第2話 自己紹介と初戦闘
光が収まったような気配がしたので、恐る恐る目を開けてみる。
目の前にフィリアがいることに気付いて、ほっと胸をなで下ろした。見知らぬ世界で一人ぼっちになっていたら途方に暮れるしかない。
状況を確認するためにあたりを見回してみるが、先ほどまでいた場所とは明らかに異なる光景が広がっていた。
空は変わらず晴れ渡っていたが、周囲に見えるのはどこまでも荒廃した景色。
目につくのは建造物だったであろう物。強い衝撃が加えられ物理的に破壊された残骸に、黒く焼け焦げたような跡が入り交じる。街中にミサイルでも撃ち込まれたような、ひどいありさまだった。イヤな匂いが鼻につき、思わず顔をしかめてしまう。
おまけに人間どころか生き物の気配が全く感じられず、物音もしないせいか自分の鼓動や呼吸の音がやけに気になる。
学校の授業でしか聞いたことはないけれど、戦後はこんな感じだったんだろうか? とぼんやりとそんな感想を抱いていた。
「……ぶ、無事に到着できたってことで、いいのかな?」
動揺をフィリアに悟られないように、平静を装って聞いてみる。
「はい」と返事はしたものの彼女はこちらのほうを向くこともなく、警戒した様子で周囲を探っている。よく見ると苦しそう表情を浮かべており、自分の頭を押さえてもいた。
「……どうかしたの?」
「このあたりは……敵との遭遇率が高いため……油断できません」
途切れ途切れに言葉を紡ぐ。フィリアの体調を気づかったつもりの問いかけだったが、そうは受け取ってくれなかったようだ。仕方がないので敵うんぬんの話を続けることにした。
「敵って、ぼくたちが狙われる理由でもあるの?」
「我々が……特別に狙われる……という訳ではありません。遭遇すれば……見境なく襲い掛かってくる者が……このあたりにさまよっています」
相変わらず苦しそうなフィリアを見て、今度こそ具合を尋ねようと口を開きかけた瞬間、彼女がこちらに向き直って来たので、タイミングを逸してしまった。
フィリアは呼吸を整えてから、自分の指輪を見せるようにしながら話し始めた。
「周囲に敵の気配はないようですが、遭遇した場合を想定して備えはしておきます」
ひとまず彼女の状態を確認したかったのだが、うかつに口を挟めるような雰囲気ではないので、うなずくだけにとどめた。
「そのためには、この指輪――『マキリス』の力を借りる必要があります」
こいつ名前が付いていたんだな、と自分にはめられた指輪をあらためて眺めてみる。
「まずはマスクを外して、目を閉じてもらえませんか?」
動揺のあまり変な声を上げてしまいそうになるのを、ぐっとこらえた。もちろん深い意味どころか、言葉の通りの意味でしかないのは分かり切っているが、美少女に見つめられながら言われるセリフとしては、かなりの威力だ。
マスクに関しては少し迷ったが、周囲に人の気配もないようだし外しても問題なさそうだ。
とりあえず言われるまま目を閉じることにする。まぶたやこぶしにも力を込めて、直立不動の状態になっていると、優しく言い聞かせるようなフィリアの声が響いた。
「初めてのことで緊張してしまうのも無理もありませんが、そんなに固くならないでください」
変な妄想をさせるような言い回しは勘弁してほしい。余計に落ち着かなくなってしまう。
「……まずは手を軽く開いて、体全体を脱力させることを心掛けてください」
