今日こそ、嫁と! ~ASMR PART2 高原の旅館にやってきました!~ 【全5話】

小林勤務

第1話 こんなところで?

〇 夏の高原――昼。

 小松菜 桃子――26歳。身長はあなたに収まる程度でちょうどいい。可愛い系。綺麗な黒髪が魅力的。

 小松菜 なずな――二人の娘。2歳。女の子。まだオムツは外れていない。

 あなたと桃子は結婚3年目。休日に、あなたと桃子は娘のなずなとともに、夏の避暑地にやってきます。なずなが元気に歩き回っているなか、レジャーシートを敷いてくつろいでいる桃子にちょっかいを出そうとしている。


(音)さあああ――高原を風が走り抜ける音


 うう~ん。


 きもちいい~。

 やっぱり、夏は山ね。

 風もきもちいいし、涼しいし。

 夏ってなんだかんだで、海って思うじゃない?

 でもね、海じゃないわ。

 もう、肌を露出する年でもないし。

 海は日差しが強くて、暑いし、日焼けも気になるしね。


 え?


 あの水着?


 あんなのもう捨てたわよ。

 だって、あのときはまだ若かったし。

 まあ……なんだ。

 結構、自信があったけど、今はもうなんだか恥ずかしい。


 え?

 ……。


 今でもいけるって?


 そう?

 でも、もう10代じゃないよ。あの頃とは違うわよ。

 体型も変わったかもしれないし……。

 え?

 逆に今のほうがいいって?

 そう?

 ……。


 むっちり感?


 なにそれ、太ったってこと?

 あっそ。

 そういうこというなら、もういいわ。

 それなら、わたしにちょっかいださないでください。

 どうせ、わたしは太りましたよ。


 わたし、知ってるんだから。


 何をって……。

 あなた、若くてスタイルのいい女を目で追ってたでしょ。

 しかも、しょっちゅう。

 そういうのって、バレバレだからね。

 もしかして、バレてないと思った?

 ふん、甘いわよ。

 目の動きですぐわかるから。


 正直、そんな旦那をわたしは見て、けっ、て思ってるから。


 冷めた目で見てるわけよ、旦那を。


 どうせ、あなたは若くてスタイルのいい女の子が好きなのよね。


 はあぁ(*深いため息)


 ……。

 なに。

 誤解?

 いいですいいです、今さら取り繕わなくても。静かにアイスコーヒーでも飲んでるから。

 ……ん?

 なによ。

 ふんふん。

 ……。


 むっちりって良い意味?


 なにそれ。

 ふんふん……。

 抱き心地……。

 ふわふわ……。

 むにむに……。


 ちょっ!


 ちょっとちょっとちょっと。


 ここ、家じゃないのよ。

 観光客が大勢いるのに、いきなりお尻なんて触らないでよ(*小声)


 え?


 胸じゃないから誰にも見られてない?

 いやいや、そういう問題じゃなくて。

 変な目で見られるじゃない。

 ……。

 別に問題ないって?

 だって夫婦なんだからって。

 まあ、そうなんだけど――


 ――って、そうじゃなくて。


 大問題よ。


 なにがって、こんな観光地で、しかもみんなが爽やかな風と景色を楽しんでるときに、隣で変なことしてるカップルがいたら嫌じゃない?

 台無しよ。


 TPO。


 これよ、コレ。

 タイム・プレイス……。ああ、また忘れちゃった。ようは空気読めってことよ。

 ……。


 気のせいかしら、なんかこの前も同じやりとりしたような……。


 ……。

 なによ。

 ……ふんふん。

 ……。

 ……いやよ。

 なんでって……恥ずかしいじゃない。


 手じゃなくて口だから迷惑にならないって。


 ……。

 まあ……そうだけど。

 てゆうか、何よ、どうしたのよ。

 なんか、会社で嫌なことあったの?

 ない?

 ほんとに~?

 なんかあったんじゃないの?

 あなた、顔に出やすいから。

 ……。

 ふんふん……。


 えっ。なに、あの課長もクビになっちゃったの?


 そりゃあそうよね。経費で飲んでばっかりしてるんだし。てゆうか、今までよく見逃されてたわね。


 え? 部長もぐるだって?


 うーん、闇が深いわね……。


 なんだかんだで世の中には悪いやつっているものね。

 そんなわけで、特にストレスもないって……そうですか。

 じゃあ、今までと変わらないのね。


 じゃあ……。

 どうしてよ? 急に。こんな高原まできて。


 ……。

 まあ、最近はなずなのお世話とか忙しいし、色々やることも多いし……なんてゆうか、新婚のときとは違うじゃない。


 どう違うって言われても……。


 あの時と比べて、色々環境も変わったし、二人だけじゃなくて、ちっちゃいお姫様もいるしね。

 二人だけの生活だった頃とは、やっぱり違うじゃない?

 だから……なんてゆうか、その……なんだ。


 気持ちは何にも変わってないよ。


 でも、急にここでって言われても……。

 家じゃないし、なんか妙に照れるっていうか……。周りの人もいるし……。そんな感じよ。

 もしかして、最近、誤解されてるのかな。

 全然、そんなことないからね。えっと、その――


 好き、よ――(*聞こえないぐらいの小声)


(音)さあああ――高原を風が走り抜ける音。桃子の「好き」がかき消される。


 え?


 聞こえない?

 どうしてよ。

 風?

 ああ、今、ちょうど吹いたね。

 ……。


 もう一回?


 うーん……。もう一回言わなきゃだめ?

 結構、恥ずかしいんだけど。

 いやいや、そんなお願いされなくてもいいから、頭上げてよ。


 ――って。


 ちょいちょい。また、お尻触って。


 言わなきゃ止めない?


 ふふっ――

 こどもかい。

 ……どうしよっか――


 あ!


 みてみて、大変!


 なずなの帽子がどこかに飛んでいっちゃった!

 ちょっと取りに行ってくる。


(音)がさごそ――レジャーシートを摺る音。桃子が慌てて立ち上がる。


 うわっ……。結構、遠くまで飛ばされたわね。

 ん?

 取りに行ってくれるの?

 ありがとう。

 じゃあ、わたしはなずなの傍に行くね。

 ……。


 あのさ。

 まあ、なんだ……。


 好き……よ。


 聞こえた?

 今度は、風、吹かなかったでしょ?

 


 

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