第6話 4人パーティ結成
一階に降りるとアッシュとサイファーが話をしているところだった。
「サイファー、マキリスの使い方を教えてほしいんだけど……」
「わかってる……けど、オマエまだメシ食ってないだろう? 少しだけでも腹に入れておけ」
「うん」
「少しだけだからな、動けなくなるまで食うなよ!」
「わかってるってば!」
あいかわらず見た目のわりに細かい男だ。
適当なレトルト食品を開けて食べていたら、入り口が椅子や棚のようなものでふさがれているのが見えた。
「あれは……?」
「ああ、モルス対策ですよ。昨晩、食事のあとにやっておきました」
アッシュが食後の洗い物を報告するような具合で答える。昨日は、ぼくもフィリアも疲れ切ってそこまで頭が回っていなかったのに、2人は安全確保のために動いてくれていたようだ。
「あ、そうだ。フィリアが2人と一緒に行ってもいいって言っていましたよ」
「そうですか! キミたちが一緒に来てくれるのは、とても心強いです」
それは完全にこちらのセリフなのだが、アッシュがニコニコしながら言ってくれたせいか、こっちも少しうれしくなってしまう。
ともあれ、これで仲間が増えて正式に4人パーティになったというわけだ。心強い仲間たちだと思うけれど、男女比のバランスが少し悪い。ゲームやアニメだと仲間は女性ばかりなのに、やはりフィクションとは違うのだなと、ぼんやり考えていたら鋭い視線を感じだ。
「ったく……アホなこと考えてんじゃねーよ。情けなくなる……」
サイファーがなかば呆れたような口調で言った。そのリアクションから察するに、またしても自分の考えが読まれてしまったようだ。彼は読心術の達人なのだろうか?
「……ひょっとして、また顔に出てた?」
「まあな……そろそろ始めるから準備しろよ」
ぼくとサイファーはエントランスの広場で向かい合った。アッシュはソファにゆったりと腰を掛けて、ぼくたちの様子を見守るようだ。
「さてと……まず武器を出して構えてみろ」
剣を取り出したぼくは、サイファーを見すえて正面に構えた。
「オマエはマキリスの機能をどんなものだと考えている?」
「早く動けるようになる魔法のアイテムみたいなものかな……」
「そうか……実際、見せたほうが話が早いかもしれないな」
サイファーは『テルム』とつぶやき、かぎ爪を呼び出してボクサーのように半身に構えた。
「今から2回、攻撃を加える。その動きの違いをよく見ておけ……あー寸止めはするから心配するなよ」
彼は予告通り、かぎ爪をつけたままパンチを繰り出してきた。回避しよう思えば可能なスピードだったが、言われた通り動きを凝視する。爪は自分の顔面から十数センチのところでピタリと止まった。
「今のパンチは見えたか?」
「う、うん……一応は」
「よし、次だ……」
サイファーがさっきと変わらず同じ構えをしたかと思えば次の瞬間、かぎ爪は自分の顔面直前でピタリと止まっていた。まばたきは一切していないハズなのに、今度のパンチは軌道すらまったく見えなかった。
「……えっ!?」
「今の2度の攻撃、違いはわかるか?」
「……2回目のほうが速かった?」
「そう見えたよな……けど、今のは2回とも同じ速度なんだよ」
「そんなはずは……だって全然、見えなかったし」
「アッシュ! あんたの位置からも見えたよな?」
「ええ、パンチの速度自体は、ほとんど変わりませんでしたよ~」
ソファに座ったまま、アッシュがのんびりとした口調で返してきた。
「じゃあ、ぼくの目の錯覚とか……?」
「近いが少し違うな……正確に言えば、オレの動きが『速く感じただけ』だ」
速さは同じなのに、速く感じたというのはどういうことだろう?
