『メーテスの結婚式』

 パラティヌス南端国メーテスにある、とある館。

 ここの小さな庭で、今日、結婚式を挙げるカップルがいた。

 秋の薔薇が香る庭に、柔らかな日差しが降り注ぎ、二人を祝福している。

 白いテーブルクロス、かわいらしい花の燭台、頭上を飛び交う色とりどりのリボン。今日のためにとびっきりのおしゃれをしたブライドメイド……。

 優しさで作られた式場を、走って横切るブレザー服の少年が一人。

 少年は館の中に入り、準備でわたわたしている人々を潜り抜け、花嫁に控室に飛び込んだ。

 入るなり、大きな声で叫ぶ。

「姉さん、西の空に虹が出てるよ!」

 花嫁は白いドレープを揺らして振り返った。

「あら、サクシード、どこにいたの?」

 姉、アニスはおっとりと尋ねた。

 サクシードは華奢なアニスの息を呑むような眩さに驚きながら、目を逸らした。

「どこだっていいだろ。そんなことより、虹が出てるんだって!」

「えっ、本当に?」

 アニスは嬉しそうに窓に近づき、開け放つ。

 すると、ストルメント山脈の上に、くっきりと大きな虹がかかっていた。

 お付きの人々も別の窓から眺めている。

「すごいわ、あんなに大きな虹……」

 胸の上で手を組んで感激するアニス。

「今朝、雨が降ったんでしょうか。珍しいですわね」

「まるで今日の結婚式を祝福しているようですわ」

「虹は素晴らしい吉兆ですよ。おめでとうございます」

「ありがとう。でも、お手柄はサクシードに。一目散に駆けてきてくれたんでしょ?」

「おう、大したことねぇよ」

 日焼けした顔で笑うサクシード。

 クスッと笑ったアニスが、彼の衣服の乱れに気づいて、近寄って直し始めた。

「ネクタイが曲がっちゃったわね……」

「いいよ、これ苦しくて嫌いだ」

「普段はTシャツに半ズボンだものね。でも今日だけ我慢してちょうだい。あ、一番上のボタンをはずしたら? そうすれば少しはラクよ」

「うん……」

 むずがるような仕草をするサクシードに、今まで面倒を見てきたアニスの胸が詰まる。

「これで離れなくちゃいけないなんて……」

 じわっと涙が滲む。

「うわっ、何だよ泣くなよ」

 慌てるサクシードの肩に手をかけたまま、アニスはポロポロ涙を零した。

「だって……サクシードは寂しくないの?」

「しょうがないだろ、結婚するんだから。じいさんが女は家を離れるもんなんだって言ってたぞ」

「そうじゃなくて、身の回りの世話が全部できる?」

「何言ってんだよ。特訓とか言って、散々仕込んだくせに」

「——やっぱり、結婚やめようかしら?」

「バーカ、心配すんなって。じいさんと二人で元気に暮らすからさ」

「でも……」

「マイケルさん、優しくていい人じゃないか。姉さんのこと、全力で守るって、俺に約束してくれたんだぞ」

「マイケルが……そんなことを?」

「そう。それに、姉さんが協力してくれないと、マイケルさんも幸せになれないんだってさ。ほら、泣いてる場合じゃないだろ!」

「うん、わかったわ」

 姉弟の様子を見守っていた付き人たちが、微笑ましそうに花嫁の気を引き立てた。

「さぁさぁ、花嫁さん。お化粧直しを致しましょう。幸せの化粧水でお色直ししましょうね」

「ごめんなさい、お願いします」

 アニスが優雅に立ち上がる。

 華やかな花の香水の匂いに、鼻をこすって、サクシードは控室を出ることにした。
















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