一向に改善が期待できない自分に見るに見かねて、フィリアは助言を始めたようだ。
せっかくのアドバイスを無駄にしないように頑張ってしまったせいで、力いっぱい脱力するというおかしな動作になってしまった。
「焦らなくても大丈夫ですから、深呼吸をしてみましょう……ふふっ」
よほど自分の様子がおかしかったのだろう。フィリアは確かに笑っていた――目を閉じている自分には見えていないので、正確に言えば笑い声が聞こえただけだが。
彼女の笑顔を見たいと思っていたのに、その絶好の機会に自分は目を閉じているなんて、タイミングの悪さにテンションが下がってしまう。それがうまく働いたのかもしれない。 今度はうまく脱力状態になれたようで、フィリアの反応が変わっていた。
「いい感じです。そのままの状態で、あなたにとって武器となるものを思い浮かべてください」
ひょっとしてそれを実際に使うことができるということだろうか。少しわくわくしてきた。
「武器か、何でもいいの? 例えば現実に存在しないものとか……」
「ええ、あなたが武器だと認識していれば、どんな物でも結構です」
どんな物でも構わないと言われてしまうと、迷ってしまうタイプだ。それなら少しでも役立ちそうな物を生み出しておきたい。
「……難しいな。銃とかのほうが有利だったりする?」
「それは性質上あまり関係ありません。あなた自身が強力だと思う物を連想してみてください」
それを聞いて、あるスマホアプリのゲームに登場する、女性キャラクターを思い出していた。やたらと前向きな性格で、身の丈ほどもある大剣を振り回す姿が魅力的な人物だ。
内容自体はそれほど面白いゲームではないが、そのキャラクターに会いたくて毎日のようにプレイしている。たしか、その少女の持つ剣が『どんなものでも切り裂く聖剣』という設定で、彼女の決め台詞が『この聖剣で世界の未来を切り開く!』だったはずだ。
こんな決め方をしてしまって問題ないのかわからないが、今の自分が考える最強の武器は、あのキャラクターが持つ大剣だと自信を持って言える。
「思いついたよ。ぼくにとっての武器が……」
「それでは、その武器を強くイメージしてください」
もう何度見たか分からない、ゲーム内の少女が必殺技を繰り出すシーンを思い返す。大剣を華麗に振るいバッタバッタと敵をなぎ倒していく姿を強く、鮮明にイメージしていた。
目は閉じたままだったが、あたりが白くなったような気がする。また自分は光に包まれているのだろう。これまでの流れから察するに、指輪が何らかの機能を発揮しようとすると発光が始まる。おそらく今もその最中だ。
「イメージを維持したまま、利き手で握る、開く、の動作をゆっくりと繰り返してください」
どうやら次のステップに進んだようで、フィリアから新たな指示が飛んで来た。それに従ってグーパーと繰り返していると、何度目かグーは閉じ切れずに棒状の何かを握る感触があった。
「もう、目を開けても構いませんよ」
フィリアのほっとしたような声が聞こえた。
ゆっくりとまぶたを開いてみるが、あたりの様子に変化はない。いつの間にか指輪からの発光は止んでいたが、その代わりに右手には大ぶりの剣が握られていた。
形に関しては自分の想像通りだったが、材質は薄く青みがかったガラスのようなもので構成されており、イメージしていた物とは大きく異なっている。キレイな剣だとは思うけれど、重さはほとんど感じないし、はたしてこれでモンスターと戦えるのだろうか?
