『母、アンジェラ』

 執事のファブロスに促されて、レンナは七年ぶりに実家に足を踏み入れた。

 玄関ホールは吹き抜けで、広く開けていた。

 内装はすべて白で統一されている。床には赤い絨毯。

 二階へ続く階段が両脇に二本、弧を描く。

 中央には花の女神像が置かれていて、季節の花が零れんばかりに活けられていた。

 他にも華美さを抑えた、趣味の好い調度品が目を引いた。

 こんなにすごい家だったかと、レンナはドキドキした。

「こちらですよ、お嬢様」

 ファブロスが右に入っていった。レンナも後に続く。

 廊下からすぐの南側の部屋の前で止まる。

 扉をノックするファブロス。

 「はい」と中から柔らかい女性の声がした。

「奥様、驚かないでくださいませ」

「あら、何かしら」

「レンナお嬢様がお帰りになりましたよ」

「まぁ、本当に?!」

「さぁ、お嬢様」

 ファブロスに言われて、室内に入ろうとすると…… 

「レンナ!」

 いきなり顔を確かめる間もなく抱きしめられた。

「まぁまぁレンナ! こんなに大きくなって」

 ギュッと強く抱きしめられたので、目をぱちくりさせるレンナ。

 母、アンジェラは嬉しさのあまり、感極まって泣き出した。

「会いたかったわ……よく顔を見せて」

 アンジェラは身を屈めて、レンナの顔を両手で包んだ。

 母は……短い金髪に、レンナそっくりの小顔で、朗らかそうな人だった。

「ああ、私にそっくりね……お父様譲りの髪と瞳もそのままだわ。私が言うのもなんだけど、とっても美人になるわ。よかったこと」

 言って、また抱きしめる。

「……」

 その温もりを受け取っていいのかどうかわからず、レンナは呆然とする。

 すると、小さな男の子がトコトコとやってきた。

「だぁれ?」

 その声にアンジェラはやっと我に返った。

「いらっしゃい、クロード」

 その腕の中に、クロードと呼ばれた男の子が入る。

 無邪気な目がレンナに向けられる。

「いっぱいお話ししたでしょ。レンナお姉ちゃんですよ。遠くから帰ってきたのよ」

「レンナお姉ちゃん?」

「そうよ、ご挨拶は?」

 クロードはちょっともじもじした。

 そこは年上、レンナが先に挨拶した。

「こんにちは、クロード。よろしくね」

 みるみる笑顔になるクロード。

「うん、お姉ちゃん!」

 小さな手が差し出されて、レンナがきゅっと握り返す。

「さすがお姉ちゃんねぇ。こんなに立派になって、嬉しいわ。よーし、今日のお昼はママが頑張っちゃおうかな!」

「では早速、料理長に準備させます。どのような料理を作られますか?」

 ファブロスが聞くので、アンジェラはてきぱきと言った。

「そうね……クレソンのポタージュスープにトマトのキッシュパイ、フライドチキンにナポリタン。あとは季節のサラダかしら。デザートはヨーグルトプリンにホッとフルーツティーでお願いね」

「畏まりました」

「あの、お手伝いします」

 レンナが申し出ると、アンジェラは驚いて言った。

「まぁ、レンナったら、料理もできるの?」 

「はい、困らないぐらいなら……」

「あらー、残念だわ。これから教えてあげようと思ったのに。でも、いち早く娘の手料理が食べられるのね。それも嬉しいわ」

 残念がったり、気を取り直したり、母は忙しい。

「でもね、今日は私に作らせて。せっかく娘が帰ってきてくれたんですもの。とびっきり腕を振るうわね。だから、クロードの相手をしててね。それから、親に敬語は使わないで。気も使っちゃだめよ。いい?」

「はい」

 アンジェラはニッコリ笑うと、厨房に向かう。

 残されたレンナは、クロードのお守りをすることになった。













 

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