『石油鉱床の封印』

 真央界、霊長砂漠にレンナは一人立っていた。

 エリックたちには、前の修法陣の解法と言ってあった。

 石油鉱床の封印。これだけは、レンナ一人でやり遂げなくてはならない。

ロワ・オムネ闇の律法」 

 使役する――レンナは先生と呼んでいる――ロワ・オムネを呼ぶ。

 朝日に輝く砂漠に、濃い影が現れた。背の低い屈んだ姿勢で、頭からフード付きのマントを被っている。手には分厚い書物……。

「お久しぶりです、先生」

 畏まって一礼すると、ロワ・オムネは頷いた。

「元気そうで何より。いよいよ石油鉱床の封印に取り掛かるのだな」

 くぐもった声は老人のものだった。

「はい。先生には石油鉱床の場所をお教え願いたいのですが」

「ウム。かなり広範囲だが頑張りなさい。あなた以外、出来る者はいないのだから」

「はい!」

 石油鉱床は、砂漠とパラティヌスを隔てるストルメント山脈の褶曲運動で、あちこちの地層の山の中に油田として点在していた。

 ロワ・オムネが示した場所は五十三箇所。規模も深さもバラバラだった。

「どうするね? 一箇所ずつやっていては、力の浪費だが」

「……闇宮あんきゅうを使いたいと思います。いかがですか?」

「ほう。闇宮を使えば、別名女性宮と云われるように、あなたを一時的に内向的にしてしまうがいいのかね?」

「ええ……ちょうどこれから、どうしても向き合わなくてはいけないことがあるんです」

「そうか、敢えて聞かないよ。あなたは自分の力で解決すると宣言したばかりなのだからね」

「はい」

「さぁ、闇宮に集中しなさい。あなたの中の陰の部分に焦点を当てて……」


 闇宮とは何か――?

 この世界の暦と精霊界の相関図を思い出してほしい。

 円の中に、昇陽の一月から聖灯の十二月まで、右回りに配置されていた。

 これを隔月、つまり奇数月と偶数月で分け、線で結ぶと六角形が二つできる。

 奇数月(1・3・5・7・9・11月)が闇宮=女性宮。

 偶数月(2・4・6・8・10・12月)が光宮=男性宮となる。

 この修法は、闇宮なら閉じ込める力。光宮なら開放する力があり、正反対の特質を持つ。

 レンナが闇宮を使うことに決めたのは、地下に眠る石油鉱床に相応しいから。もう一つは同じ冥弧の精霊界である水の精霊を招きやすくなる、という理由からだった。


「ここに近代から燃料となり 現世にあって物を溢れさせた石油鉱床がある 時の誓いによって 無害化しないこれを 我は人界より封ずる 昇陽・蒼水・花翔・輝雲・宇宙・霜舞の女神たちよ 闇宮の名において もたらされる天与を封じたまえ」

 この詠唱によって、石油鉱床一つ一つに闇の六角形、いや六角柱が立ち上がった。

 それに次元断層をかけるのに、レンナの気力が注がれた。

「次元断層!」

 地層の中で、闇の六角柱が揺らぎ、消えた。

 確かにそこにあるのに、検知できない。

 石油鉱床は人界の摂理から外されたのである。

 これで修法陣を施す前の第二段階は終わった。

 ホッと一息ついたレンナを、ロワ・オムネが労う。

「見事な修法だった。これで世界の転覆を狙う者たちから、この地も平和も守られることだろう」

「はい」

「あなたの胸の内に秘めておくのは大変だが、万世の占術師殿がいらせられるから、心配はいらないね?」

「はい。いつか石油を無害化する技術が確立した時に、平和利用ができればいいと思います」

 じりじりと気温が上がっていく。

 レンナは額にかいた汗を拭った。

「さぁ、因果界に戻ろう。送ってゆこう。童話の里へ戻るのだね」

「いいえ」

 凍えた芯からの声は冷たい。

「実家に戻って、両親に会ってきます」















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