「……もしかして失敗した? なんか材質が違うような……」
「いえ、成功しています」
そう言うとフィリアは右手を前に出して『テルム』と唱えた。
指輪が一瞬だけ光ったかと思うと、いつの間にか彼女の手には短剣が握られている。自分の大剣よりも色が薄く、ほぼ無色に近い。まるでクリスタルで作られた芸術品のような様相だ。
「マキリスから生まれた武器は、基本的にこのような物質で再現されます」
そう言いながら短剣をヒュッと振るうが、音が聞こえ終わる前に短剣は消えていた。
「手品?」
タイミング的にも性格的にも、フィリアがそんなことをするワケがないのはわかっていたが、咄嗟の出来事だったのでそんな感想しか出てこない。彼女は首を横に振って否定の意を示した。
「指輪の機能の1つですが、一度イメージした武器は自由に出し入れができます」
それは非常に助かる。自分で作っておいてなんだが、全長150センチメートルもある大剣なんて持ち歩くには邪魔でしょうがない。
「しまう時はどうすればいいのかな?」
「武器を手から放すイメージをしてみてください。自動的に格納されるはずです」
言われた通りに剣から手を放す姿を想像してみる。気づけばグリップを握っていた感触がなくなっており、剣自体も消失していた。
「使いたい場合は、先ほど私が言ったワード――『テルム』と言ってみてください」
現実離れした経験を立て続けにしているせいか、あまり緊張しなくなっていた。リラックスを心掛けて呪文を唱えてみる。
「テルム!」
素手だったはずの右手にはグリップの感触があり、さっき消失したはずの大剣が寸分変わらぬ姿で戻っていた。
「おおっ! スゴイな……」
指輪の機能でしかないのだが、自分のひと声で現実離れした現象を起こすことができる。その事実に、魔法使いになったような錯覚を抱いてしまう。
「……あのう、大丈夫ですか?」
妄想に浸りつつあったところでの、フィリアによる不意打ちだ。「あ、うん」と間の抜けた返事をしてしまう。とりあえず武器をしまって彼女のほうへ向き直る。
「目的地へは徒歩で向かいますが時間が掛かるので、話は歩きながらでも構いませんか?」
こくりとうなずく。こちらも色々と聞きたいことはあったが、この廃墟のような場所で立ち話という訳にもいかないだろう。
「それでは私についてきてください」
そう言ってフィリアは歩き出した。言葉の通りうしろをついていくのもおかしな感じがしたので、自然と隣を歩くことにした。周囲の景色が物騒だとはいえ、女性とふたりきりで並んで歩くという夢のようなシチュエーションのため、意識しないといえば嘘になる。
とりあえず『女性と2人で歩く時は会話の間に注意!』という、どこかで見た恋愛指南用動画の心得を思い出して、さまざまな問答を想定してみる。
「……朝霧才佐さん」
「は、はいっ!?」
学校の点呼でもないのに、いきなり自分の名前をフルネームで呼ばれるのは想定外だ。
ただの返事もブザマに裏返る。
「どうかしましたか?」
「い、いや大丈夫だよ。それよりも、わざわざフルネームで呼ばなくてもいいよ?」
フィリアはきょとんと不思議そうな顔をしている。ダメだ。きちんと説明しないと異世界人には意味が通じないらしい。
「えーと、つまり『朝霧』がぼくの家?……の名前で、『才佐』っていうのが、ぼく個人の名前なんだよね。だからぼくを呼ぶ時はどっちかでいいよ。長いと、ほら大変だしさ……」
我ながらよく分からないことを言っていると思うが、いちいちフルネームで呼ばれるというのも落ち着かないし、なんとなく距離を感じてしまう。どのぐらいの付き合いになるか分からないが、できればフィリアには自分のことは気軽に呼んでほしい。
しかし、言われた当人は少々困った顔をしている。そんなに高いハードルを設定したつもりはないのだが……。黙ったままだと会話に間が空いてしまう。とりあえず彼女が結論を出すまで、自分が何か話さなくてもならない。
「ぼくのほうは、君のことをなんて呼べばいい? フィリアさん? それともレーギスさん?」
「……レーギスというのは、名前というわけではありませんので、フィリアでお願いします。そちらは私個人の名称なので……」
