『心からの会話』
「そうか……万世の秘法の表も裏も修法行したのか。私たち二人も表の修法者ではあるが、裏の事情には詳しくない。修法行中に命を落とすこともあるという。よく無事に戻ってきてくれたね」
デドロックが重々しく、娘の無事を感謝した。
「あの、修法行中に命を落とすということは滅多にないんです。それは因果界の
娘の精神年齢は、今や十歳くらい跳ね上がっていた。
「まぁ、月の洞がそんなに怖いところだなんて……」
アンジェラは胸を抱き合わせて言った。
「その胎道巡りとやらには往ってないだろうね?」
デドロックに言われて、レンナは首を振った。
「往ってないです。私が参加したのは、
本当は学友に誘われていたのだが、レンナは断った。
取り返しのつかない場所には近づかない。これが彼女のポリシーだった。
「それならいい。立派だったね。表も裏も修法行したとなれば、その数は稀少だ。いろいろな仕事を任されるんだろう」
「はい、私の一番最初の仕事は、霊長砂漠の砂漠化防止です」
「……まぁ」
そんな大きな仕事を一人で。
二人はとても驚いていた。
「それはパラティヌスとウィミナリスが共同で対策を講じている問題だが。ウェンデス様……万世の占術師様はご存知なのかい?」
「招かれて直接、依頼されました。この
レンナは首から下げて服の中にしまっていたそれを、デドロックに渡した。
父はその意味を正確に理解した。
「十字架……背負う者。レンナ、ウェンデス様と同じものを背負うつもりなのか」
「えっ?」
「つまり――世界を背負う覚悟があるのか、と聞いているんだよ」
「!」
「あなた……!」
アンジェラが慌ててとりなしたが、デドロックは遮った。
「どうなんだ、これはそういう意味だよ。ただ受け取ったんじゃないだろうね。ウェンデス様は願いを込めて、君に託したんだ」
「……」
レンナはしばらく考えていたが、やがて首を振った。
「あの……十字架を受け取った時は、確かに嬉しかったんです。ウェンデス様が私の修法名が万世の魔女でも、心正しき白魔女だ、と仰ってくださったから。でも、世界を背負うなんてことは出来そうもないです」
ここでハアッと息を吐くレンナ。
「その後で、童話の里に往って、霊長砂漠の負のこごりの除去をお願いするために皆さんに話を聞いてもらった時、なかなか首を縦に振ってもらえなくて。子どもであることがこんなに不利だなんて思いませんでした」
デドロックが頷いて先を促す。
「そんな中、エリックさんがただ一人、力を貸してくださって、私の代わりに皆さんを説得してくださったから、体面を調えることができたんです。その場面だけでも私一人ではどうにもならないことだった。皆さんがエリックさんに向ける信頼を、私にも向けることで、仕事が進行しました」
「うん」
「霊長砂漠で彷徨っていた幽霊の皆さんを、力を合わせて浄霊しようと決めた時の、皆さんのまとまりは素晴らしかった。エリックさんが言っていたの。今までは個人で浄化の仕事を請け負うだけだった。それがみんなで大きな仕事ができて、カタルシスだったって。私はサポートをしていただけだけど、その臨場感を一緒に味わえたことにすごく感激したの……」
「……」
「それで後から思ったことがあって。みんなで一緒に仕事した方がいい、と思った私の考えは、思いつきの域を出なくて。エリックさんや仲間の皆さんの、経験からくる確かな仕事こそ実践だって。だから、私には経験値が圧倒的に足りない。世界を背負うなんて……無理でしょう?」
「うん、その通りだね」
デドロックは嬉しそうに言った。アンジェラも安心したように笑う。
「ウェンデス様に十字架をお返ししても、怒られないかな?」
いつの間にか、親に敬語を使うのをやめたレンナは、年相応の考えに戻っていった。
「大丈夫だよ。ただ、大きな仕事だから、無事に達成出来たらお返ししてはどうだろう?」
「そうですわね、託されたものを一生懸命背負ってみたけれども、荷が重いのでお返ししてもよろしいでしょうか、とお伺いを立てるのよ」
「うん!」
レンナはこれでウェンデスから言われていた、両親に感情をぶつけることなく、順序だてて話すことを実践できたと胸を撫で下ろした。
(これでいいんですよね……)
十字架を見つめて心の中で呟いた。
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