武器と同様のものですから」
「なるほど、指輪の仕組みを転用したわけですか」
アッシュがふむふむと興味深そうに聞いている。
「いいえ逆です。シールド技術を個人でも使えるよう、マキリスにはあとから追加しました」
「ほう……それでは最初に武器を想像させたのも、なにか関係が?」
「より強いイメージを持ったほうが明確に具現化できるから、ということらしいです」
ラボの防衛が対モルスに向けて作られているということは、この世界での主な脅威はモルスと考えて間違いないだろう。たしかに自分たちも、モルス以外の敵と遭遇したことはない。
「それじゃあ、ぼくたちの最終目標はモルスの親玉ってこと?」
「厳密に言えば異なりますが、発生源を停止させるという意味では間違いではありません」
戦い慣れた今の自分達だったら、いくらモルスが何百体と攻めてこようが物の数ではない。しかし、ボスが相手となると話は違ってくるだろう。ぼくは緊張してこぶしを握っていた。
「……どんなヤツが相手なんだろう」
「――ユーサナギアという人物です」
思わず出てしまった独り言に対して、しばらくしてからフィリアが答える。まさか、すんなり敵の親玉の名前が出て来るとは思わなかったので驚いた。
「フィリアは知っているの? その人のこと……」
「私だけではありません。この世界で知らない者はいないと思います」
「どうして?」
「この世界を崩壊させた張本人だからです」
「……今から3ヵ月ほど前のことです。ユーサナギアは、ある装置を暴走させました」
フィリアはぽつりぽつりと語り始めた。
「結果として街は破壊され、そして大勢の犠牲者が出たのです」
この世界が、なにかの災害に巻き込まれたのでは予想していたが、たった1人の人間によって引き起こされたとは思いもよらなかった。一体、何の目的でそんなことを?
「その事故の際に亡くなってしまった人たちが……モルスと呼ばれる者の正体です」
「ちょ、ちょっと待ってよ! モルスが人間だったってこと?」
ぼくは今まで何十体ものモルスを葬ってきた。あれら全てが人間だったなんて。自分は人を殺してしまったということなのか? 胃からすっぱいものがこみあげてくるよう気がして、両手で口をふさぐ。
「朝霧くん、落ち着いてください。すでに亡くなった方たちなんですよ……」
「それでも、元は人間だったんでしょ……」
アッシュがぼくの背中をさすりながら言ってくれたが、あまりショックは軽減されなかった。
「才佐くん。モルスは時間の流れに取り残されてしまった、あわれな亡者です。マキリスの武器やシールドに触れることによって、ようやく死ぬことが許されます」
「……治療したりはできないの?」
「すでに命を失っているので蘇生は不可能です。彼らは自分達が死んでいることに気づいていません。私たちが何もしなければ、さまよい続けるだけの存在なんです」
「そんな……アッシュとサイファーはこのことを知ってたの?」
2人は静かにうなずいた。
「助けられる手段があるのなら、私は迷わずそうするでしょう。しかし、その方法を知らない以上、自分達を守るために戦いはやむを得ないと考えています」
「倒すことよってモルスを助けた……とまでは言えないが、ある意味では救いを与えたって考えだよオレは……都合がいいかもしれないけどな」
考え方は異なるが、彼らはモルスとの戦いに対して、自分なりの結論を出しているようだ。戦う相手が化け物であれば、自分もためらいはなかったと思う。だが、亡くなっているとはいえ、元人間に刃と向けるとなれば話は別だ。
「……ぼくは、そう簡単に納得できないよ」
「……キミはそれでいいと思いますよ。今夜は部屋に戻って、今後のことをフィリアさんと話し合ってください。フィリアさん彼をよろしくお願いします」
「わかりました……行きましょう、才佐くん」
ぼくはフィリアに身体を支えられながら、自分の部屋へと歩いて行った。
ベッドに座ったぼくに、フィリアは水を差し出してくれた。
「……ありがとう。みっともないところ見せて、ごめんね」