「それじゃあ、フィリアさんって呼ぶよ」
「……敬称は不要ですよ。私はあなたよりも確実に年下ですから」
「え、そうなの? ぼく14歳だけど……」
身長は自分よりも低いが落ち着いた言葉遣いやたたずまいから、年上の可能性も考えていたので、正直に言えば意外だった。「いくつなの?」と聞き返しそうになったが『女性に年齢を聞くのはNG』という別の恋愛心得を思い出したので止めておいた。このぐらいの年代の娘にそのルールが当てはまるのかは、はなはだ疑問ではあるが……。
「でも、呼び捨てってわけにはいかないよね」
「いえ、仲間内でも敬称はつけていないので、そのほうが私にとっては馴染みがあります」
そこまで言われて合わせないのも、逆に失礼に当たるかもしれない。
「わかったよ。フィリア、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
女の子に名前を呼び掛けて相手が応える。ただ、それだけのやり取りに気持ちがいっぱいになってしまう。そんな心情を悟られまいと言葉を続ける。
「キミだけ名前呼びってワケにはいかないから、ぼくのほうも才佐でいいよ」
「……わかりました。さいささっさん」
噛んでしまったようだ。『さ』は渋滞気味だったので無理もない。笑っては失礼かとも思ったが、つい「プッ」と吹き出してしまう。性格的にはクールだと思われていたフィリアがバツの悪い表情を浮かべており、そのギャップがおかしくなってしまったのだ。
ジロリとこちらを睨んだあと、そっぽを向いてしまった。少しむくれているように見える。その仕草が無性にかわいくて、何とかこらえていた声まで出して笑ってしまった。
「……笑いすぎです」
立ち止まっていたはずのフィリアが先を急ぐように歩き出してしまったので、遅れないよう足早に彼女の隣に急ぐ。
「ゴメンって……ぼくの名前、ちょっと変わってるし呼びづらいよね?」
自分の名前は異世界人にとってだけでなく、元いた世界でも珍しい部類に入っていると思う。同姓はともかく、同名の人間には生まれてこの方会ったことがない。それとなくフォローのつもりで言ったのだが、フィリアは無感情に「いいえ」とだけ答えた。
――機嫌を損ねてしまったかもしれない。笑いすぎてしまったことを反省しつつも、無言でいると、それこそ気まずくなりそうだったので必死に頭を回転させて話題を探す。
「……ぼくの名前はさ……両親がつけてくれたらしいんだけど、意味ってゆうか由来が結構ご立派な感じで……その……ちょっと重荷なところがあるんだよね」
特に何も思い浮かばなかったので、名前つながりで由来という微妙な話題を振ってみた。意外にもフィリアは関心を持ったようで、興味深そうに顔をして話を聞いている。そんなに面白い話とは思えないが人の名前に興味でもあるのだろうか?
「才佐っていう名前を漢字……えーと、文字で書くと、『才』と『佐』の2文字で成り立っているんだけど、それぞれに意味があってね……」
小学生の時に『自分の名前の由来を聞いてみよう!』という宿題が出された。その時に母親から聞かされた話を思い出しながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
「『才』は『生まれ持った能力』で……『佐』は『支えて助ける』って意味で……」
そこで一旦、息を吸ってフィリアの様子をうかがってみると、真剣な表情をしている彼女と目が合った。この話は自虐気味になると分かっていたので、友人にも話したことはなかったのだが、話に聞き入っているのであれば続けるしかない。
「――つまり、その2文字を合わせると『自分の力で人を助けるような子になってほしい』っていう意味になるみたいでさ……」
ネガティブなことを言ってしまいそうだったので、話を切り上げるべきだと思った。
しかし、一度口に出してしまったことで奥にしまい込んでいた負の感情が表れた。あらわになった感情に引きずられるように、今度は言葉があふれ出てしまう。
「昔は『いつか人を助けられるヒーローになる!』なんて思ってたこともあるけど、成長すると色々と現実が見えて来たっていうか……」
