『エリックの立場』

 「それから、木の苗の方は、国中のコンポスト工場からかき集めて、五千株用意したよ。するってぇと、大体5メートル×5メートル=5千本で、12.5ヘクタールぐらいあればいいよね」

「そうですね。現在の修法陣が10ヘクタールくらいですから、力の余波も考えればちょうどいいと思います」

「うんうん。それで一人16~17本植えてもらって。季節的にちょーっと厳しいけど、目をつむってもらうと」

「大丈夫です。召喚する精霊界が水と風ですから、気温は涼しく感じると思います」

「へぇ、すごいよなぁ。修法者ともなれば精霊界まで使役できるんだから、スケールが違うよ」

「エリックさんは修法者を目指さないんですか?」

「俺?! いやぁ……俺はそこまでの器じゃないっていうか、精霊界と交信するって考えただけでも畏れ多くて。幸か不幸か自分のことはよくわかってるんだよね」

 テーブルに突っ伏すエリック。そしてゆっくり顔を上げる。

「どっちかっていうと、俺は高尚なことより雑念に生きてる人間だし、正直その方が楽しいな。修法者になるってことは俺が考えるに、だらしなさや不毛な思考とはおさらばしなくちゃならない。でもそれはしんどい生き方だと思うんだ。人間ちょっとくらい抜けてた方が楽だし、余裕が持てる。こんなんでも鳥俯瞰者にはなれるんだから、意外とハードル低いよね。あ、呆れてる?」

「いいえ。でも……修法者にも、だらしなさや不毛さはあると思います。ただ大事なのは、行動を起こした後、つまり結論なんです。何を成すか……それが常に問われてるんですよ」

「なるほどね……そうだよね! そんな完全無欠な人間、そんなに多くはないよ。やっぱり修法者も俺たちとおんなじもの抱えてるんだ」

 新しい発見に顔を輝かせるエリックを見て、レンナは安心した。あまりかけ離れたように思われてしまうのは、寂しかったからだ。 


 エリックはクラブサンドをすごい勢いでパクついた。

 どうやらお昼がまだだったらしい。

 目を丸くしているレンナに構わず、オレンジジュースも飲み干す。

「ぷはーっ、よしっ。で、本日のメインイベントのことだけど、これは上で話しますか。あーごめん、ゆっくり食べて。待ってるからさ」

「はい」

 少し食べるスピードを上げるレンナ。

 資料を鞄にしまいながら、エリックが尋ねる。

「ところで、レンナちゃんって本名なんて言うの? ちなみに俺の本名はエリック・セラミスタっての。姓でわかっちゃうかな、カピトリヌスの陶芸家の家系なんだ。あっちはテロでおちおち芸術も語れないから、パラティヌスに移住してきたんだ。今はこのメーテスでお世話になってるよ」

「そうだったんですか……」

 レンナはちょっと考えてから言った。

「私は……レンナ・モラルと言います」

 すぐにエリックはピンときた。

「モラルって……メーテスの名門の? じゃあ、自治省議員のデドロック氏がお父さんなのかい」

「……はい」

「そうか……モラル議員のお嬢さんか……あの人は俺たち移民の便宜をいろいろ取り計らってくれる尽力者だよ。会ったことはないけど、議事録とか見ると立派な人だなぁって思うよ。なるほどねぇ――」

 エリックが感慨深げに何度も頷いた――と思うと、頭を抱えてしまった。

「まずい、まずいよ。レンナちゃんの本名は仲間に知られない方がいいと思う。親の七光りって思われたんじゃ、やりにくくてしょうがない。反感買うような親御さんじゃないけどさ、名門って肩書きには複雑な思いをしてるやつが結構いるからね」

「そう……なんですか?」

「うん。例えばメーテスの西街では、移民ってだけで仕事に就けないんだ。普通に店に入ることも断られるくらいさ。その点、東街は融通が利くけどさ。それが差別だってんで、デモは何千人って規模でそっちゅう行ってる。パラティヌスでさえそうだから、他の国はもっと酷い。かくいう俺も、真央界に定職持ってないもんな。だから、そういった障害が一切ない、優遇された身分は、それだけやっかみの対象なんだ。わかったかな?」

「……はい」

 レンナには切ない内容だったが、不遇に痛めつけられている移民のために、ほかならぬ父が懸け橋になっているということは、ちょっぴり嬉しい内容だった。

















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