『名門、モラル家』

 名門モラル家、とこの街の人々は言う。

 メーテスは主街道を挟んで、東街と西街に分かれているが、東街は昔から商人の街として栄えたところで、西街は王家を含む貴族たちの街である。

 モラル家は西街にあるが、当主のデドロック・モラル氏は東街の出身だった。

 それが王家に連なる夫人のアンジェラと結婚したことで、西街に家を移転した。

 東街の者にしてみれば、デドロック氏は出世頭。西街の者にしてみれば、成り上がり者。いずれにせよ橋渡し役であり、仲介者として自治省議員を務め、常に多忙だった。

 一方、夫人のアンジェラも婦人奉仕協会に所属しており、夫と志を同じくして、移民の世話に骨を折っている。

 その二人の長女として生まれたレンナは、掌中の珠のように大切に育てられた。

 ところが、五歳になったある時、庭で遊んでいて突然行方不明になったのだった。

 大騒ぎになってから三日後、ひょっこり帰ってきた娘にアンジェラがどこにいたのか尋ねると、「光る樹の下で遊んでいた」と言う。

 この件についてパラティヌスの鎮守府に相談すると、ウィミナリスへの留学を勧められた。

 夫妻は身を切られる思いで、レンナをウィミナリスに送り出したのである――。


 それから七年、レンナは実家に戻ることはなかった。

 万世の秘法の修法者にまで上り詰めるには、人に言えない思いも経験した。

 自分の心の闇を一人きりで見つめるのは、つらく悲しい時間だった。

 両親の手紙は、彼女が表面で知らせてくる良いニュースに対する激励であって……その半面を察してはくれなかった。

「……」

 心からの会話を交わしていない。それが怖かった。

 高い壁に囲まれた門扉の前で、レンナは立ち竦んでいた。

 意を決して、インターホンを押そうとすると、中から人が出てきた。

 背広を着こんだ初老の男で、丸眼鏡の優しそうな人物だった。

「あっ……!」

 見覚えがあるのに、誰だか思い出せない。

 男はレンナを見つけて「おや」と言った。

「お嬢さん、当家に何か御用でしょうか?」

「あ、あの私……」

 名乗ろうにも戸惑ってしまう自分がいた。

 男は不思議そうにレンナをじっと見つめて、ハッとした。

「もしかして、レンナお嬢様ですか?」

「は、はいっ」

 慌てて返事すると、男はみるみる涙ぐんだ。

「大きくなられましたなぁ。覚えておられますか? 執事のファブロスでございますよ」

「はい、お久しぶりです」

 そう、そんな人が確かにいた。よく自分のお守りをしてくれた。

「ああ、こうしてはいられない。早速、奥様にお知らせせねば。さぁ、お嬢様。お家に入りましょう」

 そう言ってファブロスは華麗な装飾の門扉をわざわざ大きく開けた。

 そうしてレンナを正面から通したのだった。   



















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