フィリアに向かって語り掛けるというよりは、自分の気持ちを吐き出すだけになっていた。
「ぼくにはさ、何か特技や才能があるってわけでもないんだよね。だから自分の力で人助けをした経験ってなくてさ……」
自分はまだ子供なので他人を助けられるようなことはない、というのは理解している。
だが、世の中では自分とはそう歳の変わらない人間が、大人顔負けの活躍して存在感を示しているのも事実だ。自分がそういった特別な存在にはなりえないのだと思うと、、大げさな名前をつけられてしまったことを負担に感じていたのだ。
「……だからさ、フィリアがぼくの前に現れてくれて感謝しているんだ」
言われた当人は、何を言われているのか分からないような顔をしていた。
「まだ何をするのかは分からないけど、ぼくにしかできないことがあるんでしょ? フィリアのおかげで、キミを助けることができるじゃない」
明るく微笑みながらそう言った。計算したわけではないが、上手くさっきのフォローも盛り込めた気がする。対応としては完ぺきなハズだ。
「……本当に申し訳ありません」
とても悲しそう顔をしながら、消え入りそうな声で謝罪をされてしまった。
「いや、リアクションおかしいだろ!?」とツッコミを入れたい気分だったが、あまりにも重たい空気にそれもできずにいた。微妙な話をしてしまって自分が謝るのはまだ分かる。フィリアとしては変な話をさせてしって申し訳ないと思ったとか? そんな訳はないだろう。色々と考えを巡らせていると、フィリアのマキリス――指輪が点滅しているのが目に入った。
「……それ光ってない?」
そう指摘すると、ハッとした様子で周囲を警戒し始めた。
「すみません! 敵が接近しています!!」
その声には緊張が走っている。ひとまず彼女にならって周りを見回していると、前方から10人規模のグループが近づいて来るのが見えた。そちらの方向をにらみつけているフィリアの様子からすると、あれが敵と呼ばれる存在なのだろう。
遠目では人間の集団だと思われたが、姿かたちが確認できるような距離まで近づくと、それらが人ではないことが分かった。正確に言えば人型のナニかである。
言葉としてのていをなしていない、うめき声のようなものを上げながら徐々に近づいてくる。それらは四肢が一部欠損していたり、皮膚が焼けただれていたりと、到底無事とは思えない損傷を受けていながらも歩みを止めることなく動き続けていたのだ。
「何、あれ……ゾンビ?」
恐る恐るフィリアに尋ねるが返答がない。ゾンビというのが、異世界人にとって意味の分からない言葉なのかと思い聞き直そうとする。
「……そのようなものです。こちらでは『モルス』という名称ですが……」
モルスと呼ばれた集団からは視線を外さないまま、少し間をおいて答えた。
「どうするの?」
「迎撃します。あの数なら、私だけでもなんとかなります。……そこを動かないでください」
どうやって? と聞こうとした瞬間、敵の集団から一体のモルスが飛び出して来た。両足が健在で成人男性のような体つきをしているため、踏み出す一歩が力強く素早い。
とっさのことで身動きが取れずにいると、フィリアが『テルム』と唱えて短剣を手にしていた。自分が正確に認識していたのはそこまでで、次に目に飛び込んで来たのは数メートル先にいた一体のモルスに、短剣を突き立てている彼女の姿だった。
フィリアから目を離したというよりは、彼女が瞬間移動をしたので、見失ってしまったというのが表現としては正しい。
あっけに取られていたが、フィリアが対峙している方向とは反対から――つまり後方からも、何かが迫ってくる気配がした。振り返ってみると新たなモルスの集団が近づきつつあり、自分達からすれば挟み撃ちにあっている格好となる。
「うわっ!」と声を上げてしまった自分のほうを振り返り、フィリアも後方の様子に気づいたようだ。落ち着かないような様子で、少し焦っているようにも見える。
あんなに強いならどれだけ敵が増えても問題ない気がするが、よくよく観察してみると彼女はハァハァと肩で息をしており、顔にも疲労の色が見えた。フィリアにとっても想定外の事態なのかもしれない。彼女にはここを動くなと言われたが、放っておいていいわけがない。
