第2話 ひとりで悶々してなさい

〇 和室(高原旅館)――夜11時。

 温泉に入って、一通りくつろいだあと一家は就寝へ。

 二人の隣で、なずながすうすうと寝息をたてている。なずなを寝かしつけて、ようやく二人の時間が訪れるが、なんだか桃子は眠そうで……。


(音)虫の鳴き声――、川のせせらぎ――、静かな夜の音



(音)もぞもぞと布団を摺る音――あなたが桃子にちょっかいをだす。


 ……んんっ。

 んんん?

 ああもう、せっかく一息つけたのに。

 こっちにきたいの?

 ……。

 はいはい、どうぞ。


(音)もぞもぞと布団を横移動して、あなたが桃子の布団に入る。


 ん?

 ちょっと狭いかも。

 もうちょっとあっちにいって。

 ……うん、そう。

 ……そんな感じ。


 ふあああぁぁぁ――


 ああ。

 なんだか眠くなっちゃった。

 あなたがこっちにきたから、妙に暖かいし、余計に……。


 ふあああぁぁぁ―― 


 ――って。

 ちょっと待ってよ。

 なずなが寝て、やっと一息つけたのに。


(音)ふたたび、もぞもぞと布団を摺る音が聞こえる。


 あ。


 ちょっと、ちょっと待って。

 ねえ、待ってったら。

 なずなが起きちゃうでしょ。ようやくお姫様を寝かしつけたんだから。

 なずなも久しぶりの旅行に興奮しちゃって、なかなか寝なかったよね。

 あなたも疲れたでしょ?


 ずっと、宇宙キューティー「KISARAGI」ごっこしてたから。


 あれ、なかなか激しい運動よね。

 最近、なずなも力がついてきて、ミラクルパンチをまともに受けると結構、痛いしね。

 もういいわ。

 宇宙人役は。


 ふう……。

 なんか、妙に身体がだるわね。

 紫外線?

 高原って気持ちいけど、標高も高いからそのぶん直射日光も強いわね。

 なんだかんだで疲れたわ。

 温泉も入って、久しぶりに日本酒飲んで。

 なずなの相手もして。

 疲れたのか、リラックスできたのか、よくわからないけど。

 ああ……。

 でも、あなたと飲んだ日本酒が結構、いい感じにまわってきたかも。

 ふ……ふああぁぁぁぁ――


 ごめん、やっぱり今日は寝かせて。


 もうね、大変すぎるわ。

 たまには高原の温泉旅館で癒されようってここまできたけど、やっぱり小さいこどもがいるとダメね。

 誰が言ったのかしらね、魔の2歳児って。


 ……。


 ぷぷっ。


 ん?

 いや、アレ、思い出しちゃたのよ。

 なずながヤギのうんち踏んだこと。

 あのあと、牧場に行ったじゃない。なずなも動物好きだから、めちゃ喜んで走りまわったけど、めっちゃ踏んだよね、ヤギのうんち。

 あの時、なずな、ぎゃん泣きしたよね。

 あまりに可愛かったから、思わず写真撮っちゃった。

 見る?

 うん、わかった。

 ちょっと待って、スマホ取るから。


(音)もぞもぞ――桃子が布団から手を伸ばし、スマホを取る。

(音)ぴこぴこ――スマホを操作する。


 みてみて、これ。

 可愛くない?

 うん。

 やっぱり可愛い。我が娘ながら可愛いわ。

 きっと美人になるわよ、なずなは。

 なんだかんだで、美人のほうが人生は得するからね。

 あとね、これこれ。

 わたしとなずなのツーショット。

 南アルプスがきれいよね~。

 ばえるわ。

 うん。

 ばえる。

 来てよかった。

 ……。

 ……。


 え?


 なんか映ってる?


 何が?

 ふんふん……。

 ……。

 どこよ。

 ここ?

 うーん、よくわからないわね。

 言われてみたら、確かにそう見えるけど……。


 でも、これってただの光の加減なんじゃない?


 ……。

 そう……?

 ……。

 てゆうか、やめてよ。

 まるで、わたしが憑りつかれてるみたいじゃない。


 確かに、わたしの胸やお尻のまわりに、ちょっと白いもやがかかってるけど、日差しも強かったし、光の加減でこうなっちゃうケースもあるでしょ?


 ……。

 なんか言ってよ。

 ……。

 うん?

 なに、あっち向いてって。


(音)ごそごそ――桃子が体勢を変える。


 何にもないわよ。

 ……。

 ……。


 うわっ!


 ちょっと! 驚かせないでよ!


 はあ(*呆れたため息)


 最悪……。

 そういうこどもみたいなとこ、昔から、わたし好きじゃないから。

 ほんとよ。

 せっかく楽しい旅行にきたっていうのに、この仕打ち。

 最悪よね。

 

(音)なずなのうめき声。今にも泣き出しそうな声が聞こえる。


 あ!

 ほら、今のでなずなが起きちゃう。

 ……。

 ……。

 ……。


(音)泣き出すことなく、再びすうすうと寝息をたてる。


 寝たね。

 あぶなかった~。一回、起きると大変なのよ。ぎりぎりセーフね。


 あなたのせいよ。


 ちなみに、わたしも心臓止まりかけたから、寿命が1年縮んだわよ。

 ぽっくり逝ったら、あなたのせいだからね。

 ちゃんと、なずなのオムツ替えてあげてよね。

 うんちだって替えられないくせに。

 ふんっ。

 仕返しよ。

 わたしを驚かせた。

 もう静かに寝ましょう。


 だから、今日はあなたとはしません。


(音)ごそごそ――布団を摺る音。


 しないよ。

 そんな気分じゃないし。


(音)ごそごそ――布団を摺る音。


 だから、しないって。

 わたしを怒らせた罰ね。

 ひとりで悶々としてなさい。


(音)ごそごそ――布団を摺る音。


 しつこいわね。

 あ!

 ちょっと。

 また、お尻触って。

 ちょっと、ちょいちょい。

 だめだって。

 あ……もう。

 なずなが起きちゃうでしょ。

 ねえ、聞いてる?


 ……え?


 触ってない?


 はいはい。

 今度はうそつくのね。

 また、あなたに冷めたわ。


 ん?


 ほんとに触ってない?


 ……。

 確かに、いまのあなたって両手を布団から出してるわよね。

 布団の中から触られたんだけど……。

 ……。

 足で触った?

 ……。

 ちがう?

 ……。

 ちょっと。

 また、わたしを――


(音)ぴろり~ん――静寂を切り裂くように、スマホにメッセージが入る。



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