「たとえばだが……オマエは100メートルを何秒ぐらいで走れる?」
「えっと、たしか14秒ぐらいだったと思うけど……」
「仮にマキリスを使って走ったとしても、同じぐらいの時間はかかるだろう……けど、一般人から見たら1秒ぐらいで走ったように見えるはずだ」
「イマイチわからないんだけど……人間の感覚に影響を与えるってこと?」
「まあ、そういうことだ。マキリスは持ち主の動きを速めるわけじゃない。時間の流れに干渉する装置ってわけだな」
マキリスを使ったところで身体能力は変わらない。しかし、周囲の人間は時間を圧縮したように感じるので、結果的に使用者が速く動いているように見えるということらしい。
「本当に魔法みたいだ……」
「……ただ、注意点もあるからな。効果については、使用者の状態にかなり左右される」
「体調とかってこと?」
「ああ。ケガや疲労はもちろんだが、緊張や焦りなんかも相当影響が出るだろう」
昨日の夕方の戦いで思うように動けなかったのは、そのせいかもしれない。肉体的な状態だけでなく、精神的な状態にも気を配らなくてはならないということだ。
「マキリスでの戦闘で重要なのは常に冷静でいること。これを覚えておけよ」
「うん、わかった」
「それじゃあ軽く実践形式でやってみるか」
「……危なくないかな?」
「オレのほうは寸止めにしてやるし、オマエの剣がオレに当たったとしても、基本的に無害だよ……多少は痛いけどな」
モルスのように消えてしまうのは勘弁だったのでそれを聞いて安心したが、人間相手には効果がないということだろうか? 用途のよくわからない武器である。
「それよりも集中力を切らすなよ! オマエもマキリスを使っているとはいえ、油断すると目で追えなくなるからな」
「はい、お願いします!」
「よしストップだ……」
「……つ、疲れた」
サイファーとの訓練は1時間以上は続いたと思う。
途中、集中が切れてしまい一瞬にして時間が経過したような場面が何度かあった。そのせいか、それほど長く動いていた感覚はないのに、体力が消耗するという奇妙な感覚に襲われ、なおさら疲労を感じてしまったようだ。
おまけにサイファーは元々の動きが速すぎる。マキリスで平常時の速度に見えたところで、動きをとらえることが困難なため、防戦一方の内容になってしまった。
「今日はここまでにしておこう」
「ハァハァ……まだ、やれるけど」
「……昨日の疲れも完全に取れたわけじゃないんだ。これ以上やったらケガのリスクがある」
「でも……なるべく早く強くならないと……」
「気持ちはわかるが、あまり焦るな。さっきも言ったろ? 常にクールにだ」
「それは、わかっているけどさ……」
「……明日もかなりの距離を歩くことになるし、戦闘に巻き込まれることにもなるだろう。肝心な時に動けないと、逆にフィリアに守られるハメになるぞ」
「わかったよ! ここまでにしとく……」
フィリアを引き合いに出されてしまうと、納得しないわけにはいかない。
それはそうとサイファーという男は、戦いだけでなく話術でもピンポイントに弱点を攻めてくるのだから恐れ入る。
倉庫に向かったサイファーと別れてソファに向かうと、アッシュが声をかけてきた。
「朝霧くん。お疲れさまでした」
「……ぼくって顔に出るタイプですかね?」
「おや、なぜそんなことを?」
「サイファーにはいろいろ見透かされているし、フィリアにも気をつかわせちゃって……」
「そうでしたか……」
「自分では、何考えているのかわからないタイプを目指しているんですけどね……」
「ふふっ、しかし言葉にしなくても伝わる相手だと思えば、案外悪くないかもしれませよ?」
「……いや、でも少し恥ずかしいですよ」
自分の父親ほど年の離れた男性と、こんな話をしているなんて不思議な気分だった。アッシュの落ち着いた雰囲気がそうさせるのかもしれない。
「アッシュは……その、教師をしていたりしますか?」
「そんなことはありませんが、そう見えますか?」
「あーいや、ぼくみたいな年頃の人間に慣れてそうだったので……」
「それは、まあ……子供がいるおかげかもしれませんね」