「いいえ。私のほうこそ突然あんな話を……すみませんでした」
「……いや、聞いておいてよかったよ。ぼくは覚悟が足りなかったのかもしれない」
「明日も戦うことになると思いますが、才佐くんはモルスに剣を向けられますか?」
「うん……いや、わからない。実際、目の前にいたら躊躇するかも」
「才佐くん……もし戦うのがつらいのでしたら、このまま戻っていただいても構いませんよ」
「戻るって……どこへ?」
「あなたが元いた世界へです」
「……なんで突然そんなこと言うのさ! アッシュとサイファーがいるから、ぼくはいらなくなったの?」
「違います! それに才佐くんが帰還した場合、彼らはこの件から降りるでしょう――」
「じゃあ、なおさら! ぼくが帰ったらこの世界はどうなるのさ?」
「わかりません……けれど、これ以上才佐くんが苦しむのは見たくありません」
「そんな滅茶苦茶な理由で納得できないよ! フィリアらしくない。ちゃんと説明を――」
「わからないって言ってるじゃないですか!」
フィリアは泣いていた。今まで聞いたことがないような感情的な声を上げて――。
「……ごめん、泣かすつもりはなかったんだ」
「才佐くんのせいじゃありません……たぶん、私の感情系に異常が発生したのでしょう」
フィリアは鼻をグスグスすすりながら、よくわからない言い訳をしていた。その様子がおかしくて、少し笑ってしまった。
「……何が、おかしいんですか!」
泣き顔でジロリと睨まれたが、これはこれで可愛かった。
「ぼくはさ……本当はこの世界のことなんてどうでもよくて、たぶんフィリアに笑ってほしいだけなんだと思う」
「……理解できません。それが戦いに臨む理由になるんですか?」
「なるんじゃないかな、ぼくの場合はだけど」
「納得はしていませんが、わかりました……」
どうして理不尽なこと言われた自分のほうが、許してもらう形になっているのかまるでわからないが、きっとこういう時は黙っているほうがいいのだろう。
「才佐くん……私はあなたに話していないことがあります」
「そうだろうね……」
「ラボの責任者を説得したらその話をするつもりですが……内容について納得できなければ、この世界や私のことなど気にせず帰るべきだと思います」
「どうして?」
「……今のあなたが負うべきことではないからです」
「わかったよ。ありがとう」
「なぜ、お礼を言うんですか?」
「言いたくなったからだよ」
「そうですか……なんだか疲れてしまいました。今日はもう休みましょう」
「……そうしようか」
ぼくたちは寝支度を整えて、それぞれのベッドに潜り込んだ。
旅をしている間、ぼくとフィリアは同じ部屋で寝起きしていた。
初日からそうしていたせいで、習慣化してしまったのかもしれない。
アッシュやサイファーが、部屋決めについて何も言ってこなかったのも理由の1つだろう。ぼくのことを信用してのことだったのか? それともそんな度胸はないと思われていたのか? いずれにしても、ぼく達は子供のままだった。
「おやすみ、フィリア」
「ええ、おやすみなさい、才佐くん―――――」
「……ねぇ今のお礼は何?」
「聞こえていたんですか!?」
「……うん、まあ。ぼくに聞こえないように小さな声で言ってたけれど、この部屋静かだしさ」
「聞こえないようにしたのを気づいたのなら、聞こえなかったふりをしてください!」
「いや、だって気になるし……それで何で?」
「なんでもありません……」
「……ねぇ、フィリア」
「……今度はなんですか?」
「こうやって2人で眠るのも今日で最後になるのかな?」
「そう、なりますね……」
「ぼくイビキとか、うるさくなかった?」
「大丈夫でしたよ……といいますか才佐くんが先に寝ている時は、私はかえって入眠しやすかったような気がします」
「ふふっ、ぼくだけじゃなかったんだね」
「……何の話ですか?」
「くわぅあ~、ごめん眠くなってきた。また明日ね」
「はい……ふぅあ~」
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