「……ぼくにも、できることがあるかな?」
聞くまでもなく、この状況で力になれることがあるとすれば、モルスと戦うことだけだ。それはぼくも、もちろんフィリアにも分かっている。だが彼女はためらっている様子で何も言ってはこない。何らかの理由でぼくには戦ってほしくないのかもしれない。
だからだろう。説得するつもりではなく、自分の希望を伝えることにした。
「キミを助けさせてほしい!」
それを聞いたフィリアは神妙な面持ちでなにかをつぶやいた。それは聞き取ることができなかったが、続けて言った「私を助けてください」という言葉はハッキリと聞こえた。
肯定の意志をできるだけハッキリと伝えるために、力一杯うなずいた後に「テルム!」と唱えて大剣を呼び出した。
「モルス相手なら一撃で決着がつきます。相手の体のどこでも構いませんので、その武器で切りつけてください」
「わかった、とにかく当てればいいんだね?」
「はい、あとは……できるだけ『速く動こう』と意識してください」
それは当たり前だろう。モタモタしていたら攻撃を受けてしまう。なぜ、そんな助言をするのだろうと確認しようとするも、後方から来たモルスの集団がすぐそばまで接近していた。
とりあえず大剣を正面に構えて一度、深呼吸をする。一発当てるだけなら、リーチがある分なんとからやれそうな気がしていた。相手が普通の人間ならば切りかかるのにためらいを覚えていたかもしれないが、ここは異世界で相手は化け物だ。そう自分に言い聞かせてみる。
集団の先頭にいたモルスが両手を上げながら襲い掛かってくるが、冷静になれていたのか動きが良く見える。自分の間合いに入った瞬間、大剣を振りかぶり力いっぱい振り下ろす。相手に剣が届いた瞬間、びしょびしょに濡れた布団を切りつけたような不快な感触が手に広がる。
特に外傷を与えた様子はなかったが、モルスは動き止めて倒れ込む。フィリアの言う通り、とりあえず一撃で片が付くようだ。
次々と襲い掛かってくる敵を何体か迎え撃ったが、無我夢中で剣を振っていたせいか視野が狭くなっていたのだろう。気づけば5体のモルスに包囲される形になっていた。
いくら一撃で倒せるとはいっても、複数の敵に同時に襲い掛かられてはひとたまりもない。2体目までの攻撃はなんとか避けることができたが、そこでバランスをくずし動きを止めてしまう。気づいた時には自分の正面目掛けて、モルスの右手が振り下ろされるところだった。
「やられる!」と思い必死に体を動かそうとするも、どう見ても回避が間に合う距離ではない。一瞬あとには顔面を引き裂かれていることを覚悟したが、体感時間で数秒経過しても敵の攻撃が到達することはなかった。
さっきまでと比べると、敵の右手はたしかに近づいてはいたが、明らかに動きが遅くなっている。よく見ると、その個体だけなく周囲のモルスの動きがスローモーションになっていた。
それにも関わらず、自分だけは普通に行動できたので包囲をなんとかくぐりぬけ、敵5体に対して斬撃を繰り出すことができた。結果として後方にいた十数体のモルスを、すべて片付けることに成功したのだ。
フィリアの様子が気になり前方へ目を向けると、前方の集団の最後の1体を相手にしているところだった。さっきまでとは異なりフィリアが瞬間移動したようには見えず、彼女がどう短剣を構え、敵に対してどのように切りかかったのか、すべて目で追うことができた。
この指輪――マキリスには、使用者の動きを早くする機能があるのだろう。おそらく使用者同士であれば、動きを捕捉することができるという仕組みなのだ。だから、機能を発揮する前はフィリアの動きが捉えることができなかった。逆に言えばフィリアから見れば、あの時の自分はスローモーションで動いていたということになる。
フィリアのほうへ近づくと、彼女から声を掛けて来た。
「……お、怪我は……ありませんか?」
先ほどもよりもさらに疲労の色を濃くし、息も絶え絶えの様子だ。
「ぼくは大丈夫。フィリアのほうこそ平気?」
「はい……なんとか。戦闘は……あまり得意では、ないので……少し疲れただけです」