「……でも、ぼくは父さんと話すことなんて、あんまりないですよ?」
「ふふっ、私もそうですよ。特に思春期のほうには、接し方がわからず手を焼いています」
「アッシュでも、そんな感じなんですね……」
「ええ、親子だとお互い感情的になってしまうのかもしれません……父親の苦労が最近になってわかってきたところですよ」
めずらしく落ち込んだような表情をしていたので、何か言ってあげたい気持ちになった。
「で、でも、サイファーが『アッシュは大人だから落ち着いてる』とか言っていたし、大丈夫ですよ、きっと!」
「彼がそんなことを……?」
心底意外そうな顔をしていたが、しばらくしてから合点がいったように笑い出した。
「ふふっ、あはは……いや失礼。サイファーがそんなことを言ったことが少々意外でして……キミたちに励まされてしまったようですね」
「いや、ぼくじゃなくて、サイファーが言ったんですよ?」
「……まあ、ささいなことですから気にしないでください」
なにがそんなにツボだったのかはわからないが、元気になってくれたのはよかった。ひとしきり笑ってから、アッシュは真面目な顔をしてぼくをしっかりと見据えた。
「朝霧くん……よく聞いてください」
「は、はい……」
「サイファーがキミのことをよくわかっているのは、彼にもキミぐらいの年の頃があったからだと思います」
そしてフゥーと息を吐いてから、姿勢を正して続けた。
「ですが、フィリアさんがキミの気持ちを察してくれているのだとしたら……それはキミのことを一人の人間として、きちんと見ているからですよ。……彼女の誠意の表れであることは、覚えておいてください」
言われている内容がよく理解できなかったので、反応できずにいた。
「おっと……難しいことを言ってしまいました。どうも年を取ると、若者に説教じみたことを言ってしまいがちですね。申し訳ない……」
「そんな……確かによくわからなかったけど、すごく大事なことを伝えようとしたっていうのはわかりました。ありがとうございます」
「……ウチの子もキミぐらい素直だと助かるんですがね」
「そういうのはヤメたほうがいいですよ」
「えっ?」
「ほかの家の子供と比べられるのとか、すごくイヤだと思うので……」
「……失言でした。すみません。確かに私もキライでしたね」
「うちの父さんも、それぐらい素直に謝ってくれると助かります」
それ聞いたアッシュは吹き出して笑っていた。
自分は年上の人間に間違いを指摘できるタイプではない。しかし、アッシュにはそういうことを言ってほしくないと思っていたら、自然と口をついて出てしまったのだ。
「……キミと話していると、忘れていた感覚が思い出されて刺激になりますね」
「ぼくでよければ、いつでも話相手になりますよ?」
「それはありがたいですが、サイファーが食料を調達してきたようです。今度はフィリアさんに昼食を持って行ってあげてください」
そろそろ昼食の時間だけど、フィリアはどうするのだろうと思っていた矢先のセリフだった。サイファーだけでなく結局アッシュにもぼくの考えていることなど、お見通しなのではないだろうか?
部屋に戻ると、フィリアは今朝と同じようにベッドの上に座っていた。
「寝てなくて大丈夫なの?」
「さすがに寝すぎてしまったのか、寝つけなくなってしまいました……」
「ちょうどよかった。ごはんもらって来たんだけど食べられる?」
フィリアはこくりとうなずいた。
「じゃあ、ここに置いておくから……」
「あの、才佐くん……」
食料を置いて立ち去ろうとしたぼくを、フィリアが呼び止めた。
「ん、なに?」
「一緒に食べませんか? ……私一人では食べきれない量ですし」
「あ、うん……」
ぼくは自分のベッドに座って、余っていた食料に手をつけた。彼女のほうから誘ってくれたわりには特になにか話しかけて来る様子もなく、沈黙の中ひたすら咀嚼音だけが響く空間になってしまった。特になにか話したいことがあったわけではなく、一人で退屈していただけかもしれない。気の利いたトークで盛り上げなくてはならない!