フィリアが息を整えている間に周囲を見回してみると、倒したモルス達の異変に気づいた。体が細かい光る粒子のような物に変化し、それらが分解されるようにバラバラになって空気に溶けだしており、ついには蒸発するように消えてしまった。
「あれは? この世界の生き物は倒すと消えるとか、そういうことなの……?」
「……いえ、モルスにだけ発生する現象です……」
まだ少し苦しそうな声で答えが返ってくる。その現象についてもう少し聞きたいところだったが、会話を続けるのはキツそうに見えたので黙って待つことにする。
「才佐、さん」
呼吸を整えた様子のフィリアが声を掛けてきた。名前と敬称をきちんと区切って呼ぶ律義さに微笑ましさを感じたが、声が重いトーンだったので「何?」とだけ応じる。
「先ほどは、助けていただいてありがとうございました」
深々と頭を下げながらそう言った。感謝されるのは悪い気はしないが、そんなに大げさにされてしまうと反応に困ってしまう。そもそも、ほぼ指輪の機能に助けられた形だ。
「そんな改めて言われることでも……」
「いえ、そんなわけにはいきません」
頭を下げたまま、語尾にかぶせるような勢いで言われてしまった。
「お礼は分かったからさ、とりあえず頭を上げてよ……」
何も言わずにいると、いつまでも頭を上げそうにないのでそう促した。
「……謝らなければならないこともあります」
顔は上げてくれたが、とても申し訳なさそうにしている。
「あなたを危険に巻き込んでしまいました……」
「それは、あのモルスっていうのに偶然襲われたからで、キミが気にすることじゃ……」
「私のマキリスには敵を感知する機能が搭載されています。それを利用して戦いをできるだけ避ける予定だったのですが……」
「通知に気づかなかったってこと?」
「……それもあるのですが……数が想定外でした。モルスが群れをなすことは滅多にありません。あの規模の集団に遭遇したのは私も初めてです」
「だったら悪いのはキミじゃなくて、運でしょ? そんなに謝らないでよ……」
「わかりました。ありがとうございます。才佐、さん」
「ぼくの呼び方の話だけどさ……呼び捨てでいいよ」
突然この人は何の話をしているのだろうという表情をされてしまった。
「さっき話の途中だったでしょ? 今もさん付けしてくれたけど、呼びにくそうだし……」
フィリアも何の話をしているのか思い至ったようだ。
「私は立場的に……年下ですから、それは失礼に当たります」
暗に否定の意志を感じる言い回しだ。何でそんなに年齢の上下関係を持ち出してくるのだろう。どちらかといえば文科系の人間に見えるが、実は体育会系だったりするのだろうか?
「でも、さっき仲間内では名前で呼び合うって言ってたじゃない? ぼくもその……な、仲間になったってことでさ……」
ゲームの世界以外で『仲間になる』というセリフを言うのは初めてで、語尾が小さくなってしまう。こうまで言った上で断られてしまうと、仲間ではないと言われることとイコールになってしまうので返答が恐ろしい。少々、早まってしまったかもしれない……。
「……わかりました。それでは才佐くんと呼ばせていただきます」
予想とは違う展開だが、呼び捨てよりも個人的にはアリだ。黙って喜びをかみしめていたが、無反応のぼくに不安を感じたのかフィリアが声を掛けてきた。
「……あの、気に障りましたか?」
「ううん、すごくイイ! 同級生に呼ばれているみたいでグッっときたよ。ありがとう!!」
お礼を言いたくなるほどテンションが上がっていたらしい。さりげない笑顔を作りたいところだったが、思わず頬がゆるんでしまうのを感じる。
「……何を意味の分からないことを言っているんですか」
ぼくはよっぽどだらしない顔をしていたのだろう。フィリアは呆れたような顔していたが、口元はかすかに笑っているように見えた。
「……周囲に敵の気配もないようですし。そろそろ行きますよ」
また歩き始めたフィリアに「うん」と答えてついていく。これからもっと彼女と親しくなれそうな予感がして、足取りも軽くなっていた。
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