「フィリアはさ……その、好きな食べ物とかってある?」
「……あまり考えてことはありませんでしたが、しいて言うなら甘いものでしょうか」
絶望的に話の広がらなそうな話題にも、一生懸命に答えを返してくれるフィリア。アッシュの言っていた彼女の誠意とやらは、こういうところにも発揮されているのだろう。
「……ぼくがいた世界には、いろんな種類の甘くてキレイなお菓子があってさ。目的を果たしたら、フィリアにも遊びに来てほしいって思ってたんだよね」
「……それは難しいかもしれません。動力の問題で、マキリスでの転移は原則的に一往復しかできませんから」
フィリアはすでに一往復分使用しているため、自分の世界へ来ることはできない。同時に自分が帰還した場合は、二度とこちらの世界へ来られないことを意味していた。
「そっか……残念だな」
「……ええ、本当に」
「じゃあ、あれも予想が外れているのかな……」
「……あれ、ですか?」
「アッシュとサイファーの2人が、異世界から来たんじゃないかって思ってさ……」
「異世界……?」
フィリアはキョトンとした顔で聞き返してきた。
「ゴメン、わかりにくかったかな? ぼくと同じ世界の住人って意味なんだけど……」
「えっ……ああ、なるほど」
「2人ともこの世界についてよく知っているみたいだったから、何回か転移しているのかなって考えたんだけど、無理ってことだよね?」
「そうですね。長い年月をかければあるいは……いえ、現実的ではありません」
「あと、2人は感覚的にぼくと近いような気がしたんだよね。こっちの世界でフィリア以外の人と会ったことがないから、なんとも言えないけど……」
「それはなんとなくわかります。才佐くんと彼らは、雰囲気が似ていましたので――」
そこまで言った瞬間、フィリアはハッとして言葉をつまらせた。それから少し考え込んでから、何かを否定するように首を振っていた。
「……フィリア、どうしたの?」
「……すみません。少し疲れてしまったのかもしれません」
「じゃあ、横になっていたほうがいいよ」
部屋を出ようと扉へ向かうと、うしろから声をかけられた。
「才佐くん……」
「なに?」
「……ええと、その……食事ありがとうございました」
「うん、じゃあおやすみ」
きっとフィリアが言いたかったことは他にある。それぐらいは、ぼくでも気づいた。でも、いずれ彼女のほうから事情を話してくれるだろうと、今はそう信じておくことにした。
夕飯に誘うために部屋へ戻ると、すでにフィリアは眠りについていた。
昼間は寝つけないようなことを言っていたが、今の様子を見る限り、やはり相当疲れていたのだろう。かくゆう自分も、アッシュとサイファーには早めに休むように言われていたので、夕食をとってすぐにベッドに入った。
こんなに早い時間に寝つけるか心配だったが、となりからフィリアの寝息が聞こえてくると、それにつられたかのように眠気がやってきた。今日初めて知ったが、ぼくは寝ている人を見ると眠たくなってしまうらしい――。
翌朝、人の気配がして目を開けると、すでにフィリアが身支度をしているところだった。
「おはようございます……起こしてしまいましたか?」
「おはよう~いや、大丈夫だよ。フィリアのおかげでよく眠れたし……」
「……はい? おっしゃっている意味がよくわからないのですが……」
「気にしないで、こっちの話だから……それより体調はどう?」
「おかげさまで、すっかり回復しました。準備ができ次第すぐに出発しましょう」
「なんだか、すごくやる気になっているね……」
「昨日は私のせいで、動けなかったようなものですから」
そんな責任を感じなくても……とは思ったが、それがフィリアのいいところなのだ。
「そっか……じゃあ一緒にがんばろう!」
「はい!」
一階へ降りると、オトナ組の2人はソファに座ってくつろいでいた。
「おはようございます。お二人とも、よく眠れましたか?」
アッシュが微笑みながら挨拶をしてきた。
ぼくはそれに軽く応じたが、フィリアは真剣な表情でソファに近づき2人の前に立った。
「アッシュ、サイファー、改めてお願いします。2人の力を貸してください。私たちと一緒に来ていただけないでしょうか?」
そう言ってフィリアは彼らに向かって深々と頭を下げた。
言われた当人たちは、困惑したように顔を見合わせている。
「頭を上げてくださいフィリアさん。我々はもとより、そのつもりです」
「……まあ、正式に依頼された以上はつきあってやらないとな」
「ありがとうございます!」
フィリアの声は弾んでいた。ぼくの位置からは見えなかったが、きっと彼女は笑っているのだろう。我ながらつくづくタイミングが悪いことだ。この旅が終わるまでに「フィリアの笑顔を拝む」ことを、個人的な目標にしようと思った。
「堅苦しいのはこれぐらいにして朝食にしましょう」
アッシュの呼びかけに応えて、ぼくたちはソファに座る。4人揃っての食事は一昨日の夜以来2度目になるが、その時とは雰囲気がまるで違う。これから一緒に旅をする仲間との団らんという感じがして、ぼくはとても楽しかった。
食事を終えたぼくたちは宿泊施設をあとにした。
フィリアの話では目的地にたどり着くまでに、あと何か所か同じような施設を経由しなければならないらしい。困難な道のりになるかもしれない。でも、自分には頼りになる仲間がいるのだ。きっとこの世界を救ってみせる! そう決意を新たにして歩き